第32話 同級生来店
その日のスタジオ・ジュリは混雑していた。樹里はカットとパーマを同時に進行している。パーマをかけているのは梢。以前に巻いてもらった髪が緩々《ゆるゆる》になって来たので、しっかりと巻いてもらうために来店していた。セット席で雑誌に目を通しながら、時々樹里の様子を伺う。カット中は待っているお客が気になって、樹里に話し掛けるのを最低限にしていたのだ。
キィ。
「ただいま…、あ、いらしゃいませ」
そこへ千沙が帰って来た。賑わう店内を見て目を丸くしている。
「おう、千沙。悪い、カット席の掃除頼む」
早速、樹里の指示が飛ぶ。
「は、はいっ」
通学リュックを放り出すと、箒と塵取りを手にして、制服のまま千沙は掃除を始める。座席やドレッサー卓のアルコール消毒もあるのだ。せっせと掃いて拭いて、そしてセット席を見た千沙は、あっと声を上げた。
「梢さん!」
「はい。お邪魔しています」
「い、いらっしゃいませ」
「千沙ちゃん、有難うね。聞いたのよ、兄と父からテーマパークでの話」
「え?」
樹里もちらっと振り向く。梢は二人に向けて話し出した。
「千沙ちゃんに会った後さ、父と母は兄たちに会ったらしいの。で、明佳ちゃんに可愛いお花をあげたって。千沙ちゃんがたまたま手にしたブーケのお花って言ってた。千沙ちゃんデート中だったってね。なんだかブーケトスみたいで、兄たちはきっと幸せになれるわ。重ね重ねありがとう」
「い、いえ…」
良かった…。千沙の心に温かいものが入って来る。あの後で、詳しく事情を聞いた朔は『きっと上手くいくよ』と言ってくれたのだが、まだ不安だったのだ。本当に良かった。これで梢さんの家族も、明佳ちゃんも若葉さんも、それから高岸さんだって幸せになれる。千沙は満足して樹里の方を見る。しかし、樹里はギロリと千沙を睨んだ。
「千沙、聞いてねえぞ、デート中だったって話。友だちと行ったんじゃなかったのか?」
「あ、あの、と、友だち…です。朔、いや、長沖君」
「なに? 朔? もう名前呼びしてんのか」
「え、だって、そう呼んで欲しいって、本人が」
樹里はシザーを剣のように上に突き出し、そしてニヤッと笑った。
「ほう、アイツ、ようやく言ったか。まだ絹姉には報告は早いかな。じゃあ朔とキスしたら教えてくれ」
「嫌ですよ。いや、ってか、しません! 長沖君は友だちなだけですから」
「みんな最初はそう言うんだよ」
傍らで梢もにやけている。
キィ。
千沙が真っ赤になったところで、またスタジオ・ジュリの扉が開いた。樹里がすかさず叫ぶ。
「いらっしゃいませ!」
千沙も入口を振り向く。え? ウチの制服? あ?
『さ、左草さん…』
入って来た女子高生も千沙を見つけて唖然とした。千沙と同じ、北蘭高校の制服である。
「千沙じゃん! カット? って、あれ、箒持ってどうしたの?」
「え、あ、ウチのお店だから。ここに下宿してるの」
「えー? それは知らなかった。ここって失くしたものを見つけてくれる探偵事務所だって話、ホント?」
見知った顔を見て安心したのか、左草 未来はずんずんと店内に入って来る。
「う、うんまあ。そんな大変な感じじゃないんだけど…」
「そうなんだ。助かった! お金を探して欲しいのよ」
カット席から振り返った樹里の瞳がキラリと光った。




