第36話 1ミク
千沙はしゃがみこんでそれを手に取る。これって何だろ。横から覗き込んだ未来が叫んだ。
「あ! それ…」
「知ってるの?」
「良く見せて」
千沙はその丸い金色のものを未来に手渡す。
「やっぱり。これ1ミクだ!」
「1ミク?」
「そ。幼稚園で作ってお父さんにあげたの、父の日に。今、思い出した。なんでここに落ちてるんだろ?」
表面に『1みく』の文字とチューリップの可愛い絵が描かれたメダルのようなものを、未来は愛しそうに掌で包み込んだ。
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翌朝一番の教室で、未来は登校したばかりの千沙の元に駈け寄って来た。
「おはよう千沙! 昨日は有難う。あれからお母さんと一緒に発見したの」
千沙はリュックを机の横に掛けながら未来を見上げる。
「え? 発見?」
「そう。1ミクコインよ。あの後さ、夜だけどお母さんと一緒に粗大ごみ置き場へ行ってね、出したゴルフバックを確認したの。そしたらよく使ってたゴルフバックのてっぺんのポケットの中にね、1ミクが入ってたの。そんなところにポケットがあるなんて思いもしなかったんだけどさ」
「へぇ」
千沙にはイメージが湧かなかったのだが、バックのポケットに入っていたという事なのだろう。
「じゃあ拾ったコインは、ゴルフバックを運ぶ途中で落としたってこと?」
「それが不思議なんだけど、落ちるような構造じゃないのよね、ファスナーは閉まってたし。でもバックの生地が破れててね、そこから覗き込んだら、中の1ミクが見えたのよ。元々は破れてなかったからさ、誰かがゴミだと思っていたずらで破ったのかもって言ってるんだけど」
「ふうん、ファスナー開ければいいのにね」
「そこも不思議なんだけどね、それでコインはあと4枚あって全部で5枚なんだけど、千沙が拾ってくれた一枚は、よく見たら傷だらけでね、元々がプラスティックだから仕方ないんだけど、落ちた後に誰かが踏んづけたのかな。ほら」
未来は昨日千沙が拾った1ミクを差し出した。表面に傷がつき、縁が何かで挟まれたように凹んで、金色の塗装が剥げている。
「昨日はよく見えなかったけど、酷い状態ね」
「そうなの。お母さんが10枚位作ってもらったって言うから残りは行方不明でさ、貴重な1枚だからちょっと悔しい」
その時予鈴が鳴った。
「未来、これちょっと預かってていい?」
「うん、いいよ。綺麗に修復してくれるならもっと嬉しいけど」
「消しゴム掛けるくらいなら…」
千沙は授業中、こっそりと1ミクを眺め回した。酷い状態だけど、あそこにずっと落ちていた感じじゃない。やはりゴルフバックから零れたと考えるのが自然だけどな。この金色、きれいに光るのに剥げてるのが勿体ないや。不意に千沙は昨日のカラスを思い出した。もしや…あいつ?
カラスって光るものが好きって聞いた事がある。もしかして、粗大ごみ置き場のゴルフバックをつついているうちに、生地が破け、中の1ミクが光っているのを見つけて巣に持って帰ろうとしたのかも。ところが巣が無くなっていて、未来が言ったように、腹いせにあたしたちの上を飛んで威嚇した。あの時、カラスは一声鳴いたよね。それで咥えていたこのコインを落っことしたのかも…。ふむふむ。
それはそれで説明が付く。でも、なんでゴルフバックに未来のコインを忍ばせる必要があるのか。ゴルフってボールを打つものだよね。あ、引き分けのコイントス? 千沙は授業の合間の短い休み時間にこっそり朔に聞いてみた。
「あのね、朔のお父さん、ゴルフとかする?」
「ああ、医者の付き合いでやることあるよ。下手みたいだけど」
「ゴルフでコイントスやることあるか、聞いてもらってもいい?」
「はい? なにそれ」
「詳しい話は出来ないけど、ゴルフバックからお手製のコインが出て来たの。なんでそんなの持ってたのかなって」
「ほう。ちょっと待ってて」
朔は教室を抜け出し、2時間目開始ギリギリに戻って来た。そして3時間目との間の休憩時間に千沙の元にやって来た。
「ルールとしては、打つ順番を決める時にやることあるみたい。でもお手製のコインっていいのかな。インチキ出来そうだよな」
「確かに…」
「それ以外にさ、自分のボールが落ちた場所に置いておくコインみたいなのもあるって。マーカーって言うんだって」
「マーカー? マーキングするものってことかな。自分のための目印…か。そっちかも知れない」
千沙は1ミクのマーカーには、ゴルフのルール以上の意味があるように感じた。




