第12話 手押し車
翌日の帰り道、千沙はまた坂道をウロウロしていた。昨日見当をつけた公園からスタートし、坂の上のマンション、壊れかけている廃業商店のシャッターの後ろなど、『クロスケ』の名を呼びながらクロネコを探し歩いたのだがちっとも見つからない。坂道を上がったり下ったりするのは足にも堪える。SNSには何の情報も来ないし、このままだとクロネコは迷宮入りしそうだ。
「ふう」
止む無く千沙は最初の公園に戻ってブランコに腰掛ける。通りがかりの人にも聞いてみたいけど、そもそも人が歩いていない。坂だから結局車になっちゃうんだ…。千沙は大きくため息をつく。
ゴトゴトゴト。
その時坂道から音が聞こえて来た。小さな女の子が手押し車を押して歩いている。手作りっぽい手押し車の側面は、よく見かける宅配便トラックと同じ、グリーンと薄い黄色に塗られていて、ご丁寧にシンボルマークのネコのシルエットまで描かれている。ふふ、好きなんだ。女の子なのに…。千沙が微笑んだその時、
手押し車の荷台から黒いネコが背伸びをした。
!!
千沙はブランコを飛び降りる。驚かしてはいけない。しかしネコにも女の子にも逃げられてはならない。千沙は落ち着いた歩みで、後ろからそーっと女の子に近づく。そして手押し車をゆっくりと追い越すふりをして横目で荷台を見た。
いた!クロスケだ。首輪がグリーンと黄色。手押し車とおソロみたい。千沙はゆっくりと女の子を振り返った。
「こんにちは」
女の子は怪訝そうな顔をする。
「あの。そのネコちゃんはあなたのおうちのネコちゃん?」
女の子は歩みを止める。クロスケも千沙を見る。リードは手押し車に繋がれているようだ。
「そう」
「なんてお名前?」
「パパ」
「あはは、変わったお名前ね。あたしは千沙って言うの」
「ちさ?」
「そう。あなたは?」
「かんだ めいか(神田 明佳)」
千沙はしゃがみこんで目の高さを女の子とクロスケに合わせる。
「明佳ちゃんはこの近くに住んでるの?」
「うん」
「明佳ちゃんのママに会いたいな」
「いいよー」
「じゃ、ついてっていい?」
「いいよー」
高校生の制服がハードルを下げているのか、明佳と名乗る女の子は何の躊躇いもなく千沙の帯同を許した。
明佳は再び手押し車を押し始め、千沙はゆっくりと後をついて行く。クロスケは乗り心地が気に入っているのか、飛び降りる気配もなく荷台に寝そべっている。間もなく手押し車は1軒のハイツに到着した。敷地内に入った明佳は、手押し車を止め、1階の1室のドアを両手で叩いた。
「ママー」
すぐにドアが開く。明佳は千沙を指さした。
「おきゃくさま」
千沙は会釈してドアに歩み寄る。明佳は手押し車に戻ってドアの前まで押して来た。そこで丁寧にクロスケのリードを手押し車から外し、手で握って一緒に遊び出した。母親は千沙に声を掛けた。
「何かご用でしょうか」
「はい、突然ですみません。あの、クロネコちゃんのことで」
母親の顔はそのまま凍り付いたようになった。




