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まちがいさがしの夏  作者: 御門 計
8/13

8.七月十日(金)④

 一階に降りて着替えてからグラスを洗う。別にこのぐらい流し台に置いておけば怒られることも無いのだが、後で親に聞かれたときに名前を出せる男友達ならそうしただろう。ただ女の子を家に上げていたことは何となく気恥ずかしいので隠したい。そのままにして男友達が来たと嘘をつく事も出来なくは無いがそれもどこか後ろめたい。


 グラスを拭き上げて棚に戻し、道具の準備に取り掛かる。紙紐やガムテープはコンロ下の収納にゴミ捨て用に纏めてあるのでわかりやすい。ついでに三角形に畳まれたレジ袋も二、三持っていこう。何かと便利かもしれない。


 文房具はリビングにある棚の引き出しだ。鋏とカッターナイフ、一応どちらも持っていこう。


 懐中電灯は来客用の座敷の押し入れから一つ回収、玄関の収納にも一つあっただろうか。玄関の収納を探している途中で小学生の頃使っていた虫籠を見つけた。これは上手い事言い訳に使えるかもしれないと思い持っていくことにする。


 二本目の懐中電灯を見つけて点灯するかを確認する。どちらも問題無い、もし仮に電池が切れることがあればその時はスマホのライトも使おう。


 用意した一式を体操着入れにしているナップサックに詰め込み、持っていくだけの状態にして玄関に置いておく。


 階段を昇り部屋の前で逡巡する。今この扉の向こうには十二天が居る。とっくに着替えは終わっているだろうが、もしまた本を読んだり、あるいは予想もつかない行動をとって着替えるのが遅れ、まだ着替えて終わってないなんてことは無いだろうか。


 自分の部屋に入るのに変な感じだが、一応ノックをすべきか。あるいはしれっと扉を開けて万が一何かあったとしてもその幸せを有難く享受するか悩ましい。


 悩んだ末、軽くノックをして入るぞと声を掛けた。はーいと可愛らしい返事が聞こえる。決して日和ったわけでは無い。紳士を装いたい時だってあるのだ。


 「思ってたより早かったね」


 十二天はベッドに座って本の続きを読んでいたらしい。文庫本を鞄の中へとしまい込んでいる。


 「まぁな」


 「あと三十分もすれば天神岡くんのご両親が帰ってくるんだっけ。その前に出た方が良いよね?」


 そうしなければ俺の努力が無駄になってしまう。と言ってもグラスを洗っただけだが。


 もし親が鉢合わせれば親は息子が彼女を連れて来たと大燥ぎの末、十二天が帰ってからも散々追及、と言うか面白がられるだろう。それは是非とも避けたい。


 「そうだな。さっさと行こうか」


 頷いて鞄と脱いだばかりと思われる制服を持って立ち上がる十二天。先程まで身を包んでいたあの服は、きっとまだ温もりが残っているのだろう、触ってみたい。


 「鞄は一杯なのか?」


 「いや、入れようと思えば入れられるよ。ただこのまま入れたらスカートとか変に皺寄っちゃうかなって」


 先程まで制服が汚れることも厭わなかったのにそういうところは気にするんだなと思った。女子のそういうところは良く解らない。


 「一応レジ袋も用意してるから下行ったらやるよ。気になるようなら新品持ってきても良い」


 「いや、気にしないよ。ありがとね」


 階段下り、レジ袋を渡すと彼女は丁寧に畳まれた制服を袋に入れて、空気を抜いて口を縛ると鞄の中にしまい込んだ。


 「スプレー缶を買いに行くとしたらどこがいいかな」


 「国道沿いにホームセンターが三つある。近いところで歩いて二十分、遠いところで四十分かな。もう一つはその中間くらい。後は一番遠いホームセンターの敷地内に百円均一があるから安く買いたいなら百均かな」


 「百均のだと小さくてあんまり量が入ってないんじゃないかな。ホームセンターの中で一番大きいのはどこ?」


 確かにそうだ。それに小さい物をいくつも買うとなると


 「中間のホームセンターだな」


 「じゃあそこにしよう」


 「そうだ、今日はチャリ持って行って良いか」


 「どうしたの?」


 「帰り遅くなるだろうし、親への言い訳の辻褄合わせにちょっと。鞄は籠に入れてくれて構わないからさ」


 「なるほどね」


 腕を組んで目を閉じて考え出す十二天。何かを考える時に目を閉じるのが癖なのだと言う事に気づく。


 「どうせ自転車持っていくなら、いっそ私も荷台に乗せてもらうとかは駄目かな」


 正直帰り道に遅くなったし乗せていこうかなんて言って二人乗り出来たら良いなと言う下心はあった。


 女の子を後ろに乗せた二人乗りは年頃の男子からしたら同年代の女子とやりたい事の五本の指に入るに違いない。


 それを十二天の方から提案してくるのは想定外だ。二人乗りをすれば身体が密着するのは必然と言って良いだろう。


 それを許容して貰える事自体が心を開いてくれている気がして嬉しく感じる。


 「あぁ、大丈夫だ」


 これが脈有りと言うものだろうかと舞い上がりそうになるのを必死に抑えつつ、扉を開けて十二天に出るようにと促す。


 扉の鍵を閉め、チャリを取ってくると言って十二天に背を向けて歩き出すと後ろからいってらっしゃいと声が聞こえた。彼女は恐らく優しく微笑んでいるのだろう。


 比べて俺はだらしなく顔を緩ませている自覚がある。心臓ばかりが高鳴って煩くて仕方が無い。


 自転車のスタンドがいつもより随分大きな音を立てて跳ね上がった。




続く


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