第50話 ちぢにものこそ
「それでさ、本にね…あ!」
瑠依が両手で口を塞ぎ、言葉を切った。
「忘れて来ちゃった!さっきの本。向こうの窓際で読んでたの、『恋は決断』って本。長沖君が通りがかったから慌てて追いかけて放りっぱなし。取って来る!」
瑠依は可愛さ全開、頬を赤らめて小声で朔に話し掛けている。
「あとでいいんじゃない。もう1時間以上も前でしょ。誰かが拾って図書委員に返してるよ」
「それもそうね。誰だぁこんなの読んでるの!とか思われちゃったかな」
「拾ったのが男なら、逆にときめいてるよ。一所懸命が可愛いなぁーって」
「そ? 長沖君もそう思ってくれるの? 嬉しい! そんな風に思ってくれるんだ」
千沙は両手で両耳を塞いだ。
ちょ、ちょっと…。あの本、瑠依だったの? この感じって、二人はどう言う関係? とても聞いていられない。瑠依って、さ、朔と…まさか、いや、やっぱり、そう言うことなの?
き、緊急事態だ。居たたまれなくなった千沙は、震えながらそっと足を踏み出し、図書室の出口に向かった。突然の光景に、様々な想像が頭を渦巻く。確かに瑠依に彼氏がいるって話はこれまで聞いた事がない。眩しすぎて誰も手を出せないって聞いた気もする。その彼女があの本を読んでいて、それで通りがかった朔を追いかけてって…。ラノベのようなストーリィが見え見えじゃないの?
でも、ちょっと待て千沙。朔はあたしの彼氏じゃない。そもそもあたしがどうこういう話じゃない。朔は女子に密かに人気って未来も言っていた。成績優秀、部活にこそ入っていないがスポーツも出来る。決して偉ぶらず聞き役に回ることが多いが、ここと言う場面での発言には誰もが一目を置く。男子にも頼られるナイスガイの朔。女王の瑠依とだって釣り合ってしまう。いや、寧ろ女王の目の高さを思い知らされる。
だから…、小巻さんの彼氏と会ったティールームで朔に掛けてもらった言葉は、あれはその、リップサービスって言うのか、話の流れって言うのか、朔の優しさっていうのか…そう言う事だ。千沙、己惚れるんじゃない。
校門を出て、葉っぱを落とした街路樹の下を歩く千沙の目に涙が溢れて来た。なんで涙が出るんだろう。瑠依には勝ち目がないから? 確かにあたしがモテる筈はない。あの本のフレーズが蘇る。
『彼ならきっと判ってくれる筈、なんて幻想です!』
あたしは朔に何も言ったことがない。朔の言葉は幻想よね。これってどういう気持ちなの、あたし。
もの悲しいのは周囲の風景だけじゃない。秋は、ちぢにものこそ悲しけれ。先程教科書で読んだ和歌の心情が千沙の全身を覆いつくし、心も身体も震わせながら千沙は歩いた。




