『ブレーメンの速記隊』
あるところにロバがいました。飼い主に飼われて、荷物を運んでいましたが、歳をとって働けなくなってきたので、えさをもらえなくなりました。ロバは、このまま飢えて死んでいくのだけは嫌だと思い、小屋から逃げ出しました。ブレーメンの町に行けば、速記隊というものがあって、誰でも入れてくれるという話を聞いたことがあったのです。
しばらく行くと、一匹の猟犬が、息を切らせてへたり込んでいました。
「どうしたんだい、犬君。随分苦しそうだけど」
「いやはやロバ君、飼い主に撃ち殺されそうになったんでね、死に物狂いで逃げてきたというわけさ」
詳しく聞いてみると、ロバと同じように、猟犬も、歳をとって、役に立たなくなってきていて、猟に出た先で、飼い主に銃口を向けられたということでした。
「どうだい、犬君。どこに行く当てもないのなら、僕と一緒にブレーメンの町に行こうじゃないか。速記隊に入って、楽しく暮らそうよ」
「速記隊か。聞いたことがあるよ。やる気があれば、誰でも受け入れてくれるっていう夢のようなところだって」
「そうともさ。速記をやる人に、もちろん、犬やロバにも、悪いやつはいないからね」
そんなこんなで、ロバと猟犬は、連れだってブレーメンを目指して旅をすることになりました。
少し行くと、いかにも情けない顔をした猫に出会いました。
「どうした、猫君。困りごとかい」
「困りごとというか、私も歳をとってね、ネズミが思うように捕れなくなったんだ。そうしたら、飼い主のやつ、私をかごに入れて、川に沈めようとしたんだ」
「なるほど、君もそういう感じなんだね。歩きながら話そう。僕たちと一緒にブレーメンに行くんだ」
「ああ、速記隊だね。聞いたことがあるよ。わかった。旅は道連れって言うからね」
ロバと猟犬と猫が、ブレーメンを目指して歩いていると、大きな家の門の上で鳴いている一羽のおんどりに出会いました。
「やあ、おんどり君、どうしてそんな苦しそうな声を出して鳴いているんだい」
「これは、お歴々。僕はね、今夜、この家の召使いに羽をむしられて、丸焼きにされるんだよ。だから、せめて、みんなの記憶に残りたいと思って鳴いているんだよ」
「ふむふむ、君を食べる人たちが、少しでも嫌な気持ちになるように、苦しそうな声を振り絞って鳴いているんだね」
「…そんな言い方は、しなかったけどね。でも、まあ、そうかな」
「どうだろう、おんどり君。君が食べられたいならいいんだが、食べられたくないのなら、僕たちと一緒にブレーメンに行かないか」
「ブレーメン。ということは、速記隊か。なるほど、それもいいかもしれないね。食べられたことはないけど、きっと毛をむしられるのは痛いだろうし、丸焼きにされるのは熱いだろうからね」
「多分、毛をむしられるのも、丸焼きにされるのも、生きたままじゃないと思うよ。まず首をくりっとひねられてね…」
「…うん、リアルに説明してほしいわけじゃないんだ。一緒に行くからさ、もうこの話はやめようよ」
夜になりました。三匹と一羽は、森の中で一夜を明かすことに一旦は決めましたが、猫とおんどりが木の上に登って、少し離れたところに明かりがついているのを見つけたので、そこまで行ってみることにしました。
割と大きな家でした。三匹と一羽が中の様子をうかがいますと、テーブルの上にはおいしそうなごちそうが並んでいます。そのごちそうを囲んでいるのは、どろぼうたちでした。その家は、どろぼうたちのすみかだったのです。
ロバの上に猟犬が、猟犬の上に猫が、猫の上におんどりが乗って、全員が、あらん限りの声を上げました。
どろぼうたちが驚いたのなんのって、ごちそうをそのままにして、みんな家から飛び出していきました。入れかわりに家に入った三匹と一羽は、残されたごちそうを食べました。暗かったので、おんどりは、気づかずに鶏肉を食べてしまいましたが、多分、いい経験です。三匹と一羽は、家の中にそれぞれ寝床を見つけて、眠りました。大層歩いた一日でしたから。
さて、どろぼうのほうはというと、あんまり慌てて飛び出したことが恥ずかしくなりました。お互いをなじり合った後、一番若いどろぼうが、様子を見に行くことになりました。一番若いどろぼうが、おっかなびっくり、家の中に入りますと、ロバに蹴られ、犬にかみつかれ、猫に引っかかれ、おんどりに目をつつかれ、さっきよりも速い速度で家から飛び出しました。仲間のどろぼうたちに、あの家には悪魔が住んでいると報告しました。どろぼうたちは、別のすみかに移ることを決め、二度と戻ってきませんでした。
三匹と一羽は、ブレーメンに行くのを永遠に延期し、どろぼうから手に入れた家で、仲良く暮らしました。
教訓:速記をやめちゃいけないね。