第45話 甘みと苦み
朔は続ける。
「だって、先程からのお話に小巻さんの気持ちは1ミリも入っていない。もし貴方が亡くなってその最期や原因が判らなくても、そのまま受け止めますって小巻さんが言ったら、さっきのお話の半分はジ・エンドです。貴方の負けになりますよ」
「え?」
千沙は朔の論理的な話に驚いた。そう言えば、その通りだ。
「貴方が自分の最期を小巻さんに解って欲しいって思っているんじゃないですか? だからそれが果たされないのは自分的に嫌だと」
「う」
青年の顔色が若干翳った。
「そ、そう言われると、そうかも知れん。凄いな、キミ」
「失礼なのはすみません。俺には同じこと出来やしないのに偉そうに言って申し訳ないです」
「いや、そう言う問題じゃない。でも話の半分と言うのは?」
朔は千沙をちらっと見て続けた。
「俺、ボクシング好きなんですよね。でも世界チャンプだって結婚しています。命までは失わないかもですが、ボクサーも闘いの世界です。タイトルを守るプレッシャーは相当なものだと思います。挑戦者は皆、自分を倒すために牙を剝いて来るんですから」
青年も頷く。
「彼らも守るものは二つですよ。優劣を付けなきゃいけない場面もあると思います。で、多分ですけど、躊躇いもなく優劣を付けて闘っている。それが隙になって負けるなんて甘いこと言いません。負けた時は自分の力が足りなかったってはっきり言います。それに、俺の想像ですけど、家庭があると二つの味の相乗効果で、実力はアップすると思います」
「二つの味?」
「はい。先程仰ったアップルパイとダージリンです。甘みと苦み、丁度合うと貴方が仰いました」
青年は大きく息を吐いた。そして腕を組み、目を瞑り動かない。そんな時間が何分続いたのだろうか。突然、青年は頭を下げた。
「参りました。僕の負けです」
そして千沙の方を向いて微笑んだ。
「立派なカレシですね。男女区別しちゃいけないけど、男らしい」
青年は頭を掻いて、二人を交互に見る。
「高校生にノックアウトされるとは思いもしなかった。小巻には僕から言います、一緒になろうって。今日は本当に有難う。ご面倒おかけしました。それから長沖君…だっけ、将来、是非僕の仕事仲間になって欲しいな。キミならいいファイターになるよ」
朔の目が丸くなり、千沙は思わず朔の袖を引っ張った。
「あはは。水取さんは心配ですよね、あんな話、しちゃったし。本心ですけど冗談ですよ。完璧にやられちゃったからセコい仕返し」
青年は笑うと、伝票を持って立ち上がり、レジへと向かった。
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「ふーっ」
青年が店を出るのを見送って、朔が背もたれに思いっきり凭れ掛かる。
「あ、有難う、朔」
「いんや。あーでも切実な話だ。他人事だから軽く言っちゃったけど、自分があの立場だったら同じように悩むわ」
そうだ、さっきも朔はそんなこと言ってた。あれ、どういう意味?
「失礼しまーす。こちら、先程のお客さまからです」
突然ホールスタッフがやって来て、テーブルにスイーツとアイスティーを並べる。
「こちらは夏限定のフルーツクレープです。いろんなフルーツのお味のミックスをお楽しみください。それから
『本当に有難う。目が覚めました』とのご伝言でした」
えー? いいのかな。でも美味しそう。
「はは、千沙ちゃん、気持ちがそのまま顔に出てるよ。遠慮なく頂こう」
「う、うん。今度は甘みがたくさんね。嬉しい。朔のお陰よ」
クレープを頬張りながら、その朔が洩らした。
「千沙ちゃん、前言撤回。俺はさっきの人と同じ立場でも、千沙ちゃんにあんなこと言わない。普通に一緒になりたいって素直に言うよ」
「え? え? なに? どーいう事?」
「だって、美味しそうに食べる千沙ちゃんの顔、一生ずっと見てたいもん」
千沙の感じる甘みは、突然百倍になった。




