第30話 初デートはバラの香り(啖呵編)
この人たち、誰? 千沙の心を一抹の不安がかすめる。なんで明佳ちゃんの写真を?
怪訝な表情を浮かべる千沙を見て、夫人の方が話し掛けて来た。
「ウチの息子を女が狙ってるの。子どもを使って誘惑してるのよ。バツイチ女はやることが抜け目ないわ。子どもの後ろにいるのがその女なのよ」
へ? ウチの息子って…、この人たち、梢さんのご両親? もしかして、明佳ちゃんたちを見張ってる? 想像以上の展開だけど、とんでもない勘違いをしているように見える。梢さんが言ってたのは、こんな話だったのか…。千沙は明佳ちゃんたちに行きあって、一層強く感じ始めた『責任』の二文字が一気に頭上に落ちて来たように感じた。しかし千沙には反論する言葉が出てこない。そもそもこの人たちにとって見知らぬあたしが何か言っても聞いてもらえるのだろうか。千沙は心が縮こまった。
「あなた、もうちょっと尾行してみましょう」
「う、うん。いや、もういいんじゃないのか。俺にはとても自然に見えるけどな」
「いいえ、あれは作戦よ。籍を入れたらコロッと変わるのよ」
「そうかなぁ」
「見失ったら大変よ!」
夫人が急ぎ足で一歩を踏み出す。
「うわっ!」
「あー、ごめんなさいねえ」
今度は夫人が広い石畳の通路に出ようとして、角を曲がって来たパークのスタッフと衝突しそうになった。パートスタッフらしい女性が小さな手押し車に目一杯のバラの花を載せて押していたのだ。彼女は咄嗟に手押し車の向きを変え、夫人との衝突は回避できたが、その拍子に花が石畳に散らばった。
「お客様、失礼しました」
パートスタッフはそのまま手押し車を押し始める。千沙は石畳に散らばった花を数本拾い上げ、慌ててスタッフに声を掛けた。
「あの! お花、落ちました」
パートスタッフは振り返り笑顔になった。後ろで夫人もバラの花を拾い上げている。
「ああ、宜しかったら差し上げますよ。何本か無くたって一緒ですからね」
「どこかに飾るんですか?」
パートスタッフは手押し車を片腕で支えながら千沙に向かい合った。
「そうじゃないんですよ。これ、いらした事もない個人からのご注文なんですよね。プロポーズに使うからバラが千本欲しいって。ちゃんと数えやしないくせに、花屋さんにはそんなにないけどここならあるだろって言ってきてね。ここのバラは来て下さるお客様に楽しんで頂くために育ててるんでね、そんな風に使って欲しくないんだけど、大人の事情で断れないんだってさ。ったく、プロポーズの花なら自分で咲かせろって話よね。あげる方もあげる方だけど、そんなの喜ぶ女もどうかと思うよ。続きゃしないよ、そう言うカップルは。やっぱ、長く続く夫婦って自然体だもんね。自然が一番よ。お嬢さんとそこのカレシはどうなのかな」
本音を言いまくったパートスタッフはニヤッと笑った。千沙は大きく肯いた。先程の初老の夫婦は目をパチパチさせて聞いている。千沙は思い切って梢の両親らしい、その夫婦に向かい合った。
「あの、突然で失礼します。さっきのスマホの写真って明佳ちゃんですよね」
「え? お知り合い?」
夫人が驚く。
「はい。梢さんや梢さんのお兄さんも知っています。あたし、スタジオ・ジュリって美容室の水取千沙と言います」
「スタジオ・ジュリって、梢が行ってる美容室ね。息子のことも知ってるの?」
「はい。それで、若葉さんと息子さんのことも初めから見ていました」
「えー?」
パートスタッフも手押し車のバーを掴んだまま、興味津々の目で聞き入っている。元々急ぐ気もないのだろう。
「あたしには見えました。息子さんと若葉さんの間に糸が結ばれたのを」
「ええーっ?」
「聞いていらっしゃらないかも知れませんけど、明佳ちゃんは息子さんのこと、本物のパパだって思っているんです。本物のパパは、明佳ちゃんがもっと小さい頃に亡くなったそうですけど、雰囲気がそっくりで、多分、性格もそっくりで明佳ちゃんは何も疑っていません。明佳ちゃん、亡くなったパパをずっと待ち続けて、それで本当に偶然、息子さんと出会って、その時、『めいか、ずっとまってたのよ』って自然にすーっと言葉が出て、そのあと顔を出された若葉さんと息子さんが、しばらく見つめ合って、そしたら糸がさぁーっと二人の間に渡ったんです」
千沙は言葉を切った。老夫婦は身じろぎもせず聞いている。
「息子さんが明佳ちゃんと出会ったのも本当に偶然が幾つも重なって、でも、それってきっと偶然じゃないんだって、あたし思いました。神さまが引き合わせて下さるってこう言う事なのかって思いました。信じて頂けないかも知れませんけど、きっとお二人と明佳ちゃんは大丈夫です。幸せになります」
ふぅ。千沙は言い切って数本の花を握ったままの手を膝についた。少し息が荒い。老夫婦は互いを見つめたままだ。千沙の心に灰色の雲が湧き出した。
ああ、またやっちゃった。普段は怖いのに、なんでこういう重大なことをあたしは簡単に言い退けてしまうのだろう。それも初対面の相手に。梢さんのお父さんとお母さん、怒っちゃったかな…。千沙はそっと上目遣いに二人を見上げた。




