第64話 たった一つの可愛い耳
二人は店を出て、通りの反対側にあるカフェに入り、向かい合って座った。莉亜は緊張気味に声を上げる。
「あの、あなたも探偵さんなんですか?」
千沙は優しく微笑んだ。怖いよね、得体が知れなくて。
「そうね、あたしは助手って感じ? 水取千沙って言います。北蘭高校の1年生。歳は4つしか離れてないのよ。お姉ちゃんみたいなものね」
「えー、高校生でお仕事してるんですか?」
「お仕事って程じゃないよ。パシリね、要するに。でもそのお陰で友だちって言うのか知り合いが増えちゃった」
「へーえ」
「さ、莉亜ちゃん、美容室の奢りだから好きなもの選んでね」
莉亜の緊張は少しずつ溶けて来る。二人はメニューを睨み、迷った末に、千沙はザッハトルテにロイヤルミルクティー、莉亜はイチゴ大福にココアを選んだ。
「莉亜ちゃん、いいチョイスね。そっか、イチゴ大福って手があったか」
「今が旬ですから」
莉亜はクールに答えた。
「なるほど。で、やっぱ聞いちゃうんだけど、何かお父さんたちの前では言いにくいことあるの? やっぱり知っておかないとさ、代わりのイヤーマフを買ったらそれでお仕舞って依頼になっちゃうから」
莉亜はしばらく黙っていたが、遂にココアを一口飲むと口を開いた。
「あの、誰にも言ったことないので、えっと、守秘義務って守って貰えますか?」
小学生なのに難しい言葉を知っている。
「もちろん」
千沙は頷いた。
「あの、3年の時なんですけど、耳のことで細い目をした男子とちょっと太った男子に苛められたんです。公園で遊んでたら、いきなりイヤーマフを取られて、私の方を見て『気持ちわりぃー、耳なしリアだぁー、妖怪だぁー』とか叫ぶんです」
小3男子の言いそうなことだが、その出来事は千沙の心にずしんと来た。そんな辛い思いをしてきたのか…。
「追いかけても男子の方が足が速いから届かなくて、私、返してーって泣きながら公園をグルグル回って、その辺が暗くなってきて、でもその時、お父さんが心配して見に来たんです。お父さんはすぐに判ったみたいで、泣いてる私をぎゅっとして、左耳を出して見せて、それから男子に向かって…」
莉亜は指で涙を拭いた。
「これが莉亜のきれいな耳なんだよ。世界でたった一つの可愛い小さな耳なんだよって言ったんです。男子は『だって変じゃん 耳たぶないじゃんかよー』って言い返しました」
また莉亜は涙を拭く。千沙はペーパーナプキンをそっと差し出した。
「私、はっきり覚えてるんです。お父さんは続けました。男子二人を交互に見較べて、君たちだって目の大きさも鼻の形も唇の厚さもみんな違うじゃない。それとどこが違うんだい? 莉亜は左耳もちゃんと聞こえるんだよ。形以外は君たちと何も変わらない。君たちだって目が細い妖怪だぁーって言われたら嬉しくないだろ」
「男の子たちは言い返せなくなって、それでイヤーマフを投げて、黙っていなくなりました。お父さんはそれ以上何も言わずに、イヤーマフを拾うと手で丁寧にはたいて、私の耳にそっとつけてくれました」
莉亜は涙の溜まった目で千沙を見上げた。
「だから…あれがいいの。こんなことお父さんに言えないし、言わないで欲しいです」
千沙も涙を堪えられなかった。テーブルに手を伸ばし、莉亜の手にそっと重ねる。可哀想だったね。俯いた莉亜はしばらくして顔を上げた。千沙はペーパーナプキンを折り畳むと、零れた莉亜の涙をそっと拭いた。
「よく解った。大切な思い出があるから、あれじゃなきゃ駄目なんですって言っとく」
「有難うございます。何だか喋ったらすっきりしました。変な目で見られるのはもう慣れてるんで、今では平気です。食べましょ。奢って貰って言うのも変ですけど…」
「そうね。探さなきゃね。世界でたった一つのイヤーマフ」
「うん!」
莉亜は今日初めて子どもらしい笑顔を見せた。涙の痕がついたほっぺは、早速イチゴ大福で膨らんだ。




