第60話 ライトヘーゼル
千沙は冬休みに入る直前に、朔からクリスマスプレゼントを受け取った。
お、男の子からプ、プレゼントだなんて、もうどうしていいのか、お返しはどうしたらいいのか、いや、おソロだって言ってたからお返しも変かも、そう、バ、バレンタインまで待ってもらおう。そんな遅くて嫌われないかな…。
帰宅し、自室でブレスレットを眺めながら、千沙の心はしどろもどろだった。美しい組紐を見ていると素直に嬉しくなる。独りぼっちで海に呑み込まれると思っていた高校生活が、こんな色模様に彩られることになるとは。そうだ、樹里さんには報告しないと。あ、でもその前に未来に言っておこう。千沙は未来にLINEを入れた。
その夜、夕食時に未来からメッセージが入った。思わずスマホをチラ見した千沙の眉間にしわが寄る。ん?
『bon travail, félicitations!』
何だろう。フランス語? 千沙の怪訝な表情に樹里が気が付いた。
「どうしたの? 朔と喧嘩か?」
「え、いえ、未来からですけど、フランス語みたいで」
「どれ」
樹里が千沙のスマホの向きを変え、覗き見る。
「ボン トラバーユ フェルシタシオン。よくやった、おめでとう ってことだよ。千沙、何やったんだ? 第二段階か? ひょっとして、子ども欲しさにもうやっちまったのか? 止めとけって言っただろ」
「あー? いや、ち、違いますよ、してませんって! なんでそうなるんです!」
「ほんじゃ何よ」
「えっと、さ、朔にクリスマスプレゼント貰ったので」
「なんだ…、そんな事か」
樹里は心底がっかりした表情を見せた。いや、樹里さん、あたしに何を期待してるのだろう。学校帰りに手を繋ぐのだって、周囲に誰もいない時だけなのに。
千沙はブツブツ思いながら、はっと気がついた。じゅ、樹里さん、フランス語、すらっと読んだ。すご…。歴史なんかにも詳しいし、この人はどんな才能を隠し持っているのだろう。同じお父さんの子どもなのに、ウチのお母さんとは全然違う。千沙は上目遣いにそっと樹里を伺ったが、そこにはいつものようにご飯をモリモリ食べる樹里しかいなかった。
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翌日の夜、それまでは眺めるばかりで、ブレスレットを嵌める勇気の出なかった千沙は、思い切って、明るく大きい洗面台の鏡の前で、初めて嵌めてみた。どうしたら糸の組み合わせでこんな色模様が描けるのだろう。朔のブレスレットは同じ模様で色違いだと言う。波間を越えてゆく千鳥が四色の糸で表現されている。朔と一緒に飛んで行けたら…いいな。
うっとりと鏡を眺め、そして自分の左手首を眺めた千沙の目に、洗面台の隅に置かれたケースが目に入った。
ん? これ、コンタクトのケース? 誰の…って、あたしじゃないから樹里さん? 樹里さん、コンタクトしてたんだ。目が悪かったっけ? そんな話は聞いた事ないけど。千沙はそっとケースを持ち上げてみた。あれ、中に入ってる。樹里さん、忘れちゃったのかな。それとも夜だから外してるのかな。お? これ、カラコンだ。クラスで見せてもらったことある。瞳を大きく見せる効果もあるって言ってた。あんまり場違いな色はみんな避けてるとも言ってた。このカラコンは、えっと、ブラウンかな。なんだ、普通じゃない。わざわざカラーにする必要があるのかな。
若干不思議に思った千沙だったが、ケースをそのまま元の場所に戻し、またブレスレットに眺め入った。
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翌日の夕食時、千沙は樹里の目を見てコンタクトの件を思い出した。
「あの、樹里さんって目が悪いんですか?」
「いいや。両方とも1.5だよ。そろそろ老眼への心構えをせにゃいかん頃なのよ」
「へぇ」
「なんで?」
「えっと、洗面台にカラコンが置いてあったので」
樹里は『しまった』と言う風に手で目を覆った。
「見ちゃったか。ま、いいんだけど、ちょっと目の色を変えてるのよ」
「へ?」
樹里は俯くと片方のコンタクトを外し、千沙の顔を見た。
え? 樹里の瞳の色はライトヘーゼル。コンタクトの有無でオッドアイほど色が違う。
「びっくりした? 目の色が元々薄いんだ。だから濃くしてるだけ」
そうなのか…。確かに、ライトヘーゼルの目とブロンズの髪だと外人さんと間違われちゃうかもね。樹里さん、色白だし。千沙は納得する。
「ま、千沙にバレちゃったから、これからは夜は外すことにしよう。『見たな~』とか化けないから大丈夫よ」
樹里は明るく笑った。




