おてつだい
スタンプは、今日が来なければいいとずっと思っていました。このヒツジの国では、数年に一度お祭りが開かれます。歌を歌ったり、ダンスをしたり、楽器の演奏を披露するヒツジ。おいしいご飯を作るのが好きなヒツジ。上手でなくとも、ステキでなくともいいのです。このお祭りは、自分の気持ちをみんなに見せる場所なのです。
そんなお祭りを観に行くのも、将来王さまになるスタンプにとっては、国民みんなを知るための最高の機会なのです。
けれど、スタンプはお祭りに行くのがイヤでイヤでたまりません。たった一人で、自由に、お祭りの中を見て回らなければならないからです。スタンプにとって、「自由に」や「自分の好きなように」ということが何よりも苦手なことなのです。
いつもなら、スタンプの隣にはお付きの人がいてくれて、今日は何を着ようかな、何を食べようかなとスタンプが悩んだときは、ホッサが決めてくれていたのです。自分で決めるより、ホッサや周りのヒツジたちが決めてくれた方がうまくいくと心から信じているのです。けれど、今回ばかりは自分で決めなくてはいけません。
「いってきます」
スタンプはお城を一人で出発します。王子さまとバレないように、王族服ではなく、ヒツジの国の民と同じような白色の落ち着いた雰囲気のある服を着ています。ホッサは、スタンプにバレないように離れたところから見守ります。
お祭りへの道中、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。スタンプはまっすぐ歩かずに、ジグザグとゆっくりと歩きます。
「うーん……」
ホッサは声をかけたい気持ちを抑えなければなりません。
スタンプのいる場所の少し先から、楽しげな声が聞こえてきました。
「いらっしゃい!らっしゃい!」
「風船屋だ!」
「くじ屋だ!」
大人子ども。いろんな声が聞こえてきます。
「あれやりたい!」
子ヒツジが親ヒツジの手を引っ張っています。
「ええ、さっきくじ引きやったばかりでしょ」
「えー、おねがい!!」
(わがままだな。そんなんじゃだめだよ)
自分の気持ちのままに親にねだる子ヒツジを見て、スタンプはため息をつきました。同時に少しうらやましくもありました。
にぎやかな広場に出ました。噴水の反対側に、ヒツジたちの集まっているお店がありました。お店に近づきました。
ジュージュー。何かを焼いている音がします。
フワッ。おいしそうなバターの香りもします。
「ちょっと待ってね~」
「はいはい、並んで~」
『マダムのクレープ屋』
「はいはい、そこ!押さない!順番順番!」
どこまでの届くような声だけがはっきりとスタンプの耳に聞こえます。
「だから、順番守りなさいってば!」
お店の看板は見えましたが、背伸びをしても、左右に顔を向けても、お店の中は見えません。
クレープを作っているヒツジはどんなヒツジなんだろう。なんとしてでも見たい。立派な王さまになるために、これほどまで人気のあるお店を見ないわけにはいきません。スタンプは、お店の裏に回りました。そこにはお客さんはいません。お店の中には、腕まくりをした身体の大きなヒツジがいて、大きな声をあげ、力強くクレープを焼いています。
お店の中には色とりどりのフルーツが並べてあり、レジには、テーブルクロスの上に花が飾られていました。
(あのヒツジがお店の人だよね)
スタンプとそのヒツジの目がバチッと合いました。
「お手伝いの子?」
突然声をかけられたので、スタンプはその場で立ちすくんでしまいました。
「はいはい、こっちこっち!!」
大きな手に腕をつかまれ、お店の中に引っ張られました。
「はい、ここで注文を聞いて、お金を受け取ってね」
「え、あ、あの」
「ほら、お客さんから注文聞いて!」
「ご、ごちゅうもんは…?」
「イチゴチョコクレープください」
「……」
「あの?」
「はい、イチゴチョコクレープね!ほら、手伝い!お金受け取って!」
スタンプはわけも分からず、言われたとおりにしました。
「はい、お礼言って!」
「あ、あ、ありがとぅござィました」
スタンプは声が裏返ってしまいました。けれど、お客さんから「お手伝いがんばってね」と優しく応援され、少し安心しました。
「今イチゴチョコクレープを頼んだお客さん!少し横にズレて待っててね!今作るからね!」
「はーい」
ハキハキとした声に、お客さんも言われたとおりに動きました。
「はい、次の注文!」
「ご注文は……」
今度のスタンプは、少し落ち着いています。
「生クリームたっぷりバナナクレープで」
「はい、えっと、代金は……」
スタンプは注文をクレープ屋さんに伝えます。
「おいしい~」
「うん、さいっこ~!」
クレープを食べているお客さんの声が聞こえます。「よかったよかった」そう言って、クレープ屋さんは満面の笑みを浮かべています。大きく大きく笑っています。
にぎやかだったお店の周りもだいぶ静かになりました。
「ふぅ。ところであんた名前は?」
「ス、スタンプです」
「スタンプね。あたしはマダム。いきなり手伝ってもらっちゃったけど、お客さんはまだまだ来るから、よろしくね!」
マダムはスタンプをお手伝いさんと勘違いしているようです。
「すみませーん、バターキャラメルクレープ一つあとチョコクレープと……」
「はいよー」
「はい、あんたはまた注文をとる担当ね。注文を聞いたら、私に伝えて!」
「声が小さい!」
「お礼言って」
スタンプは、自分はお手伝いさんではないと言いたいのですが、そんなスキもなく、マダムはスタンプのひとつひとつの動きに声を掛けてきます。
マダムのクレープはお客さんから、「美味しい!こんなにおいしいクレープ食べたの初めてかも!最高だよ」「それ大げさすぎない?」「本当だって!すっごくおいしいよ!」と大好評です。どのお客さんもスタンプにもお礼を言ってくれます。スタンプはこんなに人を喜ばせたことが今まで一度もありませんでしたから、嬉しくて仕方がありません。心がとても暖かくなりました。
「今日は本当に助かったよ、ありがとうね。明日もよろしく頼むわ」
マダムは、スタンプの頭を撫でながら言いました。
明日も行っていいんだよね。きっと、悪いことは起こらないはず、とスタンプは帰りながらそう思いました。
「おはようございます」
「はい、おはよう。今日も忙しい一日になりそうだよ、手伝いよろしく」
「はい」
スタンプは、なぜ自分がここでお手伝いをしているのか、いまだに分かりません。でも、今日もお手伝いをしようと決めています。
今日もクレープ屋さんは大忙し!
「おいしい!」とお客さんの声が聞こえます。
(僕がみんなの役に立っている。ありがとうと言われる。うれしい)
スタンプは、もっと人を喜ばせたいと思うようになっていたのです。
お店も落ち着いてきたころ、スタンプは一人で店番をすることになりました。マダムはクレープの材料を取りに行ってくるそうです。「危険だからクレープを作る鉄板に触らないように」とスタンプにとキツく言いました。
スタンプはドキドキしながら、マダムの帰りを待ちます。
お客さんがきてしまいました。
「クレープくださ~い」
「今、クレープ作れなくて。少し待ってくれますか」
「わかりました」
また何匹かのお客さんがやってきました。「ちょっと待ってください」スタンプはマダムの言いつけを守りました。「鉄板には決して触らない」。
次のお客さんも来てしまいました。今度のお客さんは、親子ヒツジのようです。子ヒツジはクレープをすぐに食べられないことが分かると、泣き始めてしました。親ヒツジは、子ヒツジをなだめています。それでも子ヒツジは泣き止みません。
「この子を助けたい」スタンプはその思いから、「ぼくが作りますね」と言ってしまいました。スタンプは、昨日も今日も、マダムがクレープを焼く姿を隣で見ています。
「ぼくにできないはずがない」
スタンプは気持ちを固めました。
「このクレープの素をこの鉄板に引いて、丸い形に作って、フルーツを乗せればいいよね。大丈夫。ぼくにもできる」
スタンプは、鉄板にクレープの素を流し込みました。おたまですくった分全部を流し込んだわけですから、クレープの素が鉄板からあふれてしまいました。周りまでビシャビシャです。クレープは少し固まったものの、想像するような薄くきれいなきつね色の生地にはなりません。ですが、もう後には引けません。スタンプは具材を乗せることにしました。お客さんを喜ばせようとフルーツや生クリームを大量に入れたため、クレープはうまく巻けません。ボロボロです。
「きゃはははは」
そんな様子を見ていた子ヒツジは笑いました。
良かれと思って、始めたクレープ作りは大惨事になり、あげくのはてに笑われてしまう。スタンプはもうどうすればいいかわかりません。パニックになりました、頭が真っ白になりました、ここから逃げだしたくなりました。「ぼくが決めるとだいたいこうなるんだ。だいたいじゃない、絶対にこうなるんだ。昔っからそうだ。父さんのときだって……」スタンプは、昔のことを思い出しました。
「はいはい、一生懸命にやっているヒツジのことを笑うもんじゃないよ~」大きな身体を揺らしながら、マダムが帰ってきました。
「いま、とびっきりのクレープを作ってやるから待ってな」
マダムが、店の中に入ってきました。
「はいはい、どいたどいた!あんたはお客さんから注文聞いて」
「わ、わかりました」「声が小さい!」「はい!わかりました!注文とります!」
マダムはさっと布巾を取り出すと、鉄板やその周りを拭きました。すっかりきれいになった鉄板の上に、クレープの素を流します。流し込んだクレープの素をマダムが専用の器具で広げると、薄く大きくなんでも包んでくれそうなクレープの生地が出来上がりました。スタンプは「うわぁ、きれい」とつぶやきました。その言葉を聞き逃さないマダムは「当たり前だろう、私が何年クレープを焼いていると思っているんだ。」と笑って言いました。
「えっと、マンゴークレープね、はいはい、今ちょうどマンゴーね、持ってきたところだよ。新鮮だからねおいしさも新鮮だ」
そう言いながらマンゴーを食べやすい大きさに切り、クレープに包みました。
「おまたせちゃったお詫びね。多めに入れたから」
「嬉しい!ありがとうございます!」
「はい、どういたしまして」
並んでいたお客さん全員にクレープが行き渡りました。
「ふぅ、クレープ屋も結構楽しいもんだろう。あたしが居ないとき、困ったお客さんのためになんとかしてあげようとしたんだろ。勇気をもって挑戦したんだ。そんな素晴らしいことって誰もが出来ることじゃない」
マダムは人を喜ばせる天才なのかもしれません。スタンプの身体の中が熱くなりました。そして、深く息を吸い込みます。
「この国でクレープ屋を開くって決めたときには、不安だったけどあんたがいてくれて助かった。ありがとう」
気恥ずかしさから、スタンプは素直な気持ちを言いました。
「ぼく自分で決めるのが怖いんです。前に、ぼくのわがままのせいで父さんが死んでしまって。でも今回、自分がやりたくて、マダムを手伝って、マダムやお客さんにありがとうって言われて。すごく心が温かくなって、嬉しくて、喜んでいる自分がいたんです。自分がしたことが人を喜ばせているって。さっきは、みんなに迷惑をかけてしまったんですけれど」
「あんたも色々あるよね。何度も言うけど、私はあんたに助けられた。それは絶対。お客さんもあんたがいてくれてよかったと思っているはず。そのことには変わりない。実を言うとさ、あたしも前にツラいこと、まぁ、あんたほどじゃないけど、昔ね一緒に働いてた仲間と色々あってね。そのこともあって、だから、私は人に頼んだりとか、本当は一切したくないんだ。人は絶対自分を裏切るってね。でもさ、今回は、なんだろうね、お客さんのことを考えると誰かに手伝ってもらわなきゃいけない気がしてさ。お手伝いさん募集したんだよね。あんたといるとさ、あんたが心の底からがんばってるってことが私に伝わってくるからさ、あたしも、この子になら頼っていいのかもしれないって……」
二人の目が合いました。
「よし!そしたらこの話はもうしまい!もうしばらくお祭りが続くんだ。付き合ってくれよ」
「……分かりました!」
スタンプはお祭りが終わるまで、毎日マダムのクレープ屋へ通いました。
「こんなクレープはどうでしょう」
スタンプはお手伝いをするだけでなく、クレープのアイディアを出しました。
「生クリームでヒツジの顔を作って、目にチョコレートのお菓子を乗せて……」
スタンプの頭の中から続々と生まれるアイディアをクレープで表せるかは、マダムの腕の見せどころです。二人で色々なクレープを作って売っているうちに、時間はあっという間に過ぎ去ってしまいました。マダムのお店は、このお祭りで一番の人気店だったそうです。
マダムもスタンプも大喜び!スタンプのお母さんである王妃さまも付き人のホッサも大喜び。自分で決められなかったスタンプが自らお手伝いに行くと決め、クレープのアイディアまで言えるようになりました。スタンプは、自分の意見とわがままは違うものだとわかったのかもしれません。
お祭りのあと、マダムは別の国でクレープ屋を開くために、ヒツジの国を出なければなりません。出発の日、スタンプは誰にも言わずにマダムに会いに行きました。
「スタンプ、どうしたんだ?」
スタンプは、両手をぎゅっと握りしめました。
「マダム、ぼく、マダムに言わなくてはいけないことがあるんです。実はぼく、この国の……」
「無理に言わなくていいよ。あんたをこき使ったなんてバレたら、王族のみなさんから怒られちまうよ。私にとって、あんたは、大切なお手伝いさん。ただそれだけでいいのよ」
「ありがとう、マダム」
「もし、この国でクレープ屋をやることになったらさ、また手伝いにきてよ」
「はい、もちろん!」
「あはは、私とんでもない約束しちゃったかもね」
「そうかもしれません!」
二人ともにっこりと笑いました。
ヒツジの国の王子さまが王さまになったあとも、笑顔あふれ、お互いのことを思いやるすばらしい国であり続けたことは言わなくても、大丈夫ですよね。