第49話 残された本
秋が平凡に過ぎてゆく。体育祭、中間テスト、文化祭と行事も順番にクリアした。学校行事が忙しかったこともあって、スタジオ・ジュリへの失せもの依頼も最近は樹里が自ら手掛けている。
千沙は顔を上げて図書室の窓から外を眺めた。植樹にぶら下がる枯葉が数枚、風にフラフラ揺れている。北蘭高校の図書室内には読書用の6人掛けテーブルが並んでいて、千沙は晩秋のその日、早めの試験勉強の為に放課後をその端っこの席で過ごしていた。図書室内にはこの他に窓際や書架の奥など、ちょっとしたデッドスペースに、一人用に区切られた勉強用ブースが配置されている。期末テストが終わるとクリスマス、そして冬休み。お正月には梅島に帰省しないとお母さん機嫌悪くなっちゃうかな。でもスタジオ・ジュリはお正月に向けて忙しくなるんじゃ…。どっちを立てればいいのかな。
千沙の頭に、千沙が帰省した後、樹里が一人で切り盛りするスタジオ・ジュリが浮かぶ。時々ハサミを持つ手が止まり、小さなため息をつく樹里さん。千沙は頭を振って淋し気な樹里さんの横顔を追い払う。やっぱり樹里さんを一人に出来ないよ…。
すると今度は梅島のフェリー乗り場で一人佇む母の姿が浮かんでくる。フェリーの乗客は次々に母の前を横切って、そして誰もいなくなる。空っぽのフェリーと空を舞うウミネコとお母さんの後姿。ああ、お母さんも放っておけない…。どっちを考えても泣きそうになっちゃう。
窓の外でフラフラ揺れていた葉っぱが不意に落ちた。う…。哀しい景色が重なって来る。
机上に目を戻した千沙の目に古典の教科書の和歌が留まった。古今集の一首。
『月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど』
月は見えないけど、今の心情と似ている。こんなどうと言うこともない話まで哀しくなって来る。千沙は教科書を閉じ、ノートやペンケースと一緒にリュックに入れて席を立った。窓の外はもう薄暗い。出口に向かって歩き始めた千沙は、窓際の個人ブースに1冊の本が頁を開いたまま置きっ放しになっているのが目に入った。忘れ物? 千沙は本を手に取る。見開いた頁には太い字で、
『お姫様思考はやめましょう。彼ならきっと判ってくれる筈、なんて幻想です!』
え? 何の本? 千沙は本をひっくり返して表紙を見る。
『恋は決断』
は? サブタイトルには『ティーンに贈る彼氏ゲットノウハウ集』とある。こ、こんな本が高校の図書室に? 確かにティーン対象なんだろうけど…。裏表紙を確認すると、ちゃんと北蘭高校の蔵書ステッカーが貼ってある。
これ、学校の本なの? 誰がリクエストしたの? ってか、学校もよく買ったよね。どんな決断だ? 恋に迷う図書委員が読みたかったのか?
千沙は本を持ったまま思案する。図書委員に渡すのが手順だが、変に勘繰られたりしないかな。この子、忘れものとか言って自分で読んで戻す場所を忘れちゃったんじゃないか…とか、ぼっちクリスマスが嫌で焦ってんの? とか。
よし、あたしが戻しておこう。蔵書ステッカーの分類を見れば置いてある書架は判る。千沙は回れ右をして奥の書架の方へと歩き出した。
書架の森の中へと踏み込んだ千沙は、ステッカーを見ながら、『哲学-心理学-心理分析』の書架を探す。これって哲学なんだ。まあ心理学と言えばそうかも知れないけど。ウロウロ探し、ようやく一番奥まった書架を見つけ、そっと本を押し込んだ。
これでよし。
どのクラスの誰か知らないけど、あたしが片付けておいてあげたよ。上手くいくといいね、彼氏ゲット。千沙は微笑みながら踵を返す。すると、書架の向こう、壁際の個人ブースから女子のひそひそ声が聞こえて来た。ん? 独り言? すると少しおいて男子の低い声が聞こえる。え?
こ、これ、朔の声?
千沙はそっと書架の隙間から盗み見る。個人ブースで二人顔を寄せ合って小さく微笑みながら朔と会話しているのは、同じクラスの竹澤 瑠依だ。瑠依はクラスカーストの最上位、実質的に女子を仕切っているボスと言ってもよい。容姿端麗・頭脳明晰・運動万能・明朗快活・女子力満載と非の打ち所がない、千沙など足元にも及ばない女王だった。その瑠依が朔と…。 え?
千沙はその場に立ち竦んだ。




