第三話 感謝されるって嬉しいが恥ずかしい
前方から襲いかかってくるゴブリン。
目の前に広がる賊の血。
隣で震える少女。
この絶望的な状況でアドレナリンやドーパミンなどの様々な脳内物質が大量に分泌される。
ゴブリンは最初に俺を襲うことにしたようだ。
周りの動きがやけに遅く見える
あぁ、俺死ぬのか...せっかく神様に2回目の命を貰ったのにな...
この5年間は色々新鮮で楽しかった。
せっかく鑑定でチートスキルがわかったのに...
ん?
「チートスキル!」
死を目前に思い耽っていたとき、俺は思い出す。
そうだ、【神眼】が使えるんだ。他の加護で手に入れたスキルだって使えるはずだ。
現状所持しているスキルは【神眼】、【叡智】、【操水】、【創水】である。
『ぐぎゃー!』
ゴブリンは直ぐそこに迫っている。
【神眼】を使っている感じ、スキルを使うのには結構意識を持っていかれる。
併用させるのは現段階では困難だろう。
しかし水を生み出すだけの【創水】だけで状況を打破するのは難しい...
だけれども水がないと【操水】を使うことも不可能…
ここ一体に水辺はない。万事休すか...とそう思った時、ゴブリンが踏み込んだ所に溜まっていた賊の血が跳ね、俺にかかった。
そう、成人男性5人分の血が"水"溜まりのようにそこに存在していたのだ。
「【操水】!」
俺は唱える事で血液を操る。
スキルを発動した途端、目に見える賊の血が身体の一部のように感じられ、思い通りに動かせるようになる。
けれど不慣れが原因か、細かい動きは出来そうにない。
俺はできるだけ大雑把な動きでも殺傷能力が高くなるように、水の塊を円錐状にしてゴブリンへ勢いよく放つ。
『ぎゃっ…』
流石に貫通とまでは行かないものの、血液で作られた円錐はゴブリンの腹を抉り、その命を散らせる。
「え?」
隣から素っ頓狂な声が漏れる。
まぁ、モンスターに襲われたと思えば、いきなり赤黒い液体で形成された物でそれが討伐されたのだ。
俺もソフィア側であれば理解が追いつかない。
それに俺とは違ってソフィアは精神までも小さい子供だ。
「大丈夫?」
子供に取っては今の出来事全て、刺激が強すぎる。
精神が高校生の俺も、改めてこの惨状を見ると胃から何かが込み上げて来そうになる。
それでも最優先は目の前で呆けている少女のケアだ。
俺は小さな体でできる限りその惨状を隠しつつ、彼女に手を差し伸べる。
「え?...う、うん…」
ソフィアはまだ状況を飲み込めていない様子で瞬きをしながら俺の手を掴み、俺はしっかりと握り返してから引っ張る。
女の子特有の柔らかい手は、引っ張る時に力むと壊れてしまうのではないかと心配になる。
「そ、その...あの...ありがとう...」
ソフィアは立ち上がると、顔を俯かせもじもじと礼を述べる。
そういえば人見知りなんだったか。
そんなことを考えていると、ソフィアが俺の服の裾を掴んできた。
その行動に思わず固まるが、彼女の顔を除くと段々と今の状況が掴めてきたようで、恐怖の表情が見て取れた。
流石にこの状況で異性が怖いなどと言う訳にはいかないだろう。
「帰ろっか。」
俺は再び彼女の手を握り、歩み始める。
その手は小刻みに震えていて、彼女の恐怖心が手に取るように...いや、実際に手には取っているのだが、伝わってくる。
俺はソフィアを励ますように、手を握る力を少しだけ強める。
そして歩くこと十数分、ソフィアの家であり俺たち家族が宿泊している宿へと到着した。
「ソフィア!!!」
「「ワンドっ!!!」」
宿屋の中へと入ろうとしたその瞬間、背後から俺たちを呼ぶ声がした。
振り返ると、ギースとマリー、そしてソフィアの母親である宿屋の女将さんが汗と涙を滲ませながら駆けてきている。
誘拐されてからの出来事が濃すぎたせいで頭から抜け落ちていたが、突然自分の息子・娘がいなくなったとあれば心配するのが親というもの。
マリーは俺を強く抱きしめ、ギースはその様子を眺めながら息子の無事にホッと安堵の息を吐く。
チラりと隣を見てみると、朝の元気で明るい女将さんとは思えない程にソフィアを抱きしめながら涙をこぼす母親の姿があった。
ソフィアもソフィアで母親との再会で緊張が緩んだのか、俺といる時には見せなかった涙で母親の服を湿らす。
そんな姿を見させられたら俺も涙が出そうになるが、流石に男子高校生である俺が涙を流すのもみっともないと思い、グッと堪える。まぁ、今は5歳児だが…
その後、その日は俺もソフィアもマリーもギースも疲れ果て、特に何をするでもなく休むのであった。
女将さんは仕事があったが、それも他の従業員が気を利かせたことで普段より早く休んだ。
次の日、俺が起きると昨朝はあった両親の姿が見当たらない。
2人が同時にトイレに行っている可能性も低い...という訳でもないが、あんな事があった翌日に朝っぱらから宿屋のトイレでハッスルしてるとは考えられない。
いくらバカップルの権化みたいな親でも、そこら辺の分別はあるはずだ。というか、あってくれ!
そんなこんなで起床からすぐに俺は、両親探しの旅を始めた。
まずはベッド下だ。・・・いない。
次にクローゼットの中。・・・いない。
下を向いた状態から、一気に天井っ!・・・いない。
我が親をなんだと思っているんだ俺は...
よし、次はトイレに行こう。
そう考え部屋から出た時だった。
「ソフィアちゃん、落ち着いて。ゆっくりでいいから。」
1階からマリーの優しい声が聞こえた。
聞いた感じ、ソフィアと会話している様子。
俺は両親が非常識でなかった安堵と、ソフィアと何を話しているのかという疑問を抱きながら階段を降りる。
「ママ、おはよう」
階段を降りるとマリーとギースがソフィアと女将さんの正面に座り、何やら真剣な表情で話していた。
階段を降りても気づく気配がないので、俺はとりあえず話しかけた。
「あら、起きたの?ちょうど良かった、こっち来て座りなさい」
マリーが手招きをして、ギースが手を差し出す。
ギースに近づくと、俺は農業により太くたくましく育った腕に持ち上げられ、彼の膝へと乗せられる。
「昨日何があったか教えてもらえる?」
なるほど。そういう話か。
俺の中では俺らを攫った賊はゴブリンに殺され、そのゴブリンも俺が討伐したので、昨日のことは既に終わったこととして認識していた。
よく考えてみれば、それをマリー達が知るはずもなく、翌日となった今日もその話題が上がるのは至極当然である。
「えっとね…歩いてたら突然攫われてね…」
さてどうしたものかと考えながら俺は説明を始める。
できればチートスキルのことは隠したいので、俺は子供っぽく説明しながら、嘘を考える。
ただ、先にソフィアがマリー達と話していたので既に一部の情報は漏れているかもしれない。
そうなると下手な嘘を吐けば、怪しまれ全てを話させられるかもしれない。
それだけは勘弁願いたいので、俺は少し事実に嘘を交えることにした。
「緑の怖いのがおじさん達を殺しちゃってね。僕、怖くて…そしたらね、身体からぐわーってなってね、そしてね、緑の怖いのが倒れたの!」
俺はできるだけ語彙を拙く、そして必死そうに言葉を並べる。
変にチートスキルを隠すより、既に両親に知られている魔道士としての魔法の才能を言い訳に使うことにした。
魔法を使う感覚はよくわからないが、前世でラノベを読んだ時の表現を少し借りさせてもらった。
「あなた…」
「マリー…」
俺の話を聞いた2人は真面目な顔で見つめ合う。
「「やっぱり、うちの子は天才」」
「だわ!」
「だ!」
2人がはしゃぐ声は大きく宿中に響き、他の宿泊客の視線が集まる。
それを最初に気づいた俺と女将さんは顔を赤くして俯く。その様子を見た2人も辺りを見渡し、はっと顔を赤らめて周りの人に謝る。
ソフィアはと言うと、2人が突然大きな声を出すもんだから女将さんの陰に隠れてしまった。
うちの両親がすみません…と俺は心の中で謝った。
「いったいどういうことだい?」
落ち着きを取り戻した2人が席に腰を下ろしたところで、女将さんが尋ねる。
「それはですねぇ…」
その問いにマリーが待ってましたという顔で答え始める。
「なるほどね。ワンドくん…」
マリーが俺の鑑定結果を伝えると、女将さんが手を取った。
一瞬前世のトラウマから身体が強ばるが、女将さんの優しい握り方と真剣な眼差しに俺は身体の緊張を解く。
「ソフィアを守ってくれてありがとう」
女将さんは握る手の力を強め、心からの感謝を感じられる言葉を口にした。
(守る…か)
生きることだけを意識し、ゴブリンを倒した。
だがその行動が人を助けていたのだ。
日本の一般高校生として生きた俺は、ここまで感謝されたことがない。
『守る』なんて慣れないことへの感謝というのは、どこかむず痒く…そして心の内側が満たされる。
ただ一途に生きようとだけ決めた人生。
神様達から授かったチートスキル。
俺は誰かを救う為に何かをするのもいいなと…そんな風に思った。
俺がそんな事を考えていると、服の袖を引っ張られる感覚が腕から伝わった。
そちらに視線を向けると
「・・・」
俺の服を掴んだまま黙り込むソフィアの姿があった。
そんな彼女に気づいたのであろう女将さんはそっと俺の手を離し、一歩後ろへと下がった。
「どうしたの?」
人見知りで、昨日は手を差し出しただけで逃げてしまったソフィアが自ら行動を起こした。
そんな成長を見せるソフィアの背中を押すように俺は尋ねた。
俯いた顔は彼女のサラサラとした白い髪で目元を隠され、見ることのできる口元は何かを言おうと開けては閉じてを繰り返している。
しかし少しすると下げた視線を少し上げ、髪の隙間から覗く青い瞳が俺の目まっすぐ捉えた。
「…う…なんでもない…」
そこまでしたソフィアだが、そのようにボソッと言うと、すぐさまどこかへ走って行ってしまった。
走り去る直前、少し頬が赤くなっており、その姿に胸が一瞬大きく跳ねた。
ただ一つ言っておこう。
俺はロリコンではない。
これはあれだ。
勇気を出してくれた彼女の行動に感激しただけだ。
うん、そうだ。それ以外ない。
俺はそう自分に言い聞かせて、今回の件は幕が下りた。
翌日。昨日はあの後、昼間は街の観光、夜にはマリーたちが帰りの支度をして終わった。
誘拐のこともあり、両親…特にマリーが俺のことを何度も確認してきたのは何となく落ち着かなかった。
そんなこんなで日を跨ぎ、今は家族で宿を離れようと女将さんに挨拶をしている。
「お世話になりました」
ギースがペコリとお辞儀した。
バカップルをしている両親だが、こういう律儀な所は息子として誇らしい。
「帰り道には気を付けるんだよ」
「ありがとうございます。またこの街に来たらお世話になりますね」
女将さんの言葉にマリーが礼を述べる。
そして一通りの挨拶が終わり、数少ない俺の住む村行きの馬車に乗り込もうとした時だった。
そこに見覚えのある姿を見つけた。
逃げられるかもしれないし、そうなったら少しへこむ自信だってある。・・・が、俺は意を決してそちらに足を向ける。
「こんなところでどうしたの?」
「・・・」
その少女は黙ったままだった。
「お母さんは?」
「…こっそり抜け出してきた」
俺の問いにぽつりと答える少女。
「この前あんな目にあったんだから一人で来たら危な…」
俺がその少女に言っていると、彼女の性格からは意外なことに、俺の言葉を遮って言葉を紡ぐ。
「あ…えっと、その。また…会える?」
その少女、ソフィアが頬を赤く染めながら、しかし昨日とは違い逃げることはなく、上目にした瞳をやや長めの前髪から覗かせて、俺のことを見つめる。
「うん、きっと会えるよ」
気づけば俺はそんな確証もない言葉を吐いていた。
異性をあまり好ましく思っていないはずの俺が、目の前の少女に自然と口にしていた。
詳しくは形容できないが、不思議とソフィアには嫌悪感もトラウマから来る恐怖も感じない。それに、またいつか会える気がするし、それが嬉しい。
「ワンドー、そろそろ出発するから乗りなー」
馬車の窓からギースが俺を呼ぶ。
それに大きく返事をした後、ソフィアに振り返り
「ばいばい…」
いや、違うか
「またね!」
と口にした。
返事は聞こえないが、最後、ソフィアは前向きしっかりとこちらを見て手を振った。
もし『俺の人生』が物語なのだとしたら、刺されて死んだのはプロローグだろう。だとするとこれは『ワンドの人生』のプロローグなのかもしれない。
なにせ俺のワンドとしての人生はまだ始まったばかりなのだから。
次回に続く
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