第9話 いきなりカット
翌朝、樹里が起床したのを見計らって千沙も起き、リビングに出て行った。魔女の宅急便のキキが、パン屋さんで初めて迎えた朝とそっくりだ。千沙はキキの気持ちが良く判った。
「あらおはよう。早いのね」
「はい、おはようございます。何かお手伝いします」
「有難うね。初日からそんなに張り切らなくていいよ。朝ご飯は質素だから手伝うほどの事も無いし」
言いながら樹里はトーストを焼き、テーブルには果物とヨーグルトを並べる。
「絹姉、あ、お母さんはまだ寝てるよね」
「は、はい、多分。すみません」
「いいのよ、いつも寝坊助だから。先に食べよっか。朝から一仕事あるんだ」
「はい。た、大変ですね」
「ん-、いや、千沙も一緒だよ」
「はい? あ、お手伝いします」
「手伝う、つうか、まあいいや。千沙、食べ終わって落ち着いたら下に降りて」
「はい」
+++
美容室の仕事、あんまり良く判ってない。千沙は少し不安に思いながら階段を降りた。樹里は既に降りていて、店内の照明は点いているが窓にはカーテンが引かれたままだ。
「千沙、そこに座って」
「え? そこ?」
「うん。カット席」
「はい」
なんだろ。取り敢えずカット席の椅子に座った千沙に、樹里はカットクロスを持って来た。
「カットするからね。JKデビュー作品」
「え?」
「心配しないで。きっと似合うから」
ハサミを取り上げた樹里は、セミロングの千沙の髪をバサバサ切って行く。
え? え? 大丈夫なん? あたし、どうなるの?
千沙は不安に駆られるが口には出せない。まさに俎板の鯉である。
+++
「じゃ、シャンプーするよ。その後、ちょっと巻くから」
鏡の中の自分を見続けた千沙は自分の変わりように驚いていた。小学生の頃からずっと同じ髪型だったのが、肩上までで切り揃えられ、えっと、これなんて言うのかな、別人みたいになってる。JKデビューって樹里さん言ってたけど、本当に生まれ変わったみたい。でもまだ終わりじゃないんだ…。シャンプー後、セット席に移動しながら千沙は嬉しさ半分、不安半分の心持ちだった。
「じゃ、ボトムの方を軽く巻いていくね。千沙の髪、いい色だから春らしくて軽やかになるよ」
「はい、お、お願いします」
+++
「はい、出来上がり!お疲れさん」
カット席に座ってから2時間半、ようやく樹里の作業が終了した。千沙は鏡の中の自分を改めて見た。鏡の中にはショートボブのボトムからネオソバージュがかかった茶髪の少女が映っている。これ、あたし? マジ? ちょ、ちょっと可愛いんですけど…。
樹里の呼びかけに応え、絹が2階から降りて来る。
「うわー、可愛いな、千沙。樹里、上手いねえ。我が娘とは思えない」
「へへ。変身させ甲斐があったよ」
「千沙がショートって初めてだし、これがあれ? 昨日言ってた最近のソバージュ?」
「そう。軽く大きく巻いただけだけど、若葉があっち向きこっち向きに芽生えて来たって感じでしょ」
「なるほど。私も今度、島の年寄にやってみよう」
「あー、歳取ると髪が細くなるからなあ、こんなに生き生きと巻けるかな」
二人はまた美容師談義に戻っている。しかし千沙は嬉しかった。
「樹里さん、あ、有難うございます」
「ふふん。これ、入学祝いね。けどほら、床の掃除はやっといて。箒とかレジの後ろにあるから」
「はいっ」
昨日までは不安しかなかったけど、きっと明日からはいいことが目白押しだ。千沙は手に持った箒に乗って春の街に飛び出したくなった。




