第75話 父の告白
「まあ、そう言うことなんだ、千沙。俺がキミのお父さんだ」
ムッシュ・ヴェントは店の奥のソファセットに千沙と未来を座らせると口を開いた。
「お、お母さんは、し、知ってるの?」
千沙の声は震えている。隣で未来が千沙の手に手を重ねた。ムッシュは優しく微笑む。
「そりゃそうさ。樹里には内緒で、お母さんとは最近連絡取ってたからね」
千沙は改めて息を呑んだ。そ、それでパリ行きが即答だったのか…。
「さ、最近までは、行方不明だったってこと…ですか?」
「そうだね。未来ちゃんが来るまではね」
「あ、あの、な…、なんでいなくなったの?」
「梅島の美容室シルクに二人もスタイリストが要ると思うかい?」
「え、い、いえ」
「だから修行に出たのさ。どこへ行くかは判らなかったから行き先は言えなかったし、パリに来て落ち着いたら連絡しようと思ってたらシルヴィーに逢っちゃったんだよ」
「シルヴィーに?」
ムッシュは真っすぐ千沙の目を見た。
「うん。お客さんで来てね。俺が日本人と判ったら日本語で話しかけて来てびっくりしたよ。それで身の上話を聞いてもっとびっくり。繋がってるんだもん。だから益々連絡できなくなったんだ。北風家から追手がパリに差し向けられそうだったから」
「お、追手?」
「そう。ま、元々は北風のおじいさんの浮気だろ? おばあさんも黙っちゃいないさ。シルヴィーだって居場所を明かせないよ。だから樹里とも連絡を絶った。何も知らない中学生の樹里なら無茶はされないと思ったそうだ。俺も半分シルヴィーに同情しちゃってね、彼女の愚痴を理解して聞いてあげられるのは俺だけだしね」
千沙は胸が詰まった。理屈は何となく解った。お父さんがお母さんに連絡すると、シルヴィーが不安になることは想像できる。大人の事情でがんじがらめ。だけど…
「だけど、お母さん独りぼっちで淋しかったよ! 私もお父さんがいないの淋しかったよ! 顔が無くて輪郭だけだったんだから! 行方不明なんて普通じゃないよ!」
未来が涙声の千沙の肩を抱き締める。ムッシュは俯いた。
「ごめん。悪かったと思ってる。こう言っても信用してもらえないかもだけど、千沙のことは気になってた。可愛い頃をみんなすっ飛ばしてるし、こっちで同じくらいの女の子を見る度に思い出してた。けど、シルヴィーだって同じ想いだったんだ。だから何も言えなかった」
千沙の目に涙が溢れる。未来が千沙の肩を擦る。
「千沙、もういいよ。みんな辛くて、何だか切なくて。でも、もう闘いは終わったのよ。輪郭だけじゃないお父さんが帰って来るんじゃない。だからこれからのことを考えようよ」
千沙は頷き、涙を拭ってムッシュを見つめた。
「なんで急にお母さんに連絡したの?」
「未来ちゃんが言った通り、もう時効だろうって思ったし、それに未来ちゃんが来てくれたからだ」
ムッシュ・ヴェントはポケットから丸いものを取り出し、掌に載せて見せる。1ミクが1枚に1さちが2枚。
「1ミクと1さちを1枚ずつ未来ちゃんが持って来てくれた。もう1枚の1さちは俺がずっと持ってたやつ」
「ずっと?」
「そう。何せ背景のデザインは俺がやったから」
「え? お母さんじゃなくて?」
「うん。俺だよ。お母さんにそんなセンスがあるように見えるかい?」
千沙は詰まった。確かに不思議だったんだ。そう言えば、お母さんも『自分がやった』とは言ってなかったような気もする。
「未来ちゃんに1ミクと1さちを貰って思ったんだ。未来には幸せがやって来るなって」
未来がこのお店をステイ先に選んでくれたから…だ。いろんなことが繋がってる。奇跡みたい。千沙は手を胸に当てる。
そんな千沙を、髭面は愛おし気に見つめた。




