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怖がり屋さんは失せもの探偵  作者: Suzugranpa
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第47話 パリ市15区

 パリ市の15区は人気の地区だという。セーヌ川に面し、エッフェル塔に隣している。高層ビル、文化施設、公園、住宅などがバランスよく存在し、治安も良く、住みやすいとされる。


梢はメトロの駅を出て、周囲を見回した。道路はそれほど広いわけでない。その両側に縦列駐車の車が並ぶのだから一層狭く感じる。


 えっと、こっちの通りを…


 梢は地図と道路標識を見較べて歩き出した。途中で世界チェーンのカフェを見つけ、少しほっとしたりする。ここならオーダーも間違えなさそうだ。えーと、それで二つ目の通りを左折、と。両側に並ぶ古い石造りの建物はみんなアパルトマンなんだろうか。ガイドブックは観光情報には詳しいが、生活の場としての情報には乏しい。梢は怪しまれないようにそっと周囲を伺いながら歩いた。交差点を幾つかスルーし、1階に店舗が並ぶ建物に、“Le Mistral”、つまり目的の店舗があった。


 入口は重厚な木の扉。周囲の装飾が美しい。窓から覗くと洗面台らしきものが見えるので、美容室に間違いないようだ。ドキドキしながら入口の前に立つ。梢は千沙のことを思い出した。梅島と言う、梢も良く知らなかった小さな島からやって来た千沙も、最初はきっとこんな風にドキドキしたに違いない。


 梢は思い切って扉を開けた。“Bonjour!”


 店内は奥行きがあり、開口部の印象よりずっと広い。数名のスタイリストが立ったり座ったりしながら、各々のゲストのカットをしている。うち一人がチラっと梢を見て、店舗の奥に声を掛けた。梢にも「ミクー!」の声が聞こえた。どうやら梢の来訪と判っているようだ。すぐに店舗の奥から一人の少女が出て来た。カットソーにジーンズ、あの時、スタジオ・ジュリにやって来た彼女だ。


「Bienvenue! いらっしゃいませ。桐原さんですか?」


 わ、日本語だ。梢は心底ほっとして微笑んだ。


「はい。桐原梢です。泉水女子大の3年です。左草未来さんですね?」

「そうです。千沙から聞いてます。取り敢えず奥へどうぞ」


 梢はチラ見するスタイリストたちに“Bonjour”と挨拶しながら未来について行く。店内からは見えにくい場所に、如何にも機能的なテーブルとソファセットがあった。未来はいそいそとマグカップを二つ用意するとテーブルに置く。中はブラックコーヒーだった。


「このお店では皆さん、コーヒーはブラックなんです。あと、緑茶も好きなんですけど、カフェオレは飲まないって、私、びっくりしました。日本のCMとイメージ違いますよね」


 未来はいきなり良く喋る。


「あの、千沙から北蘭高校の先輩って聞きました。だから時間がある限り、そう、私で判る範囲でご案内します。でも私もまだまだ良く判んなくて」


 利発な子だな。梢は思った。未来は一頻ひとしきり、観光名所や買い物スポットを紹介し、早速数日間のスケジュールを決めた。観光ネタトークが尽きかけた頃、梢は環境について聞いてみた。


「未来ちゃんはこのお店に下宿してるの?」

「はい。2階に店長のおうちがあって、そこの一部屋を借りてます。あ、店長はなんと日本人なんですよ。だから家では私の練習用のフランス語と、面倒な時は日本語です」


 未来は笑った。


「でもお店は全然和風じゃなくて、お店自身はフランス人の社長さんがいらっしゃるようなんですけど、もうお爺ちゃんらしくて殆ど来られません。でも他のスタイリストさんが和風の物もインテリアに取り入れたいって言ってるそうなんです。店長は中途半端は嫌だって拒否ってるみたいですけど」

「へーぇ」

「別に障子張ったり、提灯付けたりしなくても、小さなお雛様とか小物くらい置けばいいのにって私は思いますけど、それをフランス語で喋れないのでまだ黙ってます」


 未来はまた笑った。


「そうなんだ。あ、こう言うのなら持ってるよ。確か、未来ちゃんも同じようなものを作ってたって千沙ちゃんから聞いたんだけど」


 梢は財布から『1さち』コインを取り出した。


「えー? 1さち?」

「そう。千沙ちゃんの作品らしいの。確か、未来ちゃんの話を聞いて、千沙ちゃんのお母さんが持って来たとか言ってたような。本当は『1ちさ』なんだけど幼稚園の頃だから、鏡文字みたいな感じで反対にしちゃったみたい。でも却ってそれが魅力よね、小さな一つの幸せって感じで」

「ですよねえ、やるなあ千沙。絵も可愛いし。私の1ミクとは大違いだ」

「絵はお母さんのデザインみたいよ」

「さすがアーティスト母娘! これを折り紙と一緒に置いておくとお洒落ですねえ」


 梢は、1枚を未来の方に押し出した。


「『1さち』差し上げます。未来ちゃんになら千沙ちゃんも絶対文句言わない」

「うわー、有難うございまーす。ガイド料金はこれでOKです」

「へぇ、『1さち』って価値あるのねー」


 先輩後輩は顔を見合わせて笑った。



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