2.七月八日(水)
2.七月八日(水)
翌朝登校したところ十二天は既に着席していて、昨日買っていたUFO関連の本を読み耽っていた。ブックカバーもかけずに読んでいるものだから、周りの皆から刺す様な視線をひしひしと感じる。もっとも十二天本人は他者からどう思われるかなんて全く興味が無いようだった。
おはようと挨拶してみるが返事は無かった。よっぽど集中しているらしい。
あまり執拗に声をかけて俺まで悪目立ちするのは避けたいので、それ以上深追いはしなかった。
昼休みになるとお調子者で通っている男子生徒が十二天へ話しかけると言う暴挙を働いた。相変わらず本を読んでいる彼女へ強引に話しかける。
十二天も流石に気付いたのか、どうかしたのと返事をした。反応があったことで調子づいたお調子者はマジでUFO探してるのとか、連絡先交換しようよとか、今度の土日遊びに行かないとかとにかくガツガツ当たっていった。
それに対して十二天はそうだよとか、スマホ持ってないんだとか、家族と用事があるんだとか、冷たい印象は与えない程度に、だがしかし愛想は薄く淡々と答え、そして本の世界へ戻っていった。
哀れ玉砕したお調子者は、クラスでしばらくの間勇者と呼ばれることになり、今後彼女にアプローチする男子生徒は居なくなったのであった。
放課後になると十二天はすぐに席を立った。おそらく図書室へ向かうのだろう。目立たないよう適度に間隔をあけてついて行く。
予想通り図書室に向かっていったので入る直前に声をかけた。
「十二天、手伝うって何をすればいいんだ」
図書室に入ってから会話をすれば人目に付く。勿論全く話さないと言うのは無理だろうが、ある程度ここで十二天の意思を確認しておきたい。
「天神岡くん、本当に来てくれたんだ。えーと、この学校とか、この辺りの空撮写真を探そうと思って」
この学校の空撮写真と言うことは未だに屋上を探すことを諦めていないのだろう。この付近全体となるとUFOを呼べる敷地探しだろうか。
「郷土資料のコーナーにならあるかも知れないな、市の何年史とか、手分けして探してみようか」
「そうだね」
そう言って図書室に入る。この入り方なら室内でああでもないこうでもないと話す必要もないし、接触は最低限に抑えられるはずだ。
そこからは地味な作業が続いた。それらしい本を取ってはパラパラとめくり、棚に戻す。一時間程その作業を繰り返したところで彼女が声をかけて来た。
「天神岡くん、これってこの学校だよね」
そう言って見せて来た写真は確かにうちの学校を上空から写したものだった。そして屋上などないと思っていたが、屋根の中にほんの一部だけ正方形の屋根の張られていない部分があった。
「確かにうちの学校だね、このコンクリートっぽい正方形のところが屋上なのかな」
「多分そうだよ、これだけの面積の屋根をちょっと修繕したいなってなった時に一々足場組んでってなると大分お金かかっちゃうと思うし、ちょっとした修繕ならすぐ出来るように勝手口みたいな感じで残してるんじゃないかな」
確かにその説明には納得できる。十二天は意外と頭が切れるタイプらしかった。
「多分ここだと学級棟ですね。階段かトイレか、空き教室あたりかな」
「この写真スマホで撮っておいてもらえるかな、あと今からそのあたりに行ってみよう」
言われた通りスマホに空撮写真を収め、図書室を後にした。
学級棟に戻り、まずは階段付近を調べてみることにした。普通に屋上がある学校であれば、最上階から更に上れる階段なんかがあって、そこに屋上へ行ける扉があったりするのだろう。もっとも生徒が自由に出入り出来るのなんてフィクションの中だけで、大抵の学校では鍵がかかっているものだろうが。
「それらしいものは何もないね」
十二天は階段の壁を叩いて隠し扉になっている部分が無いかまで調べて言った。彼女は探偵か何かなのだろうか。
次に男子トイレと女子トイレを二手に分かれて調べることにした。男子トイレはいつも使っている通り怪しいところなど何もない。早々にトイレを出て十二天を待っていると彼女は興奮した様子で飛び出してきた。
「天神岡くん!スマホ貸して!」
いきなりの頼み事に少し面を食らってしまう。スマホはプライバシーの塊であり、他者に自由に使える状態で渡すのはかなり気が引ける。
「カメラ使うだけだから!お願い!」
要するに、気になるところがあるから写真に収めたいとのことだった。まぁ十二天が俺にスマホを借りたとして悪意を持って何かをするようには見えないのでカメラアプリを開いた状態にして渡してやった。正直見られたくない物が入っていないわけではないので、渋々ながらにである。
ありがとうと短くお礼を言った後女子トイレに帰っていく十二天。もし十二天が男であればノリノリでスマホ片手に女子トイレに入っていく様は通報物だな等と下らないことを考えているうちに彼女はすぐに戻ってきた。
「見て、トイレに入って左のところに用途の分からない扉がある。ご丁寧に鍵までかかって」
確かに十二天の撮ってきた写真には扉が写っている。男子トイレにはこのような物はなかった。
廊下から見て左側が男子トイレ、右側が女子トイレだ。女子トイレに入って左側と言うことは男子トイレと女子トイレの中間と言うことになる。間に空間がありそこが屋上へ行く隠し階段となっている。あり得無い話ではなかった。
「二つ問題がある。まず第一に俺は女子トイレに入れない。第二にこの扉には鍵がかかっているんだろう?それを開ける鍵を入手する術がない」
「鍵の問題は確かに鍵を入手するのは難しいと思うよ。教務室で管理されているんだろうけど、部活動で使うような場所の鍵なら兎も角、生徒に隠してる場所の鍵に簡単に生徒が近づけるとも思えないし。ただオーソドックスなタイプの錠だし、鍵なんてなくても開けて入れると思うけどね」
ピッキングでもする気だろうか。と言うかどうしてそんな技術を持っているのだろうか。気になるところだがあまり深堀りするのも気が引ける。
「仮に十二天が扉の鍵を開けられるとして、放課後と言えど残っている生徒が居ないわけじゃない。他の生徒に鍵を開けてるところを見られてもアウトだ。勿論、俺が女子トイレに入っているところを見られれば俺は社会的に死ぬ」
十二天は腕を組んで考えるポーズを取る。まるで中年男性が取るような中学生女子に似つかわしくないポーズだが、彼女の容姿のせいか酷く可愛らしく見えた。
「とりあえず人目がつく時間帯に調べる訳にいかないことはわかった。鍵を開けるにしても準備が必要だから今日の所は帰ろっか」
そう言って十二天は階段を下り始めた。離れてついていくか隣を歩くか逡巡し、彼女と二段開けてついていくことにする。
帰る方面が同じな為、特に許可を取るわけでもなく十二天の後ろについていった。彼女も方もそれについて特段言及してくることもない。学校が見えなくなった辺りで距離を縮め、隣を並んだところで彼女から声がかかった。
「先生達っていつも何時くらいに帰るのかな」
人目がつく時間に調べられないのなら誰もいなくなってからと言うことだろうか。確かにうちの学校は宿直がいたりするわけでは無いので教師が全員帰ってしまえばあとは誰に見つかる心配もない。
「バスケ部やバレー部は九時前まで夜練してたりするから、そのぐらいまでは誰かしらは残っているんじゃないか」
「そっか。じゃあ明日は夜九時半に学校に集合しよう」
どうやら本気で不法侵入する気らしい。
「セコムとかかかってるだろ、通報されたらどうするんだ」
夜の学校に忍び混んだのが露見すればただでは済むまい。現役の生徒だから多少のお目こぼしはあるだろうが、それでも先生に怒られましたで済むとは思えなかった。
「大丈夫だよ、教室棟にはその類のセンサーは無かったから。教務室や職員玄関の辺りにはあるだろうけどね」
どうやらそこまでチェック済みらしい。探偵と言うより泥棒の所業だった。
「やばそうだったら辞めるからな」
「それでいいよ」
こうして夜の学校に不法侵入することが決定してしまった。家を抜け出す事自体はランニングとか適当な言い訳で抜け出せるだろうが本当にこんな事をしていいのだろうか。
「今日もありがとう、また明日ね」
集落の入り口についたところで十二天と別れた。去っていく後ろ姿には清楚とか可憐と言う言葉が良く似合う。黙っていればまるで百合や菫の様な可憐な女子なのになと思いながら帰路に就いた。
続く