第十五話 ーー癒せぬ手と、夜明けの兆し
街はずれの丘の上、小さな占い小屋にその日現れたのは、白衣の男だった。
肩まである黒髪をひとつに束ね、目の奥には鋭く冷静な光がある。
「君が、リュミという占い師か」
「はい。いらっしゃいませ。中へどうぞ……」
男は名乗った。リノ・アラン。王都の王立医術院に籍を置く医師だという。
「占いなど、信じるほうではない。だが、医術ではどうにもできぬことがある」
彼の語ったのは、いま地方の村で広まりつつある「眠り病」についてだった。
――ある日、村の人々が次々と昏睡状態に陥る。原因は不明。
意識を失ったまま、目覚める者はごく少ない。
「医学的な手立ては打ち尽くした。薬草も、霊薬も……。なのに、目を覚まさぬ子どもがひとり。私は、その子に、もう何もできないのか……」
リュミは、彼がただの知識の人ではないことを悟った。
冷静に見えて、その奥にあるのは、医師としての責務と、何より強い“悔しさ”だった。
「わかりました。星を、見てみましょう」
リュミは魔道具《星霊盤》を取り出し、そっと手をかざした。
青と金の小さな星々が瞬き、宙に浮かぶ。
「この星……動きが閉ざされています。眠っている人の“魂”が、外の世界と切り離されてしまっている……そんな印象です」
「魂が……? だが、なぜ……」
「原因は、病としての外的なものではないのかもしれません。その子自身の“内”から来ている可能性もあります」
リュミは目を伏せる。
「星霊盤が示しているのは、あの子の中にある“後悔”や“恐れ”です。深い悲しみに飲み込まれ、目を閉ざしているように感じます」
「……目を、閉ざして……」
リノの表情が動いた。
「その子は、妹を亡くしたばかりだった。病死だった。看取ったのは彼女で……それ以来、一言も話さなくなった」
リュミは静かにうなずいた。
「なら、必要なのは薬ではなく――」
「……言葉か」
「ええ。呼びかける人が必要なんです。その子の悲しみに、そっと寄り添える人が」
リノはしばらく沈黙したあと、口を開いた。
「私は医師だ。病の原因が体であれ心であれ、できる限りのことをする責任がある。だが……俺は、“そっと寄り添う”というのが、苦手でな」
「無理にやさしくする必要はありません。ただ、正直な気持ちで、“待ってる”と伝えてください」
数日後――
リュミの小屋に再び現れたリノは、目元をやや赤くしていた。
「……目を覚ました。彼女は、俺の声を聞いていた」
「よかった……」
「本当に、占いに救われる日が来るとは思っていなかった。君の星は、確かに導いてくれたよ」
「でも、呼び戻したのは、あなたの声です。あの子が目を覚ますきっかけになったのは、“あなたを信じたかった”からだと思います」
リノはふっと目を細めた。
「……医師は、癒せない痛みに無力感を抱くものだ。でも今日だけは、少し報われた気がする。ありがとう、リュミ」
丘の上の占い小屋には、穏やかな風が吹いた。
癒せぬと嘆いたその手は、確かに誰かを救った。
それを知らせたのは、空の星ではなく――ひとりの少女の占いだった。