第21話 兄の登場
カット終了後、待合席に移って、樹里と千沙は梢の話を聞いた。
「兄は銀行マンなんです」
梢は切り出す。梢の兄、桐原 幹太は、手堅い職業として選んだそうだが、梢は『他人のモノを右から左』の職業は好きじゃないと感じているようだ。支店の個人向け営業マンになった幹太は、梢の心配通り、成績を上げるために資産家に近づき、あることないことを言って契約を取っているらしい。
「だって、銀行って未来のために、夢を持って挑もうとしている人たちにお金を用立てて、支援してあげるものでしょう? そのお金はそう言う意思で銀行に任せてもらえるように繋いであげるべきなのに、兄の話を聞いていると、単に幾ら預かったの話ばかりなんですもん。それもなけなしのお金だってあるみたいだし」
梢は納得できないようだった。
「言い方は悪いけど、ノルマの為にお年寄りを騙してる気がするんです。そんな兄じゃなかったんだけど」
樹里は腕を組んだ。
「桐原さん、いや、梢さんの気持ちは良く解るけど、失せものってレベルじゃない気がするな。何からどう手をつけていいか判らんから、取り敢えず千沙、明日にでもそのお兄さんと会って来な。勿論、梢さんと一緒にさ、就活のための勉強とか上手く誤魔化して、お兄さんの話を聞いてみな」
「はぁ。あたし、銀行って全然解りませんけど」
「本当に就活するわけじゃないからいいよ、解んなくて。全くの素人が入ったら、案外ポロっと本音が出るんじゃないかって気がする。梢さんもそれ聞いたら、もうちょっと今のお兄さんが解るかもって」
梢と千沙は一応、肯いた。
+++
翌日の夕方、梢と千沙は坂の下のカフェの前で待ち合わせをした。幹太は20分後に店に来ることになっている。
「先に入ってようか」
「はい。何だか緊張します」
二人が店内に入ると、入口近くのBOX席から、やや興奮気味の声が聞こえて来る。
「あんた、必ず増やす、言うたやろ! どう言う事や、元本も返せんって」
「いや、これはハイリスクですってご説明しましたよね。その代わりハイリターンが望めるって」
梢は足を止めた。兄の声だ…。もう来てたんだ。しかし話の内容は心配した通りの剣吞な内容っぽい。梢は千沙の肩をちょっと触って店の奥へと歩を進めた。声は続いている。
「それでも今やったら大丈夫って言うとったやろが!」
「いや、だってこんなに暴落するとは誰も予想出来ませんでしたから」
「それを予想するんが、あんたの仕事じゃろ!」
「さすがに戦争が起きるなんて予想できませんよ。先生、あと1年そのまま再投資してみて下さい。景気って波ですから、また戻って来ますよ」
もうやめて! 梢は心の中で叫んだ。千沙が不思議そうな顔をする。
「あ、ごめんね、ここにしようか。ここなら入口が見通せるから」
「はい」
二人は並んで座ってメニューを手に取る。先程の席では叫んでいた男性が店を出たようだ。梢がそっと伺うと、幹太は伝票を持ってレジで支払いをしている。一旦出て、また来るつもりなのかな。さっきの話、聞かなかったことにしなきゃ。なんだか千沙ちゃんを騙しているようで辛いけど。
梢と千沙がオーダーを済ませ、10分ほど経ってから梢の予想通り、また幹太が入って来た。梢は手を振る。つかつかとやって来た幹太は千沙をちらっと見て、梢の前の席に腰を下ろした。
「就活ってまだ早いんじゃない? ってか、高校生は学校からの就職斡旋じゃないの?」
幹太はせかせかと喋る。梢は気がつかれないようにため息をつくと、声を抑えて話し出した。
「お兄ちゃん、いきなり興奮しないでよ。こちらが話してた高校の後輩の水取さん。就活そのものじゃなくて、銀行員の仕事って何するのかを知りたいんだって」
「そう言う事か」
幹太はやって来たホール係にホットコーヒーを注文すると、相変わらず急いた口調で喋り始めた。




