第62話 ハーフ
「ただいまー」
千沙はClosedのサインが掲げられたスタジオ・ジュリの扉を開けた。
「え? もう帰って来たの?」
樹里が驚いて千沙を迎える。店内の片付け中のようだ。
「はい。え? 早い…ですか?」
「だってバレンタインだから、朔にディナーでも奢って貰ってるのかと思ったよ」
「えー、だって高校生ですよ。もうすぐ期末試験だし」
千沙は逆に樹里の反応に驚いた。
「そうか。ま、試験前の夜にイチャイチャは頂けないよな、勉学第一の高校生としては。じゃ、ごはんにしようか」
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夕食の終わりかけ、樹里と向かい合って、千沙は前夜の樹里の発言の意味を聞いてみた。
「樹里さん、昨日言ってたバレンタインは貰う日だって、男子からチョコ貰う日ってことですか?」
「あ? いや貰うのは、パンツとか香水だ」
「パ、パンツ? それって下着ってことですか?」
「そうよ。めっちゃセクシーなランジェリー。赤いバラを添えて」
「そ、そんなの、聞いた事ないです」
「絹姉はそんなこと教えないよ。私も貰った訳じゃないから実はよく知らない。マモンが言ってただけ」
「マモン?」
千沙は顔を上げて樹里のライトヘーゼルの目を見る。
「まあ、千沙にはカミングアウトしちゃおうかな」
「え?」
「この目の色だよ。日本人に見えないだろ」
「は、はい…」
「私さ、ハーフなのよ」
「えーーっ? は、ハーフ?」
樹里は面白そうに千沙を見る。
「母親はフランス人」
「あ、あ、あ、だ、だから…」
「そう。こんな色なの。髪だって元々この色」
「ふ、フランス語もすぐ判った…」
樹里は食器を片付けて、マグにコーヒーを淹れ、リビングのソファを指した。二人はソファで向かい合う。
「父親は千沙のお爺ちゃんだけどね、母はフランス人でね、小学生まで一緒に暮らしてたんだ。だからフランス語も喋るけど、長崎でしか喋ったことないからさ、フランスで本当に通じるかどうかは判らない。ま、中学生までの千沙と同じで海を渡ったことがないのよ」
樹里は朴訥に話した。
「そ、そうなんですか…。じゃあ、お、お母さんは今はどこに?」
「さあね。私が中学生になった時、一人でフランスに帰っちゃった。だから全然知らない」
「えー?」
「もう一人立ちできるだろって言われてね。だから千沙がここに一人で来てくれた時は嬉しかったよ。久し振りに家族だーって。ちょっと飢えてたのかな」
樹里はそっと目頭を押さえた。
いつも元気な樹里さんに、そんな秘密が…。全然知らなかった。樹里さん、それからずっと一人だったんだ。あたしどころじゃない。あたしなんかずっと幸せ者だ。お母さんと叔母さんに囲まれて、淋しくなんかない。
千沙のバレンタインはしんみりとした夜になった。




