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まちがいさがしの夏  作者: 御門 計
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6.七月十日(金)②

 同世代の女子を家にあげるのは小学校の時以来だ。当時は男子と女子の区別もまだ曖昧で、大きく友達とくくっていたから緊張することは無かったが、中学三年にもなれば色々なことが変わってくる。


 リビングや客間が片付いている状態ならそちらへ上がってもらうのが筋だろう。ただ天神岡家には平日に来客が訪れること等殆どなく来たとしても新聞屋か光熱費の徴収くらいだ。親類等は隣の祖父母宅へ行く。


 両親が共働きかつ来客がほぼ来ないとなれば、掃除や片付けの類の様な家事が週末に纏めて行われることも致し方無いだろう。掃除がされておらず、取り込んだ洗濯物が畳んだまま置かれていたり、昨晩洗濯した衣類が部屋干しされている部屋に十二天を上げる勇気は俺には無い。


 そんな状態なので、玄関入ってすぐの階段を上り左手にある俺の部屋に十二天を案内するのは自然な事だと思う。


 「お茶用意してくるから適当に座って待ってて」


 冷房をつけてからそう言って階下のキッチンへ向かう。ウーロン茶を冷蔵庫から取り出し氷を入れた来客用のグラスに注いだ。こういう時はお茶菓子も出すべきだろうが、買い置きの菓子類の中から何を持って行くか悩ましいところだ。悩んだ末カントリーマームを袋ごと引っ掴んで自室へ戻った。


 十二天はベッドに座って待っていた。但し想定外だったのはその手には見慣れた表紙の文庫本があることだった。


 「あぁ、ごめんね。気になったからちょっと借りちゃった」


 そう言って十二天は本を閉じた。本棚に収まっていた筈のそれは俺が小説を読むようになったきっかけの児童小説作家の書いた一般小説だった。


 ちょっとオカルト要素があるから十二天の琴線に触れたのだろうか。


 「どう思った?」


 「んー、天神岡くんって小説読んだりするんだなって」


 そういう意味で聞いたつもりではなかったのだが。


 「いや、中身の話」


 「そうだね、まだ少ししか読んでないけど面白そうだなと思ったよ」


 「なら貸そうか?」


 本をきっかけに更に話をと言う思惑が無いわけでは無いが、どちらかと言えば好きな小説家の作品を面白そうと言って貰えたのが素直に嬉しかった。後は教室でUFOや宇宙人についてなんて本を読んでいるより普通の小説を読んでいる方が周囲の見る目もいくらかましだろうと言うのある。


 「え、いいの?」


 「あぁ」


 「ありがとう。週明けには感想言うね」


 彼女は微笑みながらそう言った。今までで一番年相応の少女らしい、透明感のある微笑みだった。


 どうやら最後の目論見はご破算の様だが、それだけ興味を持って貰えているのだから不満は無かった。


 「楽しみにしてる。じゃあそろそろ作戦会議始めるか」


 「そうだね」


 「まず書きたい図形の設計図かなんかはあったりするのか」


 「ちょっと待ってね。はい、これ」


 彼女は鞄からクリアファイルを取り出した。中のルーズリーフには円の中にローマ数字やギリシャ文字の様なものが散りばめられている。


 「かなり複雑だな。なんて書いてあるんだ」


 「これは呼びかけの言葉や信号、それと座標をある規則に沿って円の中に配置した感じだよ」


 残念ながら俺の頭では少し考えただけではその規則は掴めなかった。どう見てもランダムに配置したようにしか見えない。


 「オッケー。描くのにかなりの時間がかかりそうだけど、本当に在り物で描くつもりだったのか?」


 「まぁ私一人なら放課後直ぐにでもあそこに入れるからね。チョークで書くつもりだったんだよ。いくらでも拝借できるし消そうと思えば消せるし。ライン引きとかあると良いのかなとも思うんだけど」


 どうやら十二天はいつまでも模様を残しておくつもりは無いようだった。確かに小学生の頃はチョークでアスファルトに悪戯書きをした記憶があるし、工事現場の目印なんかにも使われていて想像はしやすい。


 「確かに悪くは無いが残念ながら土日は雨だ。結構降りそうだから折角描いてもかなり消えてしまうんじゃないか」


 「まぁ雨で消えそうだなってのはネックなんだよねぇ」


 ううんと腕を組みながら悩んだ末に、十二天が言った。


 「じゃあいっそスプレー缶かなんかで描くのはどうかな」


 確かにコンクリートにスプレー缶で描くのは可能だろう。この辺りでも頭の悪そうな落書きは偶に見かける。


 「それだといくら何でも消えな過ぎるんじゃないか、もし見つかったりしたら大問題になる気がするが」


 「あの場所は基本生徒には隠されてるわけじゃない?だったら仮に見つかったとしても大騒ぎになる様な事にはしないんじゃないかなって。それに証拠なんて残すつもり無いしね」


 確かにそれは一理ある。昨日の段階で指紋のことまで考えていたくらいだ。滅多なことが無い限り証拠が残る様な事にはならないだろう。


 「十二天は自己紹介でUFO探しが趣味とまで公言してるんだ。もし見つかったら真っ先に疑われるんじゃないか?」


 「まずあそこは女子トイレが入り口である以上生徒がいるの可能性のある時は業者の人を入れられない、部活も何も無い完全に閉校してる時にしか人が入る事は無い筈だよ。そう頻繁に人が出入りしている訳じゃないから鑑識でも入らない限り時期の特定は難しいんじゃないかな」


 女子トイレで生徒と作業着のおじさんが鉢合わせなんてことになればそれこそ大問題になるだろうし、十二天の推測はある程度的を射ていそうだ。


 「見つかるとしたら早くて今年の夏休みかな、完全閉校日もあるしね」


 「もう直ぐじゃないか」


 「ただあくまで最短の話であって、別に屋根に問題が無ければ業者が工事に入る必要も無いからね。それに天神岡くんも図を見てこれが何を意味するかは分からなかったでしょ?見つかった時のリスクも考えて一応暗号みたいにしてるんだ」


 「確かにこの図が宇宙人を呼ぶ為の物だとは見ただけではわからないけどさ」


 十二天にはどうやら周囲から奇異の目で見られている自覚が無いらしい。仮にあったとしても圧倒的に足りていない。


 ただ容疑者として名を挙げられても証拠も無いし、しらを切り通すつもりなのだろう。


 「わかった、じゃあUFOが見つかったら直ぐに消そう。もし見つからなくてもお盆過ぎたら消す。これでどうかな」


 何時までも放置していれば見つかるのは必然だろうが、比較的短期間なら見つかるリスクは確かに下がる。一番工事を入れやすそうな夏休み期間と言うが気になるが、仮に見つかったとしても十二天や俺が犯人と断定されることが無ければ問題ないと考えれば妥当な落としどころなのかも知れない。


 「わかった、ちなみにどうやって消すんだ?」


 「ラッカーなら有機溶剤で溶かしてから擦るとかかな」


 結構な重労働になりそうではあるが仕方が無い。


 「まぁ描くのに加担するんだ。消すのも手伝うよ」


 「ありがとう、君は優しいね」


 十二天はそう言って微笑んだ。先程の透明感のある微笑みとは違い、どこか含みのある小悪魔の様な微笑みだった。



続く

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