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まちがいさがしの夏  作者: 御門 計
7/13

7.七月十日(金)③

 「次は描き方だな。まずは円を描いてその後中を描くのが良いと思うが」


 「そうだね。何か紐とかあったりするかな?一人が円の中心で紐の端を持ってもう一人が逆の端を持つ。紐をピンと張った状態でスプレーしていけばコンパスみたいに綺麗な円が描けるんじゃないかな」


 「じゃあそれで行こう。紐は新聞紙捨てる時に使うような紙紐で十分か?」


 「大丈夫と思う。後は円の中心にガムテープか何かで印をつけてそこを通る様に紐を張って円を四等分しよう。四分の一ずつ私がチョークで下書きしていくから、線の上を天神岡君にスプレーして貰おうかな」


 「オッケー。紐とガムテープ、後は紐を切るために鋏かカッターナイフを持っていこう。全部家にある筈だ」


 「暗い中での作業になるから懐中電灯とかあると助かるんだけどどうかな」


 「探してみるよ」


 スプレー缶で描くことを決めると、具体的な描き方は簡単に定まった。


 「あと天神岡は軍手か何か持ってきてね」


 指紋対策の手袋。十二天は昨日持ってきたものと同じ物を使うのだろう。


 「了解。じゃあスプレー缶だけ買えば何とかなりそうだな」


 「そうだね」


 「そう言えば十二天は着替えとかって持って来ているのか」


 「いや、持ってきてないよ」


 「それはちょっと良くないんじゃないか」


 「どうして?」


 「まずスプレー缶の作業の大部分をやったとしても風で細かい飛沫が飛んで十二天の制服を汚す可能性がある。制服をインクで汚すことも良くないし、汚れていればそれが証拠になりかねない。あとこれからスプレー缶を買いに行く時に制服姿だとそれこそ簡単に身元が割れてしまう」


 十二天は目を閉じて黙り込んだ。着替えを取りに家に戻るのが嫌なのだろうか。


 それにしても彼女の目を閉じた姿は綺麗と言うより他に無い。いつまでも見ていられる様な気さえする。そんなことを考えながら見蕩れていると彼女は左目を開けて言った。


 「そこまでする必要あるかな」


 らしくない発言だと思った。初めて侵入した時でさえ指紋対策に手袋を持参していたと言うのに。どうやら余程家に戻るのが嫌なようだ。


 「制服に汚れが付いたら困るだろ?」


 「あたしは別に気にしないよ、週末なんだし洗えば良いじゃん」


 小学生の頃水彩絵の具や墨汁で服を汚して帰った時でさえ綺麗に落ちずに親に怒られたことを思えば、スプレー缶等より汚れが残りそうな物だが。十二天は家事は疎いタイプなのだろうか。


 「買い出しはどうする」


 「お金は渡すから君が買って来てよ。あたしは店の外で待ってるから」


 お金は十二天が出してくれるらしい。チョークで描こうと言っていたくらいだからお金も無いのかと思っていたがそうでは無いようだ。割り勘くらいする覚悟はしていたのだが。


 「良い事思いついた。小さくて着れなくなった要らない服をくれないかな?」


 俺も人並みに成長期で背も伸びたし、着れなくなった服も全部捨てたわけでも無いので何着も残っている筈だ。しかし、男の服を着ることに彼女は抵抗は無いのだろうか。


 「まぁ、そのぐらい構わないけど」


 「ありがとう、正直凄く助かるよ」


 本当にあの家が嫌いなんだなと思いつつ、箪笥の奥やクローゼットからもう着ないだろうと言う服を見繕う。十二天の分だけではなく、自分の分も必要だ。


 「そう言えば何色で描くつもりなんだ」


 「黒かな」


 「夜は全く見えなそうだな」


 「夜なんか何色で描いたって見えないよ」


 それもそうだなと思い、黒色のTシャツとハーフパンツを見繕い十二天に渡した。


 「長袖とかないかな。冷えるの苦手でさ」


 だから雨の日もあんな長い肌着を着ていたのだろうか。正直寒さを感じる季節ではないと思うが。まぁ夜風が心地良い日くらいなら無くも無いかと思いながら黒い長袖を箪笥の奥から引っ張り出した。


 「これでいいか?」


 「ばっちり、ありがとう」


 「じゃあ俺は他に持っていくものも用意してくるから十二天はここで着替えてくれ。ついでにグラスも洗ってくる。準備が終わったら買い物に行こうぜ」


 自分の分の着替えを持ち、グラスを下げようとしたところで十二天に止められた。


 「待って。まだ下げないで」


 そう言うと彼女はグラスを手に取って、グビグビと品が無いわけでもちびちびとあざといわけでも無い、自然な速度と仕草で烏龍茶を飲み干した。


 「ご馳走様」


 手渡された空のグラス、特に十二天が口をつけていたところに、口紅やリップが付いている訳でも無いのにどうしても目が行ってしまう。


 「じゃあ俺は一階で用意してくるよ」


 そう言って自分の分の着替えを脇に挟め、グラスを持って部屋を後にする。邪な考えばかりが浮かぶ。洗われるべきはグラスでは無く俺の内心の様な気がする。どれだけ洗ってもこのグラスの様に透き通りはしないのだけれど。



続く

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