第71話 爆弾発言
「え、あ、パスワードを忘れちゃったって話?」
「そう。いつも無意識で使ってるパスワードが突然消失。立派な失せものだから、失せもの探偵の出番よね」
マダム・ルフェーブルは『おや』という表情で千沙を見た。千沙は指に付いた蕩けるチーズをペロッと舐めた。
「パスワードって、なにか自分と関係ある英数字の組み合わせが多いよね」
「そう言うのを試してみたけど駄目だったって。考えると数字が数字じゃないみたいに思えるんだって」
数字が数字じゃない…、そう言えばあたしも経験があるような。千沙はマダムの方を見た。
「あの、それって、最初はど忘れしちゃったものを、取り返そうと努力しているうちに、ゲシュタルト崩壊の一種みたいな状態になったって言うことじゃないでしょうか」
「ゲシュタルト崩壊って?」
未来が聞いた。
「えと、詳しくは知らないんですけど、じっと見てるといつもと違うものみたいな感覚になって、もう何が何だか判らなくなる感じ。いつも使ってる言葉を何度も繰り返すと、そのうち『これってなんだっけ』みたいになりますよね。そういう現象のことです」
「ふうん。じゃあ思い出せるってこと? シルヴィーは銀行へ行くって言ってるけど」
千沙は少し考え込んだ。
「忘れたとか、判らなくなったとかいう事実そのものを忘れてしまえば、また勝手に思い出すと思います。別のことに夢中になるとか、びっくりした後なんかにヒョイと出て来たりするんじゃないかな」
未来がマダム・シルヴィーの方を見た。
「だ、そうです。何だか謎過ぎて判りませんけど、明日、朝起きたら思い出してるって感じでしょうか。だから銀行は慌てていく必要ないかもです」
マダムは大きく肯いた。しかし口から出たのは全然関係のない一言だった。
「あなた、名前がチサ?」
「は、はい。水取千沙です」
「チサ ミズトリ! Oh mon dieu !」
はい? 千沙と未来は一緒にポカンとした。
「そう…、ナガサキからチサが来たって訳ね」
感慨深げにマダムが呟く。未来がそうっと聞く。
「あのう、シルヴィーは千沙を知っているんですか?」
「勿論よ。チサは私の孫みたいなものだから」
「え?」
「だってあなた、ジュリの姪っ子なんでしょ?」
千沙は口をあんぐりと開ける。ジュリ? なんで今ここで樹里さんが出て来るの?
「シルクロードから聞いていたのよ。ジュリと一緒に探偵をやっているチサのこと。さっきミクがチサに『失せもの探偵』って言ってたよね」
「はい」
未来も訳が判らない。
「それでピンと来たのよ。パスワードを忘れても私の頭脳はまだ生きているわね。そう、あなたがチサなのね。ジュリも元気そうで良かったわ」
千沙は怖くなった。あたしの日常を知っているってこと? シルクロードってスパイ?
「す、すみません、ジュリって北風樹里さんですよね。なんでご存知なんですか?」
「なんでって、私がジュリのマモンだからよ」




