第11話 初仕事
夕食を終えた二人はリビングのソファに移動する。樹里はコーヒーマグを二つとクリファイルブックを持って来た。
「ま、入門編みたいな依頼だけどね」
樹里はクリアファイルを開け、付箋の貼ったページを千沙に見せた。
「よくある話。ネコを探して欲しいって依頼。クロネコがいなくなっちゃったんだって。もう1週間になるかな。高岸さんって一人暮らしのお婆さんの飼いネコなんだけどね。場所はここ」
リビングテーブルの下から樹里はタブレットを取り出し、地図を表示する。
「ほら、近所だろ? 学校の帰りに高岸さんとこに寄れるよ。ネコの写真はここに入っているけど、区別付かないよね、他のクロネコと」
千沙は達筆で書かれている依頼文を読んだ。
『特徴:毛並みは黒 鳴き声はニャア 首輪は緑色 ,名前:クロスケ ,年齢:不明 ,性別:不明』とある。
「特徴になってませんね」
「だろ。結局、クロネコってことしか判らない。まあ、大方散歩に出かけて家に帰れなくなって野宿を続けているか、誰かに保護されたかだな。一応保健所には聞いてみたけど保健所では保護してないって言ってた。SNSで『保護してます』とか挙がってるかもだから、そこから調べるといい」
「はい…」
で、出来るかな…知らない街で知らないネコを探すって。でもネコちゃんも家に帰りたいだろうし、そのお婆さんもネコちゃんに会いたいだろう。やるしかない。千沙は依頼書をスマホカメラに収めた。
+++
翌日、学校の帰りにスマホの地図を首っ引きにして歩き、千沙は高岸家を訪ねた。依頼者の家は細い坂道に面した小さな木造家屋で昭和の香りがプンプンする。きっとずっと前からここに住んでいるのだろう。すりガラスが嵌った玄関引戸の横にブザーらしきスイッチがある。
ブーッ
今どき珍しい呼び出し音が家の中に響くが、家の中に動きの気配はない。
「ごめんくださーい、すみませーん」
何度かブザーを鳴らし、声を掛け、ようやくすりガラスの向こうに人影が見えた。
「はい。どなた?」
玄関引戸が小さく開き、老婆が顔を出して不審げに千沙を眺める。
「あっ、あの、ネコちゃんを探してってご依頼を受けた、えっと、スタジオ・ジュリのアシスタントのものです」
「え? ジュリーの明日んと?」
「いえ、ジュリの ア シ ス タ ン ト です。美 容 室 の 手 伝 い の も の で す」
「あーー、滝沢さんが教えてくれた美容室の人? 学生さんに見えるばってんね」
「あ、はい、高校生です。北蘭高校の1年生の、水取千沙と言います」
「はぁ」
高岸さんは千沙の顔をじーっと見つめる。
「あの、ネコちゃんを探したいので、特徴とかお聞きしたいと思いまして」
「ああ、クロスケ探してくれる人?」
「はっ、はい、そうです!」
ようやく意図が通じたようだ。
「ほんじゃあここに入ってくれん」
千沙は玄関たたきに招かれ、高岸さんは玄関の板の間にちょこんと正座した。
「あの、クロスケさんの特徴とか、もうちょっと伺えたらなって。好きな場所とか食べ物とか」
「ふうん、そう言われてん、日なたぼっこば好いとったばってん、食べ物はキャットフードしかあげとらんとよ。元々迷子んネコやったけん、詳しゅう判らんとよ」
うーん、元々も迷子ネコ…。こりゃ手掛かりほぼnothingだ。
「緑色の首輪なんですね。あ、目の色とかどうですか?」
「首輪は、緑と黄色ん組紐やった。目ん色はどうやったかなあ。あんまり覚えとらんばい」
高岸さんは申し訳なさそうに答える。これはSNSで聞いた方が良さげだ。千沙は早々に高岸家をお暇し、坂道沿いにあった小さな公園のブランコに腰掛けてスマホを取り出した。一般的に飼いネコはそうそう遠くまで行かないとネットにも出ていた。きっとこの周囲のどこかで迷子になっているに違いない。ねぐらに出来るのはこの公園と、えっと…他には、マンションの駐車場とか、かな。まずはSNSで発信だ。特徴は、クロネコであることと、緑と黄色の組紐みたいな首輪しかない。取り敢えずこれで一晩待ってみよう。何か当てが出来たら明日行ってみる と。
千沙はまたスマホ地図を眺めながら細い坂道を下る。これ、あたしが迷子になりそうだ…。方角はちゃんと覚えなくちゃ。千沙は坂の向こうに沈む夕日を見つめた。




