第十三話 ーーその声が、届く日まで
丘の上の占い小屋。雨あがりの空にかすかな光が差し始めた午後、扉の前に、一人の青年が立っていた。
「ここ……占い、してもらえるんですよね?」
ずぶ濡れのフードを脱いだ彼は、どこか疲れた顔をしていた。年のころは二十代前半、肩には楽器のケース。声に張りはあるのに、その目はどこか曇っていた。
「もちろん。どうぞ、こちらへ」
リュミが席をすすめると、彼はぎこちなく座り、少しだけ視線を落とした。
「名前は――ノエルです。……ちょっと、占ってほしいんです。歌……続けていいのかどうか」
「……歌手を目指しているんですね?」
彼は、小さくうなずいた。
「街角で歌って、酒場でも……でも、全然、芽が出ない。歌が悪いのか、声が届かないのか、自分でももう、よくわからなくて。……あと何度、あきらめなきゃいけないのかなって、思ってしまって」
リュミはゆっくりとうなずき、棚から星霊盤を取り出した。
盤面に触れると、ノエルの星が淡く瞬いた――不器用ながらも、真っすぐな軌道。だが周囲の星たちにかき消され、光が届ききらない。
「ノエルさんの星は、静かに、でも確かに光っていますよ。でもその輝き、まだ本当の“色”を出していないみたい」
「色……ですか?」
「ええ。今は、自分じゃない誰かの期待とか、流行の形に合わせようとして、本来のあなたの歌の“色”が隠れてしまっているように見えます」
ノエルは、苦笑した。
「……確かに、最近はウケのいい曲ばっかり選んでました。“これなら売れる”って言われたやつ。前に、自分で作った曲は、“そんなのじゃ駄目だ”って、鼻で笑われたんです」
「でも、そのときのあなたの星、ちゃんと震えてましたよ。――嬉しそうに」
ノエルの目が、はっと見開かれる。
「リュミさん……どうしてわかるんですか?」
「星は嘘をつきません。心が震えたとき、その星もまた、確かに動くんです」
沈黙が流れる。
ノエルはポケットから、くしゃくしゃになった紙片を取り出した。そこには走り書きのような歌詞。彼が昔、夢中で書いた言葉たちだった。
「……じゃあ、もう一度、これを歌ってもいいと思いますか?」
「ええ。むしろ、それこそが“始まり”じゃないでしょうか」
ノエルは、そっと立ち上がった。そして、肩に背負ったケースを少しだけ強く握りしめる。
「……また歌います。もう、誰かの期待じゃなくて、自分の歌を」
リュミはにっこりと笑った。
「それなら、きっと届きますよ。遅くても、遠くても」
彼が扉を開けると、雲の合間から光が差し込んだ。まるで、少しだけ未来が明るくなったように。
その日からしばらくして、リュミの元に風に乗って歌声が届いた。
あの日、曇っていた星の輝きは――
今、誰かの心をそっと照らす灯になっていた。