第39話 1さち
「あら、そう言うの、千沙も作ってたわよ。どこの幼稚園でもやってたんじゃない?」
スマホ回線の向こうで絹が言った。樹里が『今週の千沙』の様子を話していた時のことだ。仮保護者となっている樹里は本来の保護者である異母姉に、マメに報告をしている。
「ふうん、千沙は何も言ってなかったな。忘れてるのかな」
「幼稚園の時のことだからね。手元にないと忘れるかもね。私が大事にまだ持ってるのよ。まあ半分は親が考えたってのもあるからね」
「ほう」
「今度、迎えに行く時に持って行くよ」
「うん。千沙はもう一人で帰れると思うけどな」
「私が行きたいのよ」
「はいはい」
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初めてだらけの1学期が終わり、千沙にも夏休みがやって来た。最初は『夏休みの間もスタジオ・ジュリに残ってお手伝いします』と千沙は言っていたのだが、『初めての凱旋なんだから絹姉と一緒に故郷に帰れ』と樹里に説得されていた。そして夏休みの始まりの日、絹が美容室を臨時休業にして1泊で迎えに来たのだ。
「突然休みにしちゃっていいの? 島のお客さん」
樹里は夕食後にリビングで絹に聞いた。
「別に。婆さんたちは特に晴れやかな予定もないし、何とでもなるのよ。段々と島の人口も減って来たし、これからのことも考え時なんだけどね」
「ほう。経営危機か」
「美容室シルクが廃業したら、島の美容室は無くなっちゃうんだよね。無けりゃ無いで何とかなるとは思うんだけど。ま、海峡を越えて店を引っ越すってのもありなんだけど」
聞いていた千沙の眉がぴくっと動いた。お母さんも海峡を越えようとしているのか…。
「それでさ、これ持って来たわよ」
絹はバックから小さな袋を出し、中身をテーブルにじゃらじゃらぶちまけた。
「あ、かわいい」
千沙が手に取った銀色の丸いものには伝統の和風波紋様に、これまた和柄の千鳥模様が描かれていて、その上に『1さち』と書かれていた。
「何言ってんの。これ、千沙が作ったのよ、幼稚園で」
「え? 本当? 覚えてない…。でも、1さち?」
「そう。本当は『1ちさ』って書かなきゃなんだけど、幼稚園の頃って文字を逆さまに書いたりするでしょ。千沙も『ちさ』を『さち』って書いてたのよ。でも何だか縁起良さげだから先生もそのままでいいですよってなったの」
「へぇ、本当に1つの幸せなんだ。なんであたしが持ってないんだろう」
「千沙は出来上がったら興味失くしてたし、そもそもデザインは千沙が考えた訳じゃないし、可愛い出来栄えだからお母さんが大切に保管してたのよ。失くされると勿体ないでしょ」
「確かに」
千沙はコインをまじまじと見た。1ミクに較べると完成度は高い。親が手伝ったのがまる判りだ。お母さんってこんな可愛いデザインが出来るんだ。絵のセンスは全然ないのにな。
「ま、この機会に千沙に渡しておくわ。お母さんは1枚だけ記念に貰っとくから」
「うん。有難う」
残りのコインを千沙は受け取る。あたしが作った幸せコイン。大切にしよう、未来みたいに。
そして千沙は4か月ぶりに梅島に帰った。帰りのフェリーはやっぱり怖かったけど、島のフェリー桟橋から対岸と海峡を眺めても、中学生の頃に感じていた怖れは薄らいでいた。あたし、逞しくなった?
千沙はウェーブした自分の髪にそっと触れた。




