第10話 副業
母が言った通り、千沙は早々に環境に慣れた。新たな髪型で高校生デビューした千沙は、最初こそ一クラスに40人もの生徒が並んでいる光景に圧倒されたのだが、本来学校とはそう言うものと思い直してからは気にならなくなった。ドラマやアニメに出て来る学校って大抵こんなだし。
スタジオ・ジュリから北蘭高校までは徒歩30分。路面電車やバスを使えばもっと早く着くのだが、千沙はもっぱら歩いていた。公私とも様子が判らない事から部活には入っておらず、帰宅後は美容室の手伝い、夕食の手伝いの他、風呂掃除を引き受けている。美容室の手伝いと言っても床の掃き掃除程度で大して難しくなく、千沙の体力でも何とかなった。
という事で、引っ越して来た日に耳にした、母と叔母の陰謀への危機感も次第に薄らいでいた。
しかし、ある日千沙は美容室の待合席で妙なものに気がついた。
それはテーブルの上に、自然派シャンプーやフェイシャルマッサージの卓上POPに混じって置かれてる。
『失せもの探します 探偵ジュリ』
は? なんだこれ。探偵ジュリって…樹里さん? 『失せもの』って何? 逃げた犯人とか? お、恐ろしい… 樹里さん、そんなことしてるの? う、恨み買ったりしないのか…な…。
気になった千沙は夕食時に樹里に聞いてみた。
「あの、美容室の待合席のテーブルに『探偵ジュリ』って書いたプレートが立ててあったんですけど、あれ、何ですか?」
樹里は鮭の切り身を箸で挟んだまま千沙を見た。
「あー、見つけたの。まんまだよ。副業」
「副業…。逃げた犯人を捜す探偵…とか?」
樹里は切り身を皿に戻して笑った。
「なんで犯人になるのよ?」
「だって、失せものって…」
「あはは。千沙は面白いねぇ。そのイメージはクセ者だな。失せものって、人はいろんなものを失くすのよ」
「それを探すってことですか?」
「そうよ。5月になって千沙が学校に慣れたら手伝ってもらおうと思ってたんだけどね、気がついちゃったんだったら、もうやってもらおうかな」
「え?」
樹里は再び切り身をつまんで口に入れる。
「ほら、私もお客さん来てる時は行けないしさ、成功報酬制ってことでやってみて。依頼、来てんだよね。ご飯の後で簡単なヤツを紹介するから」
「はい…」
失くしたものを探すだけ。まあそんなに怖い話でもなさそうだ。陰謀と思ったのは考え過ぎだった。千沙は少し胸を撫で下ろした。




