第31話 初デートはバラの香り(信じる心編)
パチパチパチ…
すると、突然パートスタッフの女性が拍手を始めた。
「いやぁ、お嬢さん凄いね。何だかキレッキレの啖呵みたいだ。男前だねぇ女の子だけど。全然事情は判らないけど、きっとこの話は本当だよ。そちらの奥様も、お嬢さんの話と、何よりご自身の息子さんを信じて差し上げたら? だってさ、こちらのお嬢さん、この千本のバラの束に紛れてたブルースターを握ってるんだもん。生意気言って申し訳ないけどさ」
千沙は自分の手元を見た。バラに混じって1本の水色の花がある。これ…ブルースターって言うの? 千沙はその1本を目の前に掲げた。パートスタッフは続ける。
「そのお花さ、私も混じってるって気がつかなかったんだけど、結婚式のブーケとかで使うお花だよ。花言葉が『信じあう心』なのよ。お嬢さんが拾ったのもきっと神さまの引き合わせね」
梢の母である夫人が口を開こうとしたが、父親の方がそれを制して話し出した。
「いや、有難うございます。お話には驚きましたが、皆さんの仰る通り、一旦は息子を信じてみたいと思います。こちらの、えっと水取さんでしたっけ、のお話では、事実は我々の勝手な妄想とは随分違うみたいなので、梢にも聞いてみます。なぁおまえ」
梢の父親は妻の肩に手を回した。どうやら父親は最初から気乗りしていなかったのか、渡りに舟だったようだ。
「それで、折角来たんだから、もう息子のストーカーは止めて私たち夫婦も久し振りにデートを楽しみますよ。水取さんたちと同じようにね」
再びパートスタッフの女性が拍手をした。
「夫婦って時間が経つと馴れ合いになっちゃって、なんでこの人と結婚したのかって忘れちゃうんですよね。だから失くしたその気持ちを、ここで取り戻して下さいな。本日はご来園、誠に有難うございます」
お道化てお辞儀をしたパートスタッフは、そのまま手押し車を押して去って行った。千沙は再び手元を見る。
「あの、このブルースターのお花、持って行って下さい。それで、もしデート中に明佳ちゃんに会ったら差し上げて下さい」
千沙は水色の清楚な花を梢の母に差し出した。
「あ、ありがとう。うん、私、ちょっと頭がヒートアップしてたかも。ごめんね、お騒がせして」
老夫婦は、軽く頭を下げると、恥ずかし気に腕を組みながら石畳に出て行った。朔が千沙の肩に手を掛ける。
「千沙ちゃん、お見事! あの人たち、きっと失くした気持ちを取り戻すよ。だって腕利きの失せもの探偵がいるんだもの」
「え? うん、 え? ち、千沙ちゃん?」
「あれ。ずっとそう呼んでるのに気づかなかった?」
「あ、はい…」
「俺のこともサクって呼んでくれていいから。長沖さんじゃオヤジと区別付かないだろ?」
朔の目が千沙に優しい。
「う、うん」
「じゃ、俺たちも回ろうか」
千沙は肩に回された朔の手の温かさを感じる。何だか疲れちゃったし、ちょっとだけ、甘えても…、いいかな…。
「さ、サク…」
「ん?」
「お腹、すいた…」
朔は笑顔で千沙の肩をぐっと抱き寄せた。
「よし! 千沙探偵、腹ごしらえに参りますぞ」
「ら、らじゃ…ぁ」
バラの香りに包まれて、今日も千沙は海峡を一つ越えた。




