第7話 同居
千沙は小崎先生の見込み通り、北蘭高校に難なく合格した。合格発表の日も樹里が案内してくれた。掲示板の千沙の番号を千沙より早くみつけた樹里は番号を指さすと、オタオタしている千沙の髪をクシャクシャに撫でた。そして、言われるままに掲示板を見上げる千沙を、一歩下がって眺め、頷く。
「やっぱりな…」
ようやく番号をみつけた千沙は、喜色満面で樹里の呟きには気付かない。千沙は心底ホッとしていた。どこへも行き場がない事態は避けられたのだ。しかし、次の関門はもっとハードルが高い。
一人暮らし、である。
千沙には見当もつかない。アニメでたまに見る寮生活を想像するのが精一杯だ。しかし合格発表が終わってもそういう話は皆無である。中学校の卒業式を間近に控えたある晩、千沙は思い切って絹に問うてみた。
「お母さん、あたし、北蘭高校へ通うのってどうしたらいいの?」
「どうしたらって、もう決まってるじゃない」
「え?」
「紹介したでしょ?」
「何を? いつ?」
「2回も会ってるじゃん、樹里」
「じゅ、樹里さん?」
あの変わった、いやちょっとボーイッシュでクールな叔母さん? 千沙は魂消た。そう言う意味があったのか?!
「樹里さんと一緒に暮らすってこと?」
「そうよ。あの子の家って北蘭高校から割と近いんだってさ。1階がお店で2階が住宅。あ、でもご飯の支度とか手伝ってもらうって言ってたよ」
「げ」
「出来る範囲でって。あ、ちゃんと千沙の部屋もあるって」
千沙は肯かざるを得ない。何しろ他に一切の解を持たないのだ。しかし、他人との、いや、全くの他人とは言えないもののほとんど知らない叔母と一緒に暮らすって、やはり見当つかない。混沌とした気持ちのまま、中学校の卒業式を終え、絹に言われるがままに荷物をまとめ、制服や教科書の購入に高校まで出掛け、千沙はバタバタと4月を迎えた。
そして入学式の2日前に千沙と絹は樹里の自宅兼店舗にやって来た。今回は樹里の都合がつかず、バスとタクシーを乗り継いでやって来たのである。千沙が初めて訪れる新しい自宅であった。
スタジオ・ジュリ
木製扉の脇の四角い看板にはそう記されている。美容室って言ってたよね? スタジオ…なんだ。建物はベージュの壁の南欧風2階建で、2階には窓が3つ、出窓になっていて可愛い。ここが、今日からあたしのおうち。千沙は唾を飲み込んだ。キャリーバックを引っ張った絹は何の遠慮もなく、さっさと扉を開けていた。
あ、待って。慌てて千沙も後に続く。
「いらっしゃい」
カット中の樹里がこちらを向いた。
「いらっしゃいませ、お邪魔しますよ」
絹もゲストに声を掛けつつ陽気に答えた。
「そこの待合席に座ってて。もうすぐ終わるから」
母娘は指された椅子に座る。店の内装は一言で言うとナチュラルテイスト。カット席は二つ、アンティーク調で大きな鏡のドレッサーが並んでいる。セット席は一つで、壁際の小さなカウンターに沿って設けられている。待合の椅子の前にも小テーブルが置かれ、雑誌やパンフレット、POPなどが散らばっている。シャンプー台も二つ。低いパーティションで区切られた向こうにあるようだ。千沙はキョロキョロ見回した。何しろ、シルク以外の美容室に入るのは初めてなのだ。
樹里が言ったように10分ほどでゲストのカットが終わり、会計を済ませて帰ってゆく。『有難うございました』は千沙も一緒に唱和した。扉の外でゲストを見送っていた樹里が店内に戻って来ると、入口のダウンライトを消す。あれ? 今日はもう終わりなのかな。千沙が首を傾げていると、カット台を片付けていた樹里が目の前にやって来て、千沙に向かって手を差し伸べた。
「ようこそ相棒。今日からよろしくな」
千沙はおずおずとその手を握る。
「うん、若い手だ。こっちもそろそろアラフォーで何かと体力きついから助かる」
え? 何させる気?
「じゃあ、まず家の方を案内するよ。絹姉も一緒に来て」
樹里は指をパチッと鳴らした。