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『それがいい』
大旦那はまだ女と切れたくはない。
そこで、《若番頭》は、こそりとつぶやけばいい。
「 わたくしが、大旦那様のために、なにかお役にたてれば、なんでもいたします。近くで通えるところにお師匠の家をさがしてまいりましょうか? ああ、でも《おんなひとりの家にかよえば》、また若旦那さまにとめられてしまいましょう。 それに、お師匠が《ひとり》だと知ったどこかよその男が通い始めるかもしれませんし・・・」
大旦那はようやく気付いたように、そうか、と手をあわせると、奥から袋をもちだした。
「おまえ、お師匠といっしょにならないかい? ああ、店をのれん分けしてやろう。それがいい。 ―― けれども、わかってるだろう? 『本物の夫婦』になっちゃいけないよ」
これは店のではない自分の金だといって、とりだした重い袋をくれた。




