第20話 ハイソなお客さま
「あーあ、たまには『札束失くしたから探してくれないか』なんて依頼来ないかな」
お客さんが誰もいない夕方の店内で、樹里がボヤいていた。
「そんなの怖いです。普通の札束じゃないですよ、きっと」
学校から帰って来た千沙はそのままスタジオ・ジュリの店内で宿題をしていた。
「札束に普通も普通じゃないもないだろう。いいお金かどうかは使う人とか目的で違うだけだ」
千沙が『そう言うものなのかな』と考え込んでいると、店の扉がキーっと開いた。
「いらっしゃいませ!」
千沙も立ち上がる。入って来たのは若くて美しい女性だった。樹里が声を掛ける。
「ちょっとそちらでお待ちください」
千沙のいる待合席を掌で指して、片付けかけたカット席の準備をする。女性はノートを拡げている千沙を不思議そうに見る。
「あの、順番待ちですか?」
どうやら千沙をお客と思ったようだ。
「いえ、あたしは違います。ここのお店の者です。すみません、紛らわしくて」
「そうなんだ。可愛い髪型ね」
女性は微笑んで待合テーブルの上をしげしげと眺める。そして例のプレートに目を止めた。声が零れる。
「失せもの…探します? 探偵?」
そしてもう一度千沙を見た。
「もしかして、あなたがこの探偵ジュリさん?」
千沙は慌てて手で否定し、カット席を指さす。
「ち、違います。じゅ、樹里はあちらです」
ちょうどその時、カット席が整い、樹里が声を掛けた。
「お客様、こちらへどうぞ」
女性は立ち上がってカット席に座る。すぐに樹里がカットクロスを被せた。
「どんな風にしましょう?」
「えーっと、肩先までカットして、下の方をパーマ当てずに、ゆるふわカールに出来ますか?」
「出来ますよ。アイロンで軽く巻いておきましょう。家でも出来ますから」
「じゃあ、それで」
彼女はそれきり黙ってしまった。良く喋るお客さまには樹里も合わせて喋りかけるが、それが鬱陶しいと思う人もいる。だから樹里は、第一声をお客様に任せることにしている。室内にはハサミの音だけが響き、千沙は唸りながら待合テーブルで宿題を続ける。髪がほぼ切り揃った頃、その彼女が口を開いた。
「あの、テーブルに載っていた『失せもの探します』って、ここでお願いするんですか?」
樹里はハサミを止め、鏡の中の彼女に目を合わせた。
「ええ、それでも結構ですよ。それだけを頼みに来られる方も多いんです」
「へぇ。でも形になってないので難しいのですけど」
「え? 何を失くされたんです?」
「あの、『人を思いやる気持ち』なんです、失くしたのは」
思わず千沙も顔を上げた。それは宿題以上の難問だ…。
「お客様がですか?」
「いえ、私の兄なんです。就職して以来、ノルマがどうのでちょっと自分を見失ってるって言うか、優しい兄だったのに、人が変わったって言うのか」
「はぁ、その優しいお兄様を取り戻したいってことですか」
「はい、そうなんです。無茶なお願いですよね。妹でも出来てないのに」
樹里は待合席を振り返る。
「千沙、聞いた? 依頼書に書いておいて」
「は、はい!」
カット席の彼女は微笑んだ。
「千沙ちゃんなんですね。北蘭高校の制服。私の後輩です」
千沙はまた顔を上げた。うわ、せ、先輩?! 樹里は両者を見較べる。
「あらそうなんだ。じゃあ取り敢えず、お名前を伺えますか?」
「桐原 梢と言います。泉水女子大の3年生です」
「おお、泉水のお嬢さまでしたか。美人で賢くて、千沙の目標だな。ムズいけど」
樹里は笑い、千沙はちょっと憧れの目で梢を見た。大学なんてまだ遠い話だけど、でも泉水女子大って、クラスの女子が憧れてる知的でハイソなお嬢様大学だ。きっと高校の時もクラスのマドンナだったのだろうな。きれいで上品で。のんびり考えていると樹里の声が飛んで来た。
「千沙、仕事だよ。札束じゃないから千沙の当番。先輩命令だし」
「えー?」
梢は上品にくすっと笑った。




