第13話 宅配便
「飼主の方でいらっしゃいますか?」
明佳の若い母親は小さく低い声で聞いた。瞬間、千沙は理解した。この人は他人の飼いネコであることを承知の上で、明佳ちゃんをクロスケと遊ばせているのだ。
「いえ、違います。違いますけど、飼主の人から頼まれて、あのクロネコを探していたんです」
「そう、ですか。飼主さん、探していらっしゃるんでしょうね」
「そう、ですね。あたしの叔母の所に依頼をされたので」
「叔母…さん?」
「あ、はい。あの、スタジオ・ジュリって美容室をやってるんですけど、そこでこういう『失くしたもの』をお探しするってこともやってるんです」
母親は頷いて、そのまま数秒、押し黙った。
「え、と」
「あの!」
千沙の言葉と母親の言葉が重なった。
「え?」
母親は早口で喋り出す。
「あの! あのネコちゃん、譲って頂けないでしょうか? お金はそんなに出せないんですけどって、その飼主さんにお願いできないでしょうか?」
千沙は面食らった。予想していなかったリアクション。
「明佳ちゃんが可愛がってるから…ですか?」
「そうです」
「でも飼主の方も可愛がっているし、元々はそのお婆さんのネコだし」
「判っています、大人ですから。このままでは多分泥棒になることも知っています。けど、偶然やって来たネコちゃんは明佳の心の支えなんです。パパの代わりなんです」
「パパ? ネコちゃんの名前ですよね。明佳ちゃんから聞きました」
母親は千沙を家の玄関へと手招きした。
「勝手な事情である事は判っています。その上で飼主さんにお伝え頂けませんか。夫は、あの、明佳のパパは元々宅配便のドライバーでした」
「あ、もしかしてクロネコマークの、ですか?」
「はい」
それで、手押し車のあのデザイン。ひょっとしたら父親のお手製なのかも。千沙は理解した。
「突然の事故で夫は亡くなって、でも明佳はまだ判らなくて、明日はあの手押し車に乗ってパパが帰って来るって、毎日言い張って、そうしたらある朝、手押し車にあのネコちゃんが乗っていて、それを見た明佳はパパが生まれ変わったって思い込んでしまって。だから、もうネコちゃんを追い返せなくなったんです。ただこのハイツ、本当はペット禁止なんで、夜中うるさいって、ちょっと揉めかけてはいるんですけど」
千沙は言葉を失った。そんな切ない事情があの手押し車に隠されていたのか。これはあの高岸さんに話をしてみる必要がありそうだ。千沙が唇を噛み締めた時、
「ママー、パパ、おしごとにいかないっていうけどいいのぉ? おしごとしないと、おうち、おいだされちゃうよねぇ」
明佳がトコトコやって来て訴えかけた。小さいのに良く判ってる。母親が背伸びして答える。
「そうね、しょうがないパパね、でも今はね、明佳と遊ぶのがお仕事なんだって」
「ふうん?」
それを聞いた瞬間、千沙には閃いた。
「あの!ちょっと飼主さんに交渉してきます!」
千沙は高岸家に向けて駈け出した。
+++
翌朝8時。
ブーッ
高岸家のブザーが鳴り響く。明佳が母親に抱きかかえられて押したものだ。傍らには手押し車がある。
「パパぁ、おむかえ、きたよぉー」
「はいはい」
すりガラスの向こうにクロスケを抱えた高岸さんが現れる。引戸をがらりと開けて高岸さんは目を細めた。
「じゃあ、クロスケパパさん、行ってきやい」
宅配便カラーの手押し車にそっと降ろされたクロスケは得意そうに高岸さんを振り返る。
「おしごと いってきまーす。ゆうがたにはかえるからねー」
明佳は高岸さんに手を振ると、得意そうに手押し車をガタゴト押し始めた。
大丈夫かな。千沙は高岸さんと並んで背伸びしながら明佳を目で追う。少し離れて明佳の母親が深々とお辞儀した。高岸さんも軽くお辞儀をして千沙に言った。
「今度の日曜日は、お仕事お休みやけんって、明佳ちゃんがここに遊びぎゃ来たいって、電話でお母さんが言いよったんばい。おやつに何ば出しちゃったら喜ぶかなあ。なんか、おもちゃも買うちゃらんと」
千沙はほっこりとなった。高岸さんは一人で微笑んだ。
「楽しかもんだ。一人やなかって」
高岸さんは千沙を振り返る。
「あれ。急がんば千沙ちゃんも、高校、遅刻するばい」
「あ、そうだった!」
千沙は小さく手を振ると慌てて坂を下り出した。樹里さんに上手くいったって連絡しなくちゃいけないけど、ああ、まだ上り坂があるんだ。学校に着いてから、いや、帰ってからでいいや。
千沙は初仕事の完遂にほっとした。




