第29話 初デートはバラの香り(出会い編)
翌日、千沙は無事にテーマパークの石畳を歩いていた。ひたすら朔の後を追い、朔の真似をして辿り着いたのだ。
「ひ、広過ぎるんだけど」
「まあね。街だからね」
「梅島より広くて立派で都会で、迷子になるよね、フツー」
「あはは、まあそうかも知れん。じゃあ、まずは全体見るために観覧車乗る?高いけど観覧車なら大丈夫でしょ?」
「えっと、床は透明じゃないよね」
「さぁねぇ」
「ええー?」
漫画のようなやりとりを繰り返しウロウロするうちに、千沙は朔にもテーマパークにも次第に馴染んで来た。アトラクションや乗り物も少々こなし、お腹が空いたと感じる余裕も出て来た。パーク内には季節柄、バラが咲き誇り、まるでローズガーデンのようだ。千沙は時々花に顔を近づけ、その香りを楽しみ、そんな様子を朔もまた新鮮な思いで見守っている。
+++
「パパぁー、こっちのおはなのほうがおっきい!」
突然石畳に可愛い声が響き、カーブの向こうから小さな女の子が走って来た。女の子は前を見て急ブレーキを掛ける。
「ちさちゃん!」
え?
「め、明佳ちゃん? え?」
「めいか、パパとママときたの」
「パパ?」
一瞬、狼狽えた千沙の前に、桐原幹太が、明佳ちゃんのママ、若葉と腕を組んで姿を現す。明佳が振り返って叫んだ。
「ちさちゃんと、しらないひとー!」
幹太と若葉は慌てて腕を離し、目を丸くする。幹太が辛うじて声を上げた。
「ち、千沙ちゃん?! で、デート?」
「え、いえ、いやあの、えっと…」
朔が爽やかな笑みを浮かべ、堂々と会釈する。
「初めまして。水取さんと同じクラスの長沖と言います。今日は水取さんのガイドです」
「そっ、そうです…。ガ、ガイドさん…です!」
若葉も気を取り直して微笑んだ。
「ってことはデートね。明佳、お邪魔しちゃ駄目よ」
「えーー」
幹太がすかさず明佳を抱き上げた。
「かたぐるまがいいー」
明佳が騒ぐ。二人は千沙と朔に向かって軽く頭を下げると
「じゃ、仲良くね」
と言って去って行った。千沙は気が抜ける。
「あー、びっくりしたぁ」
「千沙ちゃんの知り合い?」
「う、うん。長沖君と一緒で『失せもの』の依頼主さん。結構仲良くなっちゃって」
言いながら千沙は梢の話を思い出していた。そうか、正式に付き合い始めたって言ってたもんな。ってか、もう立派な家族じゃない。明佳ちゃんもすっかりお兄さんに馴染んでいるし、例え親が反対してもロミジュリみたいになっちゃうよ。梢さんの両親が反対したら、あたし、何とか説得しないと…。千沙は梢から転がって来た『責任』というものを改めて実感した。
+++
ローズガーデンは背の高さほどある木々やアーチで所々見通しが悪い。朔と千沙が路地のような通路へ曲がったところで、初老の夫婦と鉢合わせした。
カチャン。
突き出されていた夫の手からスマホが滑り落ちる。
「おっと、失礼」
上品そうな夫が身を躱して謝り、バラの根元に落としたスマホを取ろうと屈み込む。
「い、いえ、こちらこそすみません、大丈夫ですか、スマホ」
千沙も慌てて謝った。夫人がそわそわと夫の隣に屈みこむ。
「写真、大丈夫? ショックで消えたりしてない?」
「ショックでは消えんだろう。スマホそのものが故障することはあるだろうけどな」
その会話に千沙も焦る。夫婦がスマホを持って覗き込むのを千沙と朔も心配げに見守った。
「あ、残ってた。良かった。証拠だから消えると困るのよね」
夫がスマホを傾け、千沙にちらっと写真を示した。
え?
そこに写っていたのは、先程出会った明佳が、梢の兄、幹太のほっぺにチュッとキスをしている写真だった。




