第17話 外科医院
朔に連れられて千沙が訪れたのは、道を3本ほど隔てた所にある外科医院だった。千沙がぽけっと呟く。
「ここもお医者さんなんだ」
「そ。去年開業したばかりだよ。外科って貴重なんだよな。総合病院まで行かなくて済むから」
朔は入口のドアを引き、受付スタッフに声を掛けた。
「すみません、あの、長沖眼科医院の者ですが、中田先生はいらっしゃいますか?」
「はい。どうされましたか?」
「どうもしていないんですが、先日預かって頂いた犬のことでちょっとお伺いしたいことがありまして」
長沖君、高校生なのにしっかりしてる。千沙は感心した。受付スタッフが中田医師を呼びに行く間、千沙は待合室をキョロキョロ見回した。なんかお医者さんって久し振りの気がする。どこも悪くなければ気楽なものだ。この独特の匂いさえ懐かしく感じる。間もなく受付スタッフが戻って来た。
「診察室へどうぞ。あ、手を消毒して下さいね」
「はい」
二人は掌をアルコール消毒した上で、受付スタッフについて診察室に入った。一人の医師が椅子を回してこちらを見る。まだ若い先生だった。
「ああ、長沖先生の所の、えっと息子さん?」
「はいそうです。で、こちらは同級生の水取さんです」
「ほう。ワンちゃん、リキ君だっけ、どうかしましたか?」
「いえ、それが…」
朔が事情と千沙の関わりを説明する。千沙は聞きながら診察室を見渡した。新しくてきれいな病院で、消毒の匂いが一層濃い。でもこの匂い、安心感にも繋がる気がするな。千沙は中田医師の話も聞いていた。大して手掛かりになりそうな話はない。朔との話が一段落した時、千沙も割り込んだ。
「あの、こちらに居た一週間って、リキは何を食べてましたか? 茗荷とか…食べてませんよね?」
「はっはっは」
中田医師は楽しそうに笑う。
「それ誰に聞いたのかな。お婆ちゃん? 昔はそう言ったんだよね、茗荷食べると物忘れするって。それ都市伝説っていうか俗説だよ。お釈迦様の弟子で物覚えが悪くて自分の名前も覚えられない人がね、自分の名前を書いた名札をぶら下げてたって話があってね、その名札のことを名前の『名』と荷札の『荷』でミョウガって言ったんだって。それでミョウガは物忘れって結びついたらしいよ。時々患者さんも仰るんだよね。茗荷が好きだからボケるんですとかね。それ全く関係ないですって言うんだけど」
「そうなんですか!」
千沙は目をまん丸くして驚いた。
「はは、可愛い探偵さんだね。でもリキ君ももうお爺ちゃんだからちょっと足元覚束ないよね。気をつけてあげないと、ここでもあちこちで頭ぶつけてたから」
朔もこれ以上の進展はないと思ったのか、千沙に目配せして話を切り上げる。
「有難うございました」
二人揃って頭を下げ、中田外科医院を後にする。得たものは殆どなかったが、リキが中田医師にすぐに懐いた事は判った。そのまま結果を報告するため、夕方の診察を開始した長沖眼科医院へと二人は帰って来た。
待合室に入った時、千沙は微かな違和感を感じた。ん? なんだろう…。さっきの中田医院と違う。




