第5話 護送受験
秋が過ぎ、冬が来て年が明ける。千沙の受験は大変だった。勉強は良いのだが、何しろ梅島中学から本気の受験生は只一人。気弱な千沙が試験を受ける前に卒倒しても困るので、受験当日は絹も付き添った。それも前日から海峡を渡って、学校の近くの旅館に宿泊と言う念の入れようだ。
そのための第一関門がフェリーである。フェリーと言っても自動車が10台程度しか載らない小型船。千沙は足元を見ないよう、真っすぐ前だけを見て歩く。船内でも船室の真ん中、窓から離れた席で荷物を抱え座り込む。その両脇を母の絹と小崎先生が固めた。まるでVIPか容疑者だ。
乗船時間は30分弱。対岸の桟橋の前にはお迎えの車が来ると母は言っていた。小崎先生はここまでの任務なので、千沙の肩を抱き、手を握ると折り返しのフェリーの乗船口へと去って行った。
「さてと」
キャリーケースを脇に置いて絹は周囲を見回した。千沙はその陰に隠れている。
「まだみたいね」
「ね、お母さん、車って誰が来るの? タクシーじゃないの?」
絹の背中に貼り付いた千沙が心細そうな声を出す。
「ううん、まあ、親戚って言うのか、あ、心配ないよ。オトコじゃないから。お姉さん…でもないか」
「誰?」
「ジュリ」
「ジェリー?」
「あ?」
「ね、ネコさんですか?」
絹は何も答えず千沙の頭をポコンと叩くと背伸びする。
「あ、来た来た、確かあれだ」
千沙がそちらを見ると、水色の丸っこい車が走って来る。車はハザードランプを点滅させ減速すると、二人の前にピタリと止まった。フォルクスワーゲン・ビートルだ。
「この車、乗りにくいんだよねえ」
絹がぶつくさ言いながら車内を覗き込むと、運転席のドアが開き、一人の女性、らしきが降りて来た。ゴールドに近いブロンズのショートヘア、冬なのに長袖カットソー姿だ。
「お待たせ」
「ありがと、これ、積めるかなあ」
絹が指さす荷物を見て、その女性はバックドアを開ける。
「載るんじゃない?」
ぶっきら棒な物言いだが、絹のキャリーケースを掴むと荷物室へと横たえる。そして徐に千沙の方を向いてニッと笑った。美人は美人だが、得体が知れない。
「キミが千沙か。美味しそうな娘だねえ」
千沙は思わず後ずさりする。な、なに…? もしや魔法使い? 服も黒っぽいし…。
「脅かすんじゃないわよ、繊細な娘なんだから」
絹が言いながら助手席のドアを開けシートを倒す。
「千沙は後に乗って。あ、この人、お母さんの妹だから」
「い、いもうと?!」
お母さんに妹がいるの? 聞いた事ない。えーっ?
黒服の美女は今度はふわっと笑った。
「初めまして。叔母の北風 樹里です」
そして苗字通り風を起こすと運転席に回って乗り込む。唖然としたまま千沙は後部席に潜り込んだ。