つまらなそうにしているクール系美少女が階段から落ちそうなのを庇い怪我をしたら、デレデレに豹変してしまった
本作は『つまらなそうにしているクール系美少女が階段から落ちそうなのを庇い怪我をしたら惚れられてしまった』(https://ncode.syosetu.com/n1660ij/)の続編になります。
前作を読んでからこちらをお読みいただくことを強く推奨いたします。
( 連載にしなくてごめんなさい )
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「やっぱり食べにくいなぁ」
クラスメイトの白峯 銀花さんが階段から落ちそうなのを庇った結果、僕の右腕はぽっきりと折れてしまった。
利き腕が使えないのは思っていた以上にしんどくて、ご飯を食べるのにも箸が使えず一苦労だ。
「天智、お母さん今日から帰るの遅くなるから」
四苦八苦して朝食を食べていると、お母さんが今日の予定について話し始めた。
お母さんは大学教授のお父さんの助手をしている。
アメリカで学会発表中だったところ、僕が入院したと聞いてお母さんだけ日本に戻って来た。
日本からお父さんをフォローするとか、やらなきゃならないことがきっと沢山あるのだろう。
両親が家に居ないのはいつものことだ。
右腕が使えないのをフォローしてくれる人がいないのは少し不安だけれど仕方ない。
「それじゃあ帰りに夕飯買って帰るね」
「その必要はないわ」
「え? 何か作っておいてくれるの?」
「うふふ、すぐに分かるわ」
嫌な予感がするけれど、お母さんは何も教えてくれない気がする。
「それより、食べたら早く登校の準備しなさい。いつもより時間がかかるんだから」
「それなんだけどさ。お母さん、学校まで送ってよ」
学校まではそれなりに遠く、普段は自転車通学をしている。
歩いても行けなくはないが、かなり時間がかかってしまうため車で送ってもらいたかった。
「ダメ」
「ええ~なんでさ」
はっきり言ってお母さんは僕に甘い。
ダダ甘だ。
右腕が使えなくても、こうしてお願いすればどんな時でも喜んで送ってくれるはずだ。
それなのにきっぱりと拒否されるとなると、先程感じた嫌な予感が更に大きくなってくる。
「その理由もすぐに分かるわ。さぁ、早く準備しなさい。じゃないと後悔するわよ」
「え?」
何故朝の支度が遅いと後悔することになるのだろうか。
思っていた以上に着替えに時間がかかり遅刻するかもしれないって慌てるとか?
それならそれでやっぱり送ってくれれば良いのに。
部屋に戻り、四苦八苦して制服に着替え、鞄を左手に持ち家を出る。
「いってきま~す」
念のためかなり早くに起きたのだ。
予想していたよりも家を出るまでに時間がかかったけれど、まだまだ十分時間に余裕はある。
玄関を出て、エレベーターで下に降りてマンションから出る。
まだ朝早くて付近には誰も居ない、と思っていた僕に声がかけられた。
「有藤君、おはよう」
「え?」
白峯さんがそこにいた。
太陽の光を受けてキラキラと輝く白銀の髪。
見る者を虜にする純真無垢な笑顔。
厚手の冬服を着ていても分かる抜群のプロポーション。
絶世の美少女とも言える彼女が、僕に笑顔を向けて挨拶をしてくれた。
これまでずっと、どれだけ挨拶をしても返してくれなかったのに、彼女の方から挨拶をしてくれた。
「有藤君、おはよう」
困惑する僕に、白峯さんはもう一度挨拶をしてくれる。
これまでの仕返しとばかりにスルーしてみようか、なんて気持ちが少しばかり生まれはしたものの、それよりも彼女と話が出来ることの方が遥かに価値がある。
「お、おはよう。今日はどうしたの?」
「言ったでしょ。私が有藤君のサポートをするって」
アレって本気だったの?
それは僕が入院していた時、お見舞いに来てくれた白峯さんが告げた言葉だった。
サポートって言っても学校で困ったことがあったら助けてくれる程度のものかと思っていたのに、まさか朝から迎えに来てくれるなんて。
「鞄持つね」
「ええ、良いよ別に」
「だ~め」
利き手を封じられている僕に抵抗する手段は無く、あっさりと鞄を奪われてしまった。
女の子に荷物を持たせるなんて、男として悲しい。
「さ、行こ」
白峯さんは自然と僕の横に並び、僕らは学校に向けてゆっくりと歩き出した。
「~~♪~~♪」
鼻歌……だって……?
あのいつも何にも興味が無くてスンッてしている白峯さんが、あらゆる物を路傍の石を見るかのように感情を見せない白峯さんが、この世界に楽しい事なんて何一つ無いのだと絶望してそうだった白峯さんが、楽しそうに鼻歌だって!?
「ご、ご機嫌、だね?」
「うん、だって有藤君と一緒だから」
有藤君と一緒だから。
有藤君と一緒だから。
有藤君と一緒だから。
僕の脳内で白峯さんの台詞が何度も何度もリフレインされる。
そして同時に、病院で彼女に言われた台詞を思い出した。
『好きな人と話をしているから、だよ』
ちらりと白峯さんの横顔を見ると、ほんのりと赤く染まっている。
気付けば鼻歌も止まっていた。
先程の台詞を告げた時に、僕の事を意識してしまったのかな。
白峯さんは僕のことが好き。
そんな馬鹿なと何度も何度も何度も何度も悩み、何かの間違いだと現実逃避しようとしたけれど、白峯さんは逃がしてくれなかった。
思い当たるのはやっぱり彼女を転落から守ったあの事故だ。
それ以降、彼女の態度はガラっと変わったのだから間違いないだろう。
あの時の僕の行動が彼女の心を射止めたというのなら、右腕の骨折くらいどうってことない。
「…………」
「…………」
お互いに病院での話を思い出してしまったからなのだろう、照れくさい空気になってしまった。
しかしこれはチャンスではないだろうか。
だっていわゆる『良い雰囲気』という奴だろう。
返事をしよう。
このままなぁなぁで関係が進むのではなく、しっかりと僕の気持ちを伝えよう。
彼女が想いを伝えてくれたのに、僕だけ何も言わないなんて情けないから。
「白峯さん、僕も君が好きだよ」
ドキドキが止まらない。
白峯さんは一体どのような顔をしているのだろうか。
見たいのに、どうしてか見ることが出来ない。
ふと、彼女が歩みを止め、僕も足を止めた。
「ありがとう、嬉しい」
その答えを聞いて、僕は勇気を振り絞って白峯さんの方に体を向ける。
その時の彼女の笑顔を、僕は一生忘れることは無いだろう。
「もっと好きになって貰えるように頑張るね」
その言葉のあまりの破壊力に僕の心は爆散した。
――――――
僕の意識がクリアになったのは、周囲からざわつきが聞こえてきた頃だった。
慌てて隣を見ると、白峯さんは僕に触れそうな程に体を寄せて笑顔で歩いていた。
先程の会話が夢では無かったことに安心し、今度はざわつきの原因を探るべく周囲を見回した。
うわ、めっちゃ見られてる。
学校までかなり近いところまで来ていて、周囲には同じ制服を着た生徒達が沢山歩いていた。
その誰もが僕達を見て驚愕の表情になり、何かを囁き合っていたのだ。
そりゃあそうか。
再び隣を見る。
クールで無表情で『興味ないから』が代名詞だった白峯さんが、恋する乙女の表情で男の隣を歩いていれば誰だってそうなるか。
優越感。
よりも居心地の悪さの方が勝った。
でも白峯さんは全く気にしていないみたい。
それなのに彼氏がおどおどしていたら格好悪いだろう。
僕はどうにか虚勢を張り、彼女の隣を堂々と歩き進めた。
そうこうしているうちに学校につき、昇降口で靴を脱ぐ。
「待って」
「え?」
脱いだ靴を下駄箱に入れようと思ったら白峯さんが代わりに入れてくれた。
「怪我してるのは右腕だからこのくらい出来るよ」
「でも慣れてないとしゃがんだ時に右腕に力入れちゃうかもしれないよ」
「そのくらいすぐに慣れるよ」
「治るまでは私がフォローするから慣れる必要なんて無いよ」
荷物を持ってもらうだけでも申し訳ないのに、これ以上やってもらうのは心が痛すぎる。
なんて考えていた僕は甘かったことを直ぐに思い知らされることになる。
「はい、それじゃあゆっくり行こ」
「!?!?!?!?」
それは階段に差し掛かった時のこと。
白峯さんは僕の左腕を自分の肩に置かせて、左半身をしっかりと掴み体を支えたのだ。
「し、し、白峯さん!?」
「階段昇り降りすると右腕に震動が伝わりやすいから」
ゆっくり進めば平気だって!
そこまでしなくても良いから!
あまりのことに僕が躊躇していると、彼女は僕に追加攻撃を仕掛けて来た。
「流石にちょっと恥ずかしいから、そろそろ行こ」
体を密着させられてドキドキしているのに、そこで上目遣いの照れ顔コンボはクリティカルヒットだって!
「え? あれって白峯さん?」
「うっそー、もしかして彼氏?」
「あんな表情するんだ」
「マジかよ。超羨ましい」
うう、このままだと違う意味での羞恥も合わさってノックダウンしちゃう。
仕方なく僕は白峯さんに体を支えられたまま階段を登ることになった。
彼女は善意でやってくれているのだから悶々とするのは失礼だ。
頭の中で数学の公式を思い浮かべながら制服越しからも伝わって来る柔らかな感触を意識の外に追い出した。
そしてそのまま衆人環視の元、どうにか教室に辿り着く。
ここまで来たらしばらくは安心だ。
今日は階段の昇り降りが必要な授業が無いので、過度に体を触れられるようなサポートも無いだろう。
自席に座ると白峯さんが僕の鞄を席の隣に置いてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って彼女もまた自分の席に座る。
そういえば、今って例の朝の時間。
今まで毎朝、登校すると後ろを振り返って彼女に挨拶をした。
そしてそのまま返事の無い一人雑談を続けていた。
でも今日はもうすでに白峯さんと会っている。
ここで挨拶から始めるルーチンは崩れている。
「おはよう、白峯さん」
それでも僕は、座ったまま後ろを振り返り、彼女に挨拶をした。
「おはよう、有藤君」
返事がある。
たったそれだけのこと。
でもそれこそが、僕が望んでいたことだった。
胸の奥がじんわりと温かい。
僕の密かな戦いは、どうやら勝利という結末になってくれたようだ。
――――――
幸運にも骨折したのはテストが終わった後だった。
その後の授業はテスト返却だけなので、ノートを取ったり何かをメモったりする必要は殆ど無い。
白峯さんが移動教室のたびに荷物を持とうとするから焦ったり、クラスメイト達が何かを聞きたげにソワソワしているとか、小さな出来事はあったものの、概ね平穏な一日を過ごしていた。
その平穏が大きく崩れたのは昼休み。
「それじゃあ僕、購買でパンでも買って来るから」
もしかしたら『私が買って来るから有藤君はここで待ってて』なんて言われるかもしれないと思ったけれど、よりとんでもないことを言われてしまった。
「もし良ければだけど……これ、食べる?」
白峯さんが差し出して来たのはお弁当。
それも自分のものとは別に作られたものだ。
「もしかしてこれ……?」
「有藤君のために作ったの」
マジで!?
か、かか、彼女の手作り弁当!?
男子高校生の夢じゃないか!
「頂きます!」
しかも料理上手と噂の白峯さんが作った弁当だよ。
期待しか出来ないよ。
もちろん、白峯さんが料理苦手だったとしても食べないという選択肢は無いけどね。
「こんな感じなんだけど、苦手な物ってある?」
色とりどりで鮮やかなお弁当だ。
野菜とお魚とお肉がバランス良く入っていて、栄養も考えられていそうだ。
「大丈夫、全部好きな物ばかりだよ」
「本当?良かった」
この笑顔のためなら苦手な物でも食べてしまいそうだ。
尤も、嘘をついたらバレてしまいそうな予感もするけれども。
「それじゃあ、ありがたく頂くね」
あれ?
箸はどこだろう?
それに僕の分だと思われるお弁当を渡してくれないよ。
白峯さんは手に持った箸でおかずを一つ掬い……あ、あれ、これってまさか。
「あ~ん」
!?!?!?!?!?!?!?!?
どうして気付かなかったんだ。
しゃがんだり階段の昇り降りすら右腕への影響を気にする白峯さんなら、こうすることは予想出来たはずなのに。
「嘘!」
「ちょっ、アレって!?」
「だいた~ん」
クラスメイト達が全員僕らの方を注目している。
でも、だからどうしたって言うんだ。
ここでそれは恥ずかしいから止めてなんて言えるわけがない。
僕に出来る選択はたった一つしかない。
「あ、あ~ん」
可愛らしいピンク色の箸が僕の口に向かって前進する。
箸に摘ままれたおかずの向こうに、顔を赤くした白峯さんの顔が見えるから心臓に悪い。
目線はおかずにすべきか、それと白峯さんにすべきか、悩みに悩んで視線が彷徨っているうちに、おかずが僕の口に放り込まれた。
もちろん緊張して味なんか……
「うっま! 何これ!?」
あまりの美味しさに、恋心とか胸のドキドキとか皆に見られている羞恥心とか全てが吹っ飛んだ。
「お弁当ってこんなに美味しく作れるの!?」
最近は冷凍食品の品質向上もあって、それなりに美味しいお弁当が食べられるようになって来たけれど、このお弁当はレベルが違う。
チェーン店とかで普通レベルの料理を食べるくらいならこのお弁当の方が遥かに美味しいと断言出来る。
「そんなに喜んでくれるなんて嬉しい」
「だって本当に凄い美味しいんだもん」
「コツがあるの。例えば冷めた方が美味しくなる作り方をするとか。後は……」
「後は?」
冷めた方が美味しくなる作り方。
それは分かる気がするけれど、それだけなら他の人もやっているはずだ。
ここまで劇的に美味しくするための方法って言われたら、料理が苦手な僕だって気になるよ。
周囲のお弁当男子女子もこれまで以上に耳を澄まして聞いていると思う。
「愛情をこめること、かな」
どうしよう。
白峯さんの方をまともに見れないよ。
照れくさそうにもじもじするなら、最初から言わなければ良いのに。
消え去ったはずのドキドキがまた復活しちゃった。
「…………」
「…………」
お互いとても照れてしまい、何も言えずに見つめたり目を逸らしたりを繰り返す。
これが甘酸っぱいって感覚なのかな……
「さ、さぁ、続きを食べよ」
その日、昼食を食べるのにいつもの倍以上に時間がかかったのは、決して利き手が使えなかったからだけではないということを記しておこう。
「トイレ行ってくるね」
ご飯を食べ終えたら催して来たので席を離れる。
「手伝うよ」
なんて言われたらどうしようかと思ったけれど、流石にそれは無かった。
何か言いたげに見えるけれど、言おうとしてないよね?
白峯さんが妙な気を起こす前にと慌てて廊下に出る。
「よう、テン。おめでとう」
友人の伊澄 冬慈だった。
「冬慈が話しかけて来るなんて珍しいね。彼女は放っておいて良いの?」
冬慈は昨年末に彼女が出来てから、僕と遊ぶことはほとんどなくなり、学校でも話しかけてこなくなった。
寂しいけれど、彼女との仲が順調だということの証でもあるので素直に応援していた。
「その彼女さんから、お前に話を聞いてこいって命令が下ったのである」
「あはは、なるほどね」
きっと恋愛話が大好きな人なのだろう。
僕らはトイレに移動しながら話をし、怪我をした時から今に至るまでの顛末を話した。
「つまり、命の恩人、っていうのが白峯さんの惚れるポイントだったってわけか」
「多分ね」
「そりゃあ誰も攻略出来ない訳だ。命の危機なんてポンポン転がってないもんな」
「冬慈的にはそのまま死んで異世界に行く方が好きだろ?」
「ば~か、あいつを置いて行けるかって」
「あはは、大好きなんだね」
今後の参考に、二人の恋人風景を今度見せてもらおうかな。
「骨折程度でテンが白峯さんの心を掴めたっていうのは運が良かったんだろうな」
「良くなんかないよ」
「何でだ?」
「だって白峯さんも少し体を打っちゃったし、落ちるの怖かっただろうからさ。あんなこと、起きない方が良かったんだ」
例え僕と白峯さんの関係が変わらないとしても、あの事故は起きるべきでは無かったんだ。
「…………」
「冬慈?」
突然無言になっちゃった。
「訂正するわ。白峯さんがテンを気に入ったのは、命の恩人だからってだけじゃねーと思うぞ」
「え?」
それ以外に何があるって言うのさ。
「それが分からないところが良いんだろうな。お前、俺の彼女に近づくなよ。奪われかねん」
「奪わないよ!?」
友達の彼女を奪うような肉食キャラじゃないって知ってるでしょうが。
「んじゃな、また後で話を聞かせてくれや」
「あ、ちょっと、気になること言ったまま放置するのはダメでしょ」
「ん~気にすんな」
「こらぁ!」
冬慈はそのまま自分の教室へ、あるいは彼女の元へと去って行った。
まったく、何だったんだろう。
冬慈の言葉を考えながら教室に戻ると、白峯さんが女子に質問攻めに合っていた。
芸術品扱いは止めたのかな、なんて暗い考えがチラリと脳裏を掠めるということは、彼女に対する皆の扱いがそれなりに気に入らなかったということなのだろう。
「有藤君の何処が好きなの?」
「どこまで進んだの?」
「いつから付き合ってるの?」
テンプレ質問されている白峯さんの反応は……と。
ぐはぁ!
「あ……あの……その……」
両手の指を胸の前で絡ませながらモジモジしてる。
完全に恋する乙女のポーズじゃないか。
可愛すぎる。
「ヤッバい、お持ち帰りしたいんだけど」
「これがあの白峯さん?」
「か~わい~」
女子達がきゃ~きゃ~言いながら白峯さんを絡んでいる。
白峯さんも困っている様子ではあるけれど嫌がってはいないのかな。
僕以外とも自然に反応するんだ。
あ~僕って割と独占欲もあったんだ。
ちょっとだけ嫉妬しちゃってる。
「た、ただいま」
「おかえり!」
女子達の輪に入るのは抵抗があったけれど、これ以上白峯さんを困らせたままにしたくないから勇気を出して席に戻る。
すると白峯さんは向日葵の花が咲いたかのようにぱぁっと笑顔になった。
「「「!?」」」
間近で見る美少女の乙女オーラに女子達が目を丸くしている。
「ねぇねぇ、有藤君、どうやって白峯さんを落としたの?」
「その怪我が関係してるの?」
あれ、質問の矛先が僕になった。
白峯さんがもじもじしているだけで答えなかったからかな。
でも白峯さんが言わなかったのに僕が言うわけにはいかない。
白峯さんも自分のせいで僕が怪我をしてしまったっていう負い目が少なからずあるみたいだしね。
冬慈は親しい友人だから伝えたけれど、それ以外の人には言うつもりは無かった。
「う~ん、秘密、かな」
「え~」
「教えてよ~」
何を言われようとも僕からは何も言いません。
そんな僕の顔を見て白峯さんがより一層嬉しそうになったように見えたのは勘違いかな。
女子達は何も言わない僕らに対してしつこく質問を続けたけれど、昼休みが終わる予鈴がなったので時間切れだ。
そして彼女達が席に戻るその前のこと。
「ねぇねぇ、白峯さん。今度一緒に遊びに行こうよ」
白峯さんの態度が軟化したから、今なら誘っても断られないかもしれないとでも考えたのだろう。
でもそれは大きな勘違いだ。
スンッ
「え?」
白峯さんからは先程までの笑顔が消え、つい先日までの無表情に戻った。
「興味ないから」
そしてこれまたいつも通り、感情が篭められていない声で定型文を伝えたのだった。
唖然とする彼女達を放置して白峯さんは僕に声をかける。
「そろそろ次の授業に行かないとね。また荷物もつから」
その時にはすでにやわらか白峯モードに変わっていた。
もしかして白峯さんって、僕に関係する話の時だけ気を許してくれるってこと?
だとすると嬉しいな。
――――――――
放課後。
もちろん隣には白峯さんがいる。
僕の鞄を持ち、体を支えて階段を降り、立ったまま靴を履かせてくれて、横に並んで帰宅する。
間違いなく僕の家までついてくるつもりだ。
そこまでしてくれなくても、と何度も言いそうになる。
「~~♪~~♪」
でも楽しそうに鼻歌を歌いながら歩く彼女の姿を見ているとそんなことは言えなかった。
だから僕は白峯さんが僕をフォローしてくれている、という考えを捨てることにした。
白峯さんと僕は彼氏彼女として一緒に登下校しているだけなのだ、と。
そう考えると気が楽になり、気分が高揚し、僕も鼻歌が出てしまいそうだ。
これまでの僕らの関係を考えると信じられないくらいに自然に雑談をしながら、ゆっくりと幸せな時間を噛み締める。
噛み締める。
噛み締める。
噛み締め……あれ?
「あの、白峯さん?」
おかしいな、マンションのエレベーターに一緒に乗ってるぞ。
てっきりマンションの入り口でまた明日になるのかと思っていたのだけれど、玄関までついてきてくれるのかな。
玄関に到着して鍵を開ける。
「白峯さん、ありがとう」
そして彼女から鞄を受け取ろうとするが、何故か渡してくれない。
それどころか、彼女は玄関のドアノブを手に取り、開けたのだった。
「おじゃましま~す」
「ちょちょちょ」
何自然に中に入ってるのさ!
白峯さんは流れるように靴を脱ぎ、中に入った。
「有藤君、どうしたの?」
「どうしたのって。何で?」
「許可は貰ってるよ?」
「許可……? ま、まさか」
お母さんの仕業だ!
それ以外に考えられない。
思い返せば、今朝学校に送ってくれなかったし、早く家を出ないと後悔するとまで言っていた。
お母さんはマンションの入り口で白峯さんが待っていることを間違いなく知っていた。
つまりお母さんは白峯さんと繋がっている。
きっと彼女がお見舞いに来てくれた時に連絡先を教え合ったんだ。
「ほら、いつまでもそんなとこに立ってないで入って」
お母さんは今日帰って来るのが遅い。
つまり僕と白峯さんはこの家の中で二人っきり。
いやいや、変なこと考えちゃダメだ。
余計な妄想を振り払い、家の中に入る。
「有藤君、帰った時はちゃんと挨拶しなきゃ」
「え?」
帰った時の挨拶ってアレかな。
いつも誰も居ないから言う癖がついていなかった。
僕は何も疑問を持たず、彼女が言う通りに挨拶をする。
「ただいま」
「おかえり」
もしかして彼女は知っていたのだろうか。
お母さんから聞いていたのだろうか。
僕が『おかえり』を言ってもらえると喜ぶことに。
白峯さんにとってはさりげないやりとりだったのかもしれない。
でも僕にとっては彼女をもっと好きになるには十分な出来事だった。
「ここが有藤君の部屋なんだ」
ヤバイ。
漫画とかゲームとか脱ぎかけの服とかが散乱しているのを見られた。
しかも今は腕が不自由なこともあって、いつも以上に片づけが面倒で放置しちゃってるんだ。
『だから普段から片付けなさいって言ってるでしょ』
なんてお母さんの声の幻聴が聞こえる気がする。
白峯さんは荒れた部屋を見てネガティブな雰囲気を表に出さずに中に入った。
そしておもむろに床に落ちていた一冊の漫画を手に取った。
「これって前に有藤君が面白いって言ってたアニメの漫画版だよね」
「え?」
そんな話したっけ?
そのアニメって確か夏クールの作品だから……思い出した、確か夏休み明けに言った言った。
「もし良ければ後で貸してくれないかな」
「え? うん、良いけど、漫画とかアニメって興味ないのかと思ってた」
趣味としてはあまりにも一般的なので、既に誰かに勧められて定型文なのかと思ってた。
「有藤君が好きな物を知りたいから……」
僕の彼女が可愛すぎる件について。
部屋で二人っきりの状態でそんなこと言うのは心臓に悪いデス。
自分で言って照れくさかったのか、彼女は僕から目を逸らすと棚を見つけ漫画を片付けた。
「さ、着替えよう」
ですよねー
過剰なまでに僕のサポートをする白峯さんならそう言うと思ってました。
「着替えは、このクローゼットの中かな。開けて良い?」
「う、うん」
クローゼットの中は整頓されているはずだ。
奥の方に秘密のブツが隠してあるなんてことも無い。
でも白峯さんに自分の服の一覧を見られるだけで恥ずかしい。
センス無いって思われないかな。
「とりあえず、一番左のにする」
「分かった。これだね」
白峯さんは僕が指示した着替えを手にして僕の方にやってくる。
「そういえば有藤君のお気に入りの服ってどれかな」
「え?」
「ほら、穴が開いちゃったって言ってたじゃない。私、裁縫得意だから直してあげようかなって思って。でも大分前の事だからもう直しちゃったかな」
確かに言ったけど、まさかあんな些細なこと覚えているなんて。
「あれは結局そのまま放置してお母さんに直してもらったよ」
「そうなんだ」
白峯さんはちょっとだけ残念そうな顔をしながら、僕の着替えを手伝ってくれた。
ハプニング?
そんなのはありませんよ。
白峯さんは、階段の昇り降り以外では不用意に僕に触れることはないし、お昼のあ~んの時だって自分の箸を別にちゃんと用意して間接キスにならないようにしていたし、トイレに行きたいときも少し怪しかったけれどフォローするなんて言い出さなかった。
今だってズボンを穿き替える時にはちゃんと部屋を出て行ってくれた。
男子の家に来ている時点で微妙だけれど、貞操観念はしっかりとしているっぽいんだ。
そんなこんなで着替えるついでに部屋を少しだけ片付けてからリビングに向かうと、良い匂いが漂って来た。
「ご飯作るからちょっと待っててね」
「え?」
制服エプロン……だと……
男子学生の夢じゃないか。
調理実習でも十分に目の保養になるけれど、自宅でやられると破壊力は倍増以上だ。
「エプロン、似合ってるね」
男として女性の服装は褒めなければならない。
この場合も多分、そうだよね?
「~~~~っ! あ、ありがとう」
どうやら正解だったようだ。
でも動揺して包丁で怪我しないかが心配だ。
……
…………
……………………
っておおーい!
そうじゃないだろ。
何で白峯さんが僕の家で夕飯作ってくれるの!?
そういえばお母さんが帰りに夕飯買って来る必要無いって言ってたけど、こういうことか。
嬉しい。
嬉しいけど、困るよ。
「あのさ。夕飯作ってもらうの、凄く凄く嬉しいんだけど、外が暗くなってきたから帰らないと。僕、こんなんだから送って行こうにも何かあっても役立たずだからさ」
万全の状態ならば体をはってでも守ると断言出来るけれど、利き手が封じられた状態では大したことが出来ない。
かといって真っ暗な中、白峯さんを一人で帰すなんてことは到底許されない。
彼女が作る夕飯とか滅茶苦茶食べたいけれど、彼女の安全の方が大事に決まっている。
「泊まっていくから大丈夫だよ」
「ふぇ!?」
何を言ってるの?
ここ、僕の家だよ。
オトコノコのイエダヨ。
「私一人暮らししてるから、帰らなくても大丈夫だよ」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!」
「有藤君は……嫌……?」
「ぐうっ……嫌、じゃないけど、その、まだ、早いと言うか、あの、その」
あれ、何でいきなりこんな展開になってるの。
貞操観念がしっかりしているって考えたばかりだよね。
いや、そういう意味じゃなくて素で寝るまで僕のサポートをしたがっているってこと?
そんなことってある?
「えへへ、ごめんね、冗談だよ」
「も、もう、心臓に悪いよ」
「何で心臓に悪いのかな、なんてね」
チクショウ、揶揄われたのか。
どうりでいつもより照れてないと思ったよ。
「でも本当に帰りは気にしなくて良いよ。有藤君のお母さんが車で送ってくれることになってるから」
そういうことか。
最初から話がついていたってことね。
う~ん、もしかしたらこのいたずらも、お母さんが唆した可能性もあるな。
全く、余計な事しかしないんだから。
「ということで料理再開しま~す。有藤君はそっちで待っててね」
「う、うん」
リビングのソファに座り、白峯さんの後ろ姿をぼぉっと眺める。
自分の家で白銀の美少女が料理を作ってくれている。
非現実的な光景に、やはり今は夢の中ではないかと思えてくる。
でも。
「~~♪~~♪」
鼻歌を歌いながら小さく体を揺らし、楽しそうに料理をしている姿を見ていると、夢とか現実とか関係なく愛おしさがこみあげて来て悶えてしまうのであった。
「さぁ、召し上がれ」
「いただきます」
白峯さんが作ってくれた料理は、予想外の物だった。
料理上手な彼女であれば、僕が見たことも無い美味しい料理を作ってくれるのかもと密かに期待していたけれど、出てきたのはシンプルなオムライスだったからだ。
「はい、あ~ん」
そして当然、自分では食べさせてくれなかった。
スプーンで掬うくらいなら左手でも出来るのにって言っても許してくれなかった。
「どう、美味しい?」
「うん、凄く美味しい。今まで食べたオムライスの中で一番だよ」
「良かった」
嘘でも過言でもない。
これまで食べたオムライスは一体何だったのかと思えるくらいに、絶品だった。
「そういえば、何でオムライスにしたの?」
やっぱり作るのが簡単だから、とかなのかな。
僕が作ろうとした時は全然簡単に感じなかったけれど。
「前に有藤君がオムライス作ろうとしてたって言ってたから、好きなのかなって思って」
「え?」
確かに前に作ろうとして失敗した。
そのことを白峯さんに愚痴った覚えもある。
この時、僕は重大なことに気が付いた。
アニメ、服のほつれ、オムライス。
いずれも僕が彼女に話しかけた話題である。
「もしかして白峯さん、僕が話しかけた内容、全部覚えてるの?」
「うん」
「ええええええええ!?」
「何で驚いているの?」
「だ、だって僕、毎日話しかけてたでしょ。凄い量だよ。全部覚えてるの!?」
「うん、というか有藤君のことが知りたくて頑張って思い出したっていうのが正しいかな」
「~~~~っ!」
今すぐにベッドにダイブしてゴロゴロ転がって悶えたい。
嬉しくて、愛おしくて、どうにかなってしまいそうだ。
「はい、あ~ん」
今はまともに白峯さんの顔を見れないから止めてええええ!
――――――――
夕飯を食べ終え、後片付けも終わり、リビングで食後の一時を白峯さんと一緒に過ごす。
僕と彼女はソファーに並んで座り、他愛も無い話をしていた。
「それじゃあ次はお風呂だね。頑張ってフォローするから」
「もう、揶揄わないでよ」
「えへへ、流石に分かったか」
分かったというよりも、お母さんが吹き込んでそうなことを想像して心の対策を立ててたって感じかな。
「でも実際、お風呂ってどうしてるの」
「お風呂には入らないで、お湯で濡らしたタオルで全身を拭くようにしてる。背中と左腕はお母さんに拭いてもらってるけどね」
「そうなんだ。それじゃあ髪は?」
「お母さんが洗髪用の椅子を作ってくれたから、それに座ってお母さんに洗ってもらってる。ほら、美容院とかであるような仰向けになって洗ってもらえるやつ」
「あ~なるほど」
お母さんにはアメリカに戻って良いなんて言っちゃったけれど、実際問題居てくれてとても助かった。
感謝感謝。
「それなら私も洗えそうだから本当にやってあげようか?」
「勘弁してください」
「代わりに私の髪を洗って良いよ、なんてね」
「そんな綺麗な髪に触れられないよ!」
「え?」
「え?」
あれ、今、驚くところだったっけ。
僕何も変な事、言ってないよね。
「どうしたの?」
「その……びっくりしちゃって」
「びっくり?」
「うん、有藤君が私の髪を褒めてくれたから」
しまった。
そういうことか。
確かに僕は白峯さんの髪を褒めたことは無い。
というか、髪に言及したことも無い。
それには理由があったのだけれど、この反応なら気にしなくて良さそうだね。
「見惚れるくらいに綺麗だと思ってるよ」
「嬉しい」
もちろん、見惚れているのは髪だけが理由じゃないけどね。
「でも、どうして今まで何も言わなかったの。他の人は何かしら言ってくるのに」
僕は毎日白峯さんに話しかけたけれど、髪については絶対に言わないように気を付けていた。
別に小難しい理由では無い。
「白峯さんが嫌がるかもしれないと思ってさ」
僕らから見れば確かに美しいけれど、日本人らしからぬソレは異質とも言える。
白峯さんがそれを好んでいるのかどうかが僕には分からなかったから、彼女を傷つけないように言わないようにしていたんだ。
「そういうことだったんだ。優しいんだね」
「優しい、なのかな。実は小さい頃に両親に注意されたことがあって、それで気を付けていただけなんだよ」
「注意?」
あれは小学校低学年の頃のこと。
両親と付近を散歩していた僕は、前から女の子が歩いて来ていることに気が付いた。
その子の髪が太陽の光を反射して鮮やかな白銀色に光り輝いているのがとても綺麗で、思わず口にしちゃったんだ。
『わぁ、綺麗な髪の毛!』
その時にお父さんに『皆と見た目が違うことを気にしているかもしれないから綺麗でも軽々しく口にしない方が良いよ』と諭されたのだった。
という経験を素直に説明した。
「だから僕は白峯さんの髪の毛について何も言わなかったんだ」
でもどうやら白峯さんは気にしていないようだから、これからはこまめに褒めるとしよう。
「~~~~っ!」
どうしたんだろう。
白峯さんが真っ赤になってめちゃくちゃ照れてる。
今の僕の話に、そんなに惹かれるところなんてあったのかな。
彼女のことを考えて身体的特徴について触れないようにしていた、というのがそれ程に刺さったっていうこと?
でも最初『白峯さんが嫌がるかもしれないと思ってさ』って言った時は自然にお礼を言われただけだった。
となると他に理由がありそうなんだけど、何だろうか。
「~~~~っ!」
長い。
「~~~~っ!」
まだ戻ってこない。
「~~~~っ!」
まだなの!?
肩が触れそうな程に隣で、上目遣いでもじもじされると僕の理性が危ないからそろそろ止まって欲しいんだけど。
「あ、ああ、有藤、君」
「は、はい」
ここまで深く動揺した原因を、白峯さんは教えてくれた。
「私、小さい頃は、嫌われてたの……」
白峯さんは生まれた時から髪の色が白銀だった。
今でこそそれは彼女の美しさの象徴であるけれども、昔はそれを異端として拒絶する人間が少なからず居た。
親戚の叔母さんに『気持ち悪い』と言われ、近所の人からは『悪魔の子』と言われ、同世代の子供達からは『普通じゃな~い』『変なの~』と距離を取られる。
どれだけ努力して頭が良くなっても、どれだけ努力して運動が得意になっても、それすらも彼女の不気味さを増長させていたようで、無自覚な悪意が彼女を蝕んでいた。
「でもね、ある時、知らない男の子に言われたの。『わぁ、綺麗な髪の毛!』って。誰もが私の髪を気持ち悪がって嫌がっていたのに、その子だけは私の事を褒めてくれたの」
それが白峯さんの救いとなる言葉となった。
「嬉しくてたまらなかった。その言葉を支えにすることで、私はどうにか生きていけた。あの男の子のように、いつの日かこの髪を綺麗だって思ってくれる人が現れるかもしれないって思えたから」
これは僕の知らない白峯さんの小学生時代のお話。
中学で彼女に出会った時には、すでに彼女の美しさは知れ渡り人気者だった。
でもそうなるに至るまでに、彼女は想像を絶する差別に苦しんでいたことを僕は知った。
「私を救ってくれた男の子。私の初恋の男の子。それがまさか……」
僕だったなんて。
気付いていなかった、なんてことを言ったら嘘になる。
白銀の髪の子供なんてそうそういるものではないから、あの時出会った女の子が白峯さんなのだろうとは思っていた。
ただ、だからといってそれで白峯さんとの関係が何か変わるとも思っていなかったので、わざわざ彼女に確認をとるつもりは全く無かった。
まさかあの些細な出来事が、彼女にとてつもなく大きな影響を及ぼしていたなんて。
「どうしようどうしようどうしよう」
白峯さんは両手で顔を覆い、大きく体を揺すぶった。
そしてか細く震える声でつぶやいた。
「好きすぎてどうにかなっちゃいそう」
ああ、右腕を骨折していて本当に良かった。
もしも右腕が使えたならば、僕は彼女の肩を抱き、お互いにどうにかなってしまったかも知れないから。
僕に出来ることは、彼女の想いを静かに受け止め、お母さんが帰ってくるまでひたすら耐えることだけだった。
こんなに長くなるなんて思ってなかったんです!
連載にしなくて本当にごめんなさい!
続き
つまらなそうにしているクール系美少女が階段から落ちそうなのを庇い怪我をしたら、家族公認の仲になってしまった
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