第27話 報告
へっ、へっくちゅ。
うう、風邪? な訳ないよね、別段しんどくもないし。
大騒ぎした絹が島へ帰って行った翌日、学校からの帰り道、千沙は小さく首を振る。あー、誰かあたしの良からぬ噂をしてるのかな、怖いな。何の根拠もない小さな不安を抱きながら、千沙はスタジオ・ジュリの扉を開けた。
「た、ただいま」
カット席で二人が同時に振り替える。あ、梢さん…。
「お帰りなさい。今、ちょうど噂してたところなのよ」
「うわ」
まさか本当に噂でくしゃみが出るとは…。千沙は心持ち緊張する。樹里が笑って櫛を振りかざした。
「ほら、この前の件のお支払いに見えて、ついでに髪の端っこを切り揃えてるところ。千沙はキューピットだってさ」
「キュ、キューピット?」
千沙はカット席の横に回り込む。梢が千沙に微笑んだ。
「千沙ちゃん、有難う。お陰様で、兄は明佳ちゃんのお母さんと正式にお付き合いすることになったのよ」
「えー、マジですか?」
「そう。千沙ちゃんが誘導してくれたからよ。最初に見た時から、兄は憎からず思ったって。千沙ちゃんにはきっと見えたのよね」
千沙はもじもじとした。あの時、普段なら口に出せない大胆な発言をしてしまったのだ。後先考えないで。
「あの、あたし、余計なことを言ったかなって、あとからちょっと後悔して。でもそれで良かったなら良かったです」
「そう? 自信ありげに聞こえたけどな。千沙ちゃんって普段は大人しいけど、いざと言う時には跳べる子なんだって、その時思ったのよ。まだ二人がどうなるかは判らないけどね」
「そうなんですか? 相思相愛に見えましたけど…」
「本人同士が良くても親とかいろいろあるのよ」
「へぇ」
梢の髪の端っこを摘んでハサミを入れながら、樹里も言う。
「かっちりした桐原家のお嫁さんがバツイチ子連れって、そりゃ一波乱の予感よねぇ」
「そもそも若葉さん、あ、明佳ちゃんのママは、神田 若葉さんってお名前なんですけど、最初の旦那さんが亡くなってから籍は抜いたんですって。まだ若いからやり直せるって旦那さんのご両親の意向もあるから、普通のバツイチじゃないんですよ。だから私は全然OKなんですけどね。明佳ちゃんも可愛いし」
「ほう。まあ、親の再婚には娘が複雑な反応を示すのが普通だけど、今回はその娘さんが新しいお父さんを実のお父さんと思い込んでるところが、いいのか悪いのか…」
「明佳ちゃんは実のお父さんの事、はっきりとは覚えていないそうです。まだ小さかったから」
「そうなんだ。でもいつか告らなきゃいけない訳だよね。お父さんは実は本当のお父さんじゃないんだよって」
傍らで千沙も一応頷いた。結婚ともなると本人同士が好きでも、そう簡単には行かないんだ。言われてみればそうかも知れない。でもさ、親と結婚するわけじゃないし、好きにさせてあげればいいのに。
「でもね」
梢は言いかけて、ちらっと千沙を見る。
「でも、今度のことで兄は本当の兄に少し戻った気がするんです。そこは感謝です、千沙ちゃんに」
梢は微笑んだ。しかし、千沙はその笑顔から『責任』という得体の知れないものが転がって来るように感じた。




