クラスメイトがこっそりVTuberやっていることに気付いている俺は、リアルと配信の両方でその子を褒めてみた
「増岡、昨日のぷぃの配信見たか?」
「コラボのやつだっけ。あんまり興味ない相手だったから見てない」
「マジかよ。腹痛くなるくらい面白かったから絶対見るべきだぜ!」
「そんなにか。じゃあ後でアーカイブ見とくわ」
朝学校に登校したら、友達がいきなり VTuber の話をしてきた。
高校二年のこのクラスは男女問わず多くの人が VTuber の配信を見ているため、堂々と話をしても変な目で見られないのは助かるな。
「あっ、でも今日は他の人の配信あるから見れないかも」
「誰の配信?」
「いつものだよ」
「あ~マイナーなやつか。まっすー好きだもんな」
俺は企業勢の大人気配信者も好きだが、フォロワー数が少ないマイナーな個人勢の配信者も好きだ。
「探せばお前が気に入る配信者もきっといるぜ」
「かもしれないが、探すの面倒だろ」
「そこが楽しいのに」
「分からなくはないけど、人気高い人の配信見れば大体面白いから、わざわざ面白いかどうかも分からない配信者をチェックするのはなぁ」
現状で満足していれば新しい配信者を探す必要はないってか。
「それに俺は沢山の人と一緒に盛り上がる方が好きだし」
「人が少なければ認知してもらいやすくなるぞ」
「あれ、まっすーって認知してもらいたいタイプなのか?」
「いや俺は違うぞ。ただお前が以前そんなこと言ってたような気がしたからだ」
「あ~言った気がするが、冗談だよ冗談」
そんな気はしていた。
ガチ勢は配信の話をするだけで目つきがヤバいが、こいつは普通にテレビを見ているような感覚だからな。
「そういえばまっすーがお気に入りの配信者って配信辞めたんじゃなかったっけ。前に嘆いてたじゃん」
「いつの話だよ。もう一か月くらい前に新しい人を見つけたって」
確かその話をしたのは先々月くらいだったぞ。
「ふ~ん、今度はどんな人を見つけたんだ?」
「言ってもどうせ見ないだろ」
「まぁまぁ、別に良いだろ」
「…………」
少しだけ悩んだが、そろそろ頃合いかもしれない。
こういう話の流れになることなんて滅多に無いだろうし、ここは攻め時だろう。
「こころちゃんっていう、個人勢だよ」
「ぴゃあ!」
「え?」
「え?」
俺がこころちゃんの話をした途端、真横から妙な声が聞こえて来た。
俺達が反射的にそちらの方を見ると、俺の隣の席の少女、土倉さんが顔を真っ赤にして目を逸らそうとしていた。
「…………」
「…………」
彼女はいつもおどおどして伏目がちな陰キャであり、ここで話しかけても困らせるだけだと察した俺達は気にしないで話を続けることにした。
「そ、それでそのこころちゃんの何処が良いんだ?」
「まず絵が可愛い。自分で絵を描いたらしいんだが、俺の好みにぶっ刺さった」
「ぴゃあ!」
「…………」
「…………」
気にしない気にしない。
ここはまだ触れてはならない。
「ふ、ふ~ん。好みの絵かどうかってのも大事だよな。俺だって大手で人気があっても絵が合わなかったら見る気しないし」
「わかる」
「他には?」
「コメントの扱いがとても丁寧で、どんなクソ米でもしっかり拾って笑ってくれるとこかな」
「ぴゃあ!」
「…………」
「…………」
もう触れても良いような気もするが、まだ待つぞ。
ここはもっとじっくり攻めよう。
「それって普通のことじゃね?」
「まぁな。でも本気で好意的に拾おうと頑張ってくれてる感じが伝わってくるのが良いんだよ。義務的に拾わなきゃって思ってる感が出ちゃってる人も結構いるんだよね」
「あ~分かる気がする。大手でも仕方なく拾った的な雰囲気が出ちゃう時あるもんな」
反応は無し。
いや、口を抑えて必死に何かを我慢しているな。
面白いからもう少しやっちゃお。
「それにコメント拾いながらもゲームをちゃんと楽しんでくれてるのが最高」
「というと?」
「コメントと会話するのに夢中になってゲームする手が止まっちゃう人も結構いるんだよ。本気でゲームが好きなんだろうな。好きなことを全力で楽しんでいる姿って見てて楽しいだろ」
「それはマジで分かるわ。本気であれば本気であるほど素の感情が出ちゃって面白いんだよな」
「そうそう。しかもこころちゃんって凡ミスして悔しがったりクソって悪態つく時も全く嫌な感じがしなくて超可愛いんだよ。絶対性格良い」
「ぴゃあ!」
「…………」
「…………」
面白いけどそろそろ可哀想になってきたかも。
流石に触れてあげるとするか。
「あの、土倉さん?」
「ぴゃあ!」
話しかけると彼女はこれまた奇妙な声をあげて驚いた。
「土倉さんってもしかして……」
「…………」
真っ赤だった顔から徐々に血の気が引いてゆく。
おかしいなー
どうしてこんな反応するんだろうなー
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無駄に焦らしてみたら、土倉さんは涙目になり露骨に身体を震わせ出した。
俺ってドSじゃないはずなのに、焦る土倉さんが可愛くてもっと焦らしてみたくなったぞ。
流石に可哀想すぎるからもうやらないけど。
「VTuber が好きなの?」
「え!?」
「VTuber が好きだから、さっきから俺達の会話に反応してたのかなって」
「あっ……そ、そうなの!わ、私 VTuber 大好きなの!」
ほっとした様子で喜ぶこころちゃん、じゃなくて土倉さんが超可愛い。
俺の隣の席の女の子、土倉 心音。
一か月前に見つけた VTuber 、暗気 こころ。
この二人は間違いなく同一人物だ。
そのことに気付いたのは、彼女の『ぴゃあ!』という独特の叫び声。
もしかしたらと思って土倉さんとこころちゃんの声や話し方を聞いたら全く同じなんだよ。
一か月かけてじっくり観察したから間違いない。
配信ネタになりそうな面白い話をしたら、その日の晩の配信で早速そのネタ使ってたのはちょっと笑っちゃった。
ただ彼女はそのことを秘密にしているようだったので暴くつもりは無い。
無かったのだけれど、自分の推しが隣の席に座っていると気付いたら少しはお話ししたくなるのは普通のことだろ。だからこうやって話しかけるきっかけが無いかをずっと探していたんだ。
「なら俺達とお話ししようよ。好きな VTuber は?」
「さっき話してたぷぃちゃんも好きだし、同じ事務所の……!」
土倉さんは嬉々として VTuber についての想いを語り出した。
正体がバレてなかった安堵感と、好きなことについて話が出来る嬉しさで舞い上がってるのかな。
いきなりマシンガントークで延々と話を続けているが、陰キャコミュ障あるあるだ。
「凄いな、土倉さんって俺らより VTuber 詳しいじゃん」
「だな。これからは一緒に話そうぜ」
「う、うん!」
よ~し、これから毎日弄……じゃなくて推しと会話しちゃうぞ。
「個人勢も詳しいのは俺としても助かるわ。流石にこころちゃんは知らないと思うけど」
「ぴゃあ!」
「土倉さん?」
「にゃ、にゃんでもないでふぅ!」
おっとつい弄ってしまった。
ごめんねこころちゃん。
ーーーーーーーー
『きょ、きょきょ、今日は昨日の続きっをっ、や、やや、やっていきます!』
滅茶苦茶動揺してるじゃないか。
そりゃあ知り合いが見てるかもと思ったら普通配信なんて出来ないよな。
今日くらいは休むかと思ったのに、それでも配信しようと思ったのは正直凄いと思う。
『今日はどうしたの?』
『…………』
『こころちゃん?』
『は、配信準備が間に合わないかと思って焦っちゃってたの』
今の間はコメントしたのが俺かもしれないって疑ったからなのかもな。
あるいは、いつフォローしてくれた人なのかを調べてたのかもしれない。
今日の話では俺は一月くらい前にこころちゃんを見つけたことになっている。いつフォローしたのかは明言していないが、丁度その頃にフォローしたアカウントが確かにある。
でもさっきのコメントのアカウントは最近フォローし始めたばかりだから俺じゃないかもって思っただろうか。もちろん中身は俺だ。俺がいると緊張するだろうと思って、別のアカウントで視聴している。俺の本アカウントは毎回こころちゃんの配信を見ているわけではないし、いなくても不自然には思われないだろう。
『よ~し、今日こそはクリアしちゃうぞ』
その後こころちゃんはコメントが来る度に、いや、視聴者が増える度に不自然な間を作ったけれど、俺が来ないと思って安心したのか徐々にいつもの調子を取り戻した。
やがてゲームが行き詰って雑談モードになった時、俺以外から面白いコメントが投稿された。
『そういえば今日、友達が告白されたらしくて爆発しろって思った』
これを機に恋愛話で盛り上がり始めた。
『皆はどんな子が好きなの?』
『こころちゃん』
『こころちゃん』
『こころちゃん』
『ぴゃあ!ありがと!』
なんて定番のやりとりをしながら俺は考える。
ここは弄……面白いコメントをするチャンスなのではないかと。
『お話ししてくれる隣の席の女子とか』
『え?』
順調にゲームをしていたこころちゃんの手が一瞬止まった。
でもリアルで会話するより配信の方がメンタルを強く持てるのか、すぐにプレイを再開する。
『あはは、男子あるあるだね。でも根暗で挙動不審な女子とかだったら嫌でしょ』
『そうでもないよ』
『ほんとに?』
『実際、隣の席の女子がそんな感じの子で、気になってるしね』
『え?』
今度こそ、こころちゃんのプレイが完全に止まってしまった。
離席したのではと思えるくらいアバターが微動だにしない。
ちなみに俺がこころちゃんの中の人、土倉さんのことを気になっているのは嘘ではない。
こころちゃんと土倉さんが同一人物なのかを確認するために土倉さんの行動を確認していたら、彼女の良いところが沢山見えて好感度が爆増しちゃったんだよね。これが恋かどうかはまだ分からないけれど、気になる人ではあるんだ。
『こころちゃん?』
『あ、ごめん。まさか本気の恋愛話が来るなんて思わなくてびっくりしちゃった』
自然な誤魔化し方だな。すばらしい。
配信者としてのスイッチが入ってしまえば、そう簡単にはキョドらなくなるんだな。
『ど、どんなところが好きか聞いて良い?』
『まだ気になるだけだって』
『あ、そ、そうだったよね』
俺は別に言っても良いが、聞いて後悔するなよな。
『教室でゴミを見つけると拾って捨てるところとか良いね』
『ぴゃ!見られ……ごほんごほん。そ、そうなんだ』
『先生が風邪で休んだ時、他の人は自習だって喜んでたけど、その子は心配そうな顔をしていて優しいんだなって思った』
『ぴゃあ!』
『こころちゃん?』
『そ、そそ、そんな子もいるんだってびっくりしちゃって』
配信者スイッチが切れかかってるけど大丈夫かな。
『あ、あの、変なこと聞くけど、ツブラニさんって、クレマチッスさんと知り合いだったりする?』
ツブラニっていうのは今の俺のアカウント名。
クレマチッスは俺の本アカウント名。
そりゃあこんな話したら同一人物だと疑うよな。
『姉のアカウントです』
『ぴゃ……え、姉?クレマチッスさんが?』
おっと誤解を招く表現だったか。
『ツブラニが姉のアカウントで、クレマチッスの方のアカウントのパスワード分からなくなったから一時的に借りてるんです』
『ぴゃああああ!』
もちろんフォロワーの水増しなんてしてないぞ。姉もこころちゃんの配信見てるからな。
そんなことはどうでも良いか。
今は俺に見られている上に好意を示されてキョドるこころちゃんを堪能しないと。
『どうして驚いたの?』
『な、なな、なんでもないですぅ!ゲームの続きやるですぅ!』
う~ん可愛い。
そんな反応するからもっと弄りたくなっちゃうんだよ。
結局この日、こころちゃんはゲームを進めることが出来ず、支離滅裂な言動を続けたまま配信を終えたのであった。
ーーーーーーーー
翌日。
「あ、あの、増岡君!」
登校したら顔を真っ赤にした土倉さんが話しかけて来た。
風邪かな?
「何かな?」
「その…………」
「…………」
「…………」
勢い良く話しかけたは良いものの言葉が出ずに沈黙してしまう。相手を不快にさせないように上手く話せるか心配になってしまう陰キャあるあるが発症しちゃったのかな。
こういう時はこっちからフォローしてあげるに限る。
「VTuber の話?」
「う、うん。私もこころちゃんの配信見た……よ?」
「本当!? どうだった!?」
「え……」
答え用意してないんかい!
聞き返されることも、どう答えて良いか悩むことも分かるだろ!
褒めたら自画自賛で恥ずかしいし、貶したらそれを好きだって思ってくれる相手に悪いと思うだろうしな。
だから無難な返答をあらかじめ用意してあるのかと思って食いついてあげたのに、まさか無策だったとは。
「あの、その、まだそんなに見てないからなんとも言えない……かな?」
慌てて作った言い訳にしては上手いな。配信見てても思ったけど、土倉さんはパニックになることもあるがとっさの機転が利くタイプなのかも。
「でも一つだけ気になったことがあって、増岡君に聞きたかったんだ」
「気になったこと?」
「うん。こころちゃんってネガティブなことを結構言ってるけど気にならないのかなって」
「え、昨日の配信では言ってなかったよね?」
「ぴゃあ!えっと、その、アーカイブ!アーカイブで言ってたから!」
「え、まだそんなに見てないって言ってたよね?」
「ぴゃあ!」
前言撤回だ!
機転が利くどころかボロを出しまくってるじゃないか!
「もしかして、たまたま見たアーカイブで言ってたのかな?」
「そ、そう!そうなの!」
「それってどのアーカイブ?」
「…………」
真っ赤になって焦る土倉さんが可愛くてつい弄ってしまう。
ごめんね、このくらいにしておくから。
「なんて言っても覚えてないよね」
「そ、そう!適当に選んだから良く覚えて無くて!」
誤魔化せたと思って安心する土倉さんもやっぱり可愛い。
美少女って感じじゃない子だけれど、感情豊かってのは好印象に感じるよね。
さて、それはそれとして大問題を突き付けられたな。
確かにこころちゃんは『暗気こころ』という名前の通り、ネガティブだ。
それはキャラ付けではなくてリアルの彼女の性格がそうであり、不安で眠れないとか吐きそうだなんて話を時々している。
そのことについて思うことは確かにある。
しかしそれは至極真面目な話であり、彼女のお悩み相談に乗るような形になってしまう。それは彼女との関係がより深くなることを意味してしまうかもしれない。
俺は確かに『暗気こころ』を推している。
土倉さんも気になる女の子だ。
だが推しだからこそ、一定の距離を取りたいとも思う。
これ以上仲良くなったら配信で俺のことを匂わせてしまい、彼女のことを好きだと思う男性ファンが居なくなり彼女が悲しむかもしれない。
俺との関係を悩みすぎて大好きな配信の雰囲気が様変わりしてしまう可能性もある。
一体俺は彼女の問いにどう答えるべきか。
「確かにリアルのこころちゃんはネガティブっぽいよね」
少しだけ悩んだけれど、どうやら俺の心の中で答えは決まっていたらしく、すっと言葉が出て来た。
「だから支えてあげたいかなって思う」
恐らく土倉さんは自分の性格について悩んでいるのだろう。
気になる人が困っているのであれば、相談に乗る。
それが間違っているなんてことがあるわけがないんだ。
「支える?」
「もちろん相手は VTuber だし、変なことを考えてなんかいないよ。いつもみたいに楽しくゲームを続けられるように変なことは言わないように気を付けるってだけのことだよ」
「でも、ネガティブな話をされると面倒臭いなって思わない?」
「思わない。むしろそれで少しでも気が晴れるならどんどん言って欲しい」
「…………」
別にこれは相手が VTuber だからとかって関係ない話だと思う。
リアルの関係だろうが、芸能人のような手が届かない相手だろうが、好感を持てる相手が精神的に苦しんでいるのであれば、好きなだけ毒を吐いて多少なりともスッキリして欲しいと思うのは普通のことだと俺は感じている。
「それにあそこまでネガティブなのにちゃんと沢山配信して、今日はメンタル辛そうだなって日もコメントに対して好意的に反応してくれるのを見ると、凄く優しい人なんだなって感じて好きなんだ」
「ぴゃあ!」
「なーんて偉そうなことを言ってるけど、本当はネガティブな言葉すら可愛く聞こえるから好きなだけだったりして」
「ぴゃあ!もうそのくらいにしてええええ!」
最後のは冗談めかして聞こえているかもしれないが、俺がこころちゃんの配信を好きな大きな理由の一つがこれだ。声が良すぎて聞いてて全く嫌な気分にならないんだよね。絶対この人って良い人じゃんって感じしかしないんだもん。
「そういえば土倉さんもこころちゃんに雰囲気似てるね」
「ぴゃあ!」
「せっかくお話しするようになったんだから、何かあったら遠慮なく吐き出して良いよ。聞くくらいしか出来ないけど」
「あっそういう意味……じゃなくて、そんなの悪いよ!」
「あはは、そう言うと思った」
そしてそう本気で思ってくれるからこそ、俺は君を推してるんだよ。
今はまだ俺の気持ちを伝えることはしない。
きっと困らせてしまうことになるから。
本当のファンは推しを困らせることなんかしないのさ。
「それで土倉さん。こころちゃんのどんなところが良いと思った?」
「ぴゃあ!そんなに見て無いから分からないって言ったよ!?」
「じゃあ第一印象。アーカイブ見たなら何かあるよね」
「あっ、うっ、そっ、そのっ……!」
やっぱり訂正。
焦って困る姿が可愛いから少しだけ困らせよう。
プロローグ的な雰囲気ですが、続きません(断言)