魔王との戦いの前夜
君たちはどう思うだろうか。突然上司に
「魔王を倒しに征くぞ!」
と言われたら。世が世なら間違いなくパワハラで訴えられる。
「突然のことで驚いただろうが、これはもう決定事項だ。拒んでもいいが代役をたてれるというのが条件だ」
「断るのはほぼ不可能ですね」
彼はあまり知らないのだが、魔王を倒しに征った職員は他にも大勢いる。頼めばあまり断らない人たちだったのでここで本気で代役を探せば見つかったのだ。しかし彼は先入観から誰も魔王を討伐になんか行きたくないと思ってしまったわけである。その先入観は持ってて当たり前のものなのだが。
「こんな重大なことを食堂で話してしまって良いのですか」
「みんな知っているから大丈夫さ」
「いつから、どこで……」
「今日の朝、書類で」
「荒木田さんは……」
「知るわけがない。昔はこんな人ではなかったのだけどね。いつからだろうね。こんな面倒くさい人になったのは……」
「ひどいな」
「正直な感想を述べたまでよ」
「というか何で魔王討伐をしに行くのですか!?」
「魔王がな。川に魔石を捨ててやがるんだ。そのせいで海が魔素で汚れて魚がどんどん死んでいっているんだ。このままでは大規模飢饉に繋がりかねない。そこで俺等は魔王領に対して何度も要請したんだ。魔鉱石を発掘する際の副産物の処理は厳重にしてくれということを。だが魔王は増長しているのか知らないが、内政干渉だと言って聞く耳を持たない。それどころかそれを理由に総会支部の領土に攻め込もうと画策しているという情報まで入った。こうなったらもう交渉は難しい。だから魔王討伐に征くのだ」
「だから、最近魚の値段が上がっていたのか。となると漁師の生活は大変ですね。汚染された魚は食えないから多くの国にも影響が出る……」
「東方諸国会議で決まったことだが、魔王軍が総会の穀物生産地区域に侵入した瞬間にその行為を宣戦布告とみなし迎え撃つということが決まった。だからこちらからは手出し禁止だ」
「ギルドは動かないのですか?」
「当然動いてはいるがあっちが本領発揮するのはは国家というより魔物だ。軍と戦うのは総会支部となっているがその戦地での残党の処分はギルドが行う。ただし敵意があればの話だが」
「敵意って……あぁ、残党は軍人扱いだからですか」
「そうだ。魔王軍の戦力の殆どが魔人、亜人だ。人間も魔人も亜人も扱いは人間と同じというのが俺等の認識だからな」
この世界には多くの種族が存在するが総会支部は魔人と亜人(獣人、エルフ、ドワーフ)は全て人間としている。理由としては話し合えば理解できるというのが主な理由だ。その証拠に僕らはゴブリンに教育を受けさせる環境を作る代わりにそこで生産している布などを破綻しない程度に貰っている。すなわち取引ができているのだ。それも話し合いの結果でだ。
「ということは今回の戦争も当然のことながら略奪や民間人に意図的に危害を加えることを禁止ということを徹底的に周知させる必要がありますね」
「当然のことだ。身内がやらかしたら大変なのは俺等だ。身内であろうが軍事裁判で裁かねばならぬのだから」
「ところで魔王軍の進捗はどうなのですか」
「俺一人で倒せるからどうでもいい……なんて言ったら幹部失格だからな。諜報係によれば進軍スピードからして大体一ヶ月ほど出そうだ」
「もうあまり時間が……」
「だから常に総会支部は備えているんだ。いつどこで何があっても良いようにな。各国との連携は済ませてある。情報によればこの世界ではまだ空軍といったものがない。つまり空からの奇襲の可能性は低い」
「でもワイバーンが……」
「大丈夫だ。ミサイルはないから。ヒントを出そうか。ここ総会支部は領土が広いのは知っているな。各国の位置関係は分かるか?」
「はい、魔王領は西の最果てにあり…あ!」
「そうだ。魔王領の東側にべったり付くように総会領が存在する。海を通過するように行くのは大型怪獣がいて困難。例え倒せたとしても今の台風シーズンで行くのは自殺行為だ。総会領の真上は事前に不法侵入したら撃ち落とすという警告をし、それを無視したら撃ち落とす。唯一の隙である北側のグラム王国は俺等が進駐し、一網打尽にする。当然沿岸部も万が一のことを備えて警戒させるが」
「総会支部はがら空きになったら元も子もないので戦力分配が大変そうですね」
「そこは心配するな。俺等で倒しに行くから」
「……………………話が戻った気がするのですが」
「俺はアイツ以外に負ける気はねーんだよ。俺の伝説を聞いただろう。油断もする気は一切ない。身内を傷つけようとした罪は、重い」
南幹部の言葉は恐ろしかった。何故か胸をえぐられるような感覚だった。ただその言葉の奥には何か悲しそうなものがあった。何か後悔でもあるのだろうか。
「僕らも南幹部についていきますよね?」
「あぁ、もちろんだ。ただ君は殺す必要はない。俺を、監視してほしいんだ」
「暴走したときのためですか?」
「暴走しそうになったら、叫んでくれ。誰か来てくれるはずだから」
「それだけで本当に大丈夫なのですか?」
「君では物理的に止めることは不可能だから。ただ、精神的に止めれることはできるかもしれないから」
「勘弁してくださいよ。僕が死んでも止まらなかったら南幹部のことをあの世から恨みますよ」
「ま、そもそも暴走する気はないけどね」
こうして魔王軍との戦いが始まり、この戦争は誰も予想しなかった速さで終結を迎えることになった。