第63話 父娘の来店
日曜日、朝からスタジオ・ジュリに入って来たのは、珍しく中年の男性だった。やや緊張の面持ちである。
「いらっしゃいませ」
初めての人だな。若干額も後退気味で、これはちょいムズパターンかも。樹里は息を吸い込んだ。
「えーっと、カットで宜しいでしょうか?」
「いえ、そうじゃなくて、失くしたものを探して頂けると聞いてきたのですが」
「あ、はい。させて頂いてますよ」
男性はほっとした表情を浮かべ、後ろ手で扉を少し開け、振り返って声を出した。
「入っておいで」
促され、おずおずと入って来たのは、黒いロングヘアの女の子。小学校の高学年位だろうか。すらっとして整った顔立ちだが、大きなヘッドフォンをしている。
「取り敢えず、そちらへお掛け下さい」
樹里は待合席を勧め、2階への扉を開け千沙を呼ぶ。千沙はすぐに降りて来た。
「千沙、失せもののお客さまだ。依頼書用意して」
「はい」
千沙も待合席をちらっと見て、レジの後ろからクリップボードを取り出し、樹里と並んで二人と向かい合う。早速樹里が口を開いた。
「えっと、何を失くされたんですか?」
「あの、イヤーマッフルなんです」
「イヤーマッフル?」
樹里と千沙は同時に声を出した。男性が身体を乗り出して手を組み合わせる。
「はい。えっと、そうだ、私、堤 嘉義と申しまして、こっちは娘の堤 莉亜です。小学校6年生で、ヘッドフォン外さないのは失礼なんですが、えっと、事情がありまして…、莉亜、髪を上げて耳を見せて」
「え」
莉亜と呼ばれた娘は眉間に皴を寄せる。
「それが手っ取り早いから。探偵さんだから恥ずかしくないだろ」
「ハズいに決まってるじゃん」
しかし莉亜は渋い顔のままヘッドフォンを外し、髪をかき上げ、顔の左側を樹里たちに見せた。
!?
「あの、左の耳がね、ほとんどないんです。小耳症と言って、生まれつきでしてね。あ、一応聴力はあるんです。若干弱いんですが、日常生活には支障のない範囲なので、ヘッドフォンをしていてもちゃんと聞こえています。ま、でもやっぱり気にして髪を伸ばして隠すようにしているんですけどね」
樹里と千沙は唖然とした。本来耳のある場所には、耳の残骸のような盛り上がった縁取りが少々あって、その中に耳の穴が開いている。
千沙は気を取り直し少女を思いやった。小学校6年生ならもう十分『女子』としての意識が育っている年頃だ。恥ずかしいという気持ちを、千沙も痛いほど理解した。父の嘉義は続ける。
「髪を束ねないといけない場合もあるから、春から秋まではこうやってヘッドフォンをしていますが、暑い時は蒸れるので、パッドの質に拘らなきゃいけないんです。で、秋以降は後ろから耳を挟み込むタイプのイヤーマフをしています。その方が髪も押さえられますし、可愛いし、本人もそっちの方が気に入ってるみたいでして」
樹里と千沙は深く頷く。
「ところが、そのイヤーマフが消えちゃいましてね。本人お気に入りのクリームイエロウの小さくて可愛い折り畳み式の奴なんですが、どこへ置いたかさっぱり判らないと。基本、家の中では外しますが、外で外すことないですし、落としたら急に耳元が涼しくなるからすぐに判ると申してまして」
千沙はようやく手を動かし、クリップボードに依頼者名と用件を書き込む。失せものは『クリームイエロウのイヤーマフ』。
「他のイヤーマフはないんですか?」
樹里が聞いた。尤もだ。千沙も頷く。嘉義は苦笑してみせた。
「それが、そのクリームイエロウのものがお気に入りで、それじゃなきゃ嫌だって言うものですから。小学校に入った時からつけているんで、サイズ的にも小さくなってますし、新しいの買うよって言ってるんですけどね」
樹里は莉亜に話し掛けた。
「それじゃなきゃいけない理由があるの?」
莉亜は上目遣いで樹里を見ると、また俯いてぼそっと言った。
「言いたくない…です」
「こら、莉亜。ヒントになるかも知れんのだから、ちゃんとお話ししなさい」
嘉義が強めに言う。
「お父さんは関係ないでしょ。私の耳なんだから」
反抗期に入っていることもあるのだろう。頑な莉亜を見て、樹里は千沙の方を向いた。
「千沙、莉亜ちゃんと一緒に通りの向こうのカフェで、美味しいものでも食べてお出で」
千沙は瞬間に理解した。『おまえが聞き出せ』。樹里さんはそう言っている。千沙は腰を上げた。
「莉亜ちゃん、ちょっと出ようか」
莉亜は渋々頷いた。




