第67話 春のお誘い
無事に期末考査を乗り越えた千沙の元に、パリの未来からメッセージが届いた。
『春休みにこっちに遊びに来ない? 案内するよ』
そうだ。未来はそろそろ半年だ。気軽に行ける最後のチャンスなんだ。だけど、気軽と言っても海外。長崎県の海峡を越えるのとは訳が違う。そもそもフェリーで行く訳じゃない。ひ、飛行機なんだ…。あたしにとってはまだ未知の乗り物。それに言葉。それに食べ物。そもそもどんな格好で行けばいいのか…。そうだ。梢さんに相談するしかない。千沙がスマホと宙を交互に睨んでいると、
「どうした千沙。留年でも決まったのか」
樹里が覗き込んだ。
「い、いえ、まさか、そんな怖ろしい。あ、あの未来から、春休みにパリに来ないかって」
「ふうん、お誘いか。まあ、若いうちに海外を見るのはいい事だけど、絹姉が何て言うかだな。ああ見えて極めて心配性だから。千沙に似て」
「似たのはあたし…だと思うんですけど」
「はは、そりゃそうだ。ま、私から聞いてみるよ。千沙が聞いても即却下な気がするし」
「は、はい。お願いします…って、でもあたし、怖いですけど。そんな遠いところ」
「飛行機に乗っちゃえば、空港には未来ちゃんが来てくれるんだろ。じゃあバスと一緒だよ」
「え」
そんな事も無い気がするが、取り敢えず千沙は樹里に一任した。でも多分、駄目って言うだろう。ここに来るのが精一杯のあたしが海外に行くなんて、駄目に決まってるし、その方が気が楽だ。未来だって内心はそう思ってるに違いない。そもそも博多にだって行ったことないのに。
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翌朝、コーヒーをドリップしながら樹里が言った。
「千沙。絹姉、是非行って来いってさ、パリの話」
「え?」
「即答だったよ」
「えー?」
「だから、準備は手伝うよ。ほら、梢さんに聞けばいろいろ判るだろ」
千沙は唖然とした。
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パリ15区の美容室 ラ・ミストラルの2階リビングでは、未来が千沙のメッセージを見て笑っていた。
『ダメ元のつもりが行って来いって言われた。どうしよう(泣)』
千沙、めっちゃ凹んでる。長沖君と一緒って訳にいかないから怖いんだ。ニヤつきながら未来は日程候補日や荷物の注意点などをまとめて、メッセージに入れた。そうだ。店長にも言っておこう。未来は階下に降りる。仕事の合間なのか、ムッシュ・ヴェント店長は、ウロウロしていた。
「店長!」
「ん?」
「あの、高校の同級生の千沙が春休みに来るんです。以前に渡した『1さち』コインを作った子です」
「ふむ」
ムッシュ・ヴェントは軽く肯くと、店内を通り抜け表に出て行ってしまった。
あれ、反応うっす。
ここに泊まってもらうつもりなんだけど、また夜にでもゆっくり話、しようか。
仕方なく未来が2階に戻ろうとした時、店のドアが開いて、一人のマダムが入って来た。未来は見たことがない顔、初めての人かな。未来がそれとなく伺ってると、気がついたスタイリストが、親し気に話しながらカット席に案内する。未来も一応、
“Bonjour. Bienvenue”
と挨拶をした。するとカット席についたマダムは未来を見てにっこり微笑む。
「あなた、ナガサキから来たそうね」
!?
日本語? 未来は驚く。
「あ、あの、日本語がお解りになるんですか?」
「ええ、大丈夫よ。最近使ってないから忘れた所もあるけどね」
な、なんで? と聞こうとしたところに、ムッシュ・ヴェントが帰って来た。店長はマダムに気さくに声を掛け、フランス語で喋っている。あれ、常連さんなのかな。仕方なく未来は2階住居への扉を開け、階段を昇り始める。
びっくりしたけど、時々いるのよね、行ったことないのに器用に日本語を喋る人。大抵はアニメで覚えたって言うけど、今のマダムはそうは見えないよね。未来は首を傾げた。




