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まちがいさがしの夏  作者: 御門 計
13/13

13.七月十日(金)⑨

 屋上へと続く二つの扉の鍵を閉めたりチョークを各教室に戻したりと帰り支度には思いの他時間が必要だった。


 学校に着いた時には影も形も無かった更待月が東の空から昇ってきている。


 「家まで送って行けばいいか?」


 本音を言えばもっと二人で夜の空気を吸っていたいところだが、邪な気持ちを心の奥に追いやって言った。


 「そうだね、お願いしていいかな」


 同居人達と上手くいっていない十二天から延長を申し出て来ないかなんて言う淡い期待は簡単に打ち砕かれた。


 本日三回目の二人乗りは相変わらず胸が高鳴るものだったが、高揚と同じくらい家まで送ったら終わりという寂しさが心を占める。


 自転車がふらつかない様にある程度の速度は出さなければならないが、可能な限り速度を落として走る。それでも昨日相合傘で歩いたことを思えばずっと早いのだが。


 「ねぇ!あそこに落ちてるの何かな」


 気分が高揚すれば時間の経過は早く感じるが、焦りもまた時の進みを早めるななどと考えていたところで、耳の後ろから十二天がやや大きい声で呼びかけてきた。


 自転車を止め、彼女が指さす先へと向かう。昨日彼女が綺麗と言ったハロゲン灯の下で一匹のカブトムシが照らされていた。


 「結構大きいな」


 ひっくり返って藻掻いているカブトムシを起こして摘まみ上げると、キィキィと音を立てながら空を掴もうと必死に足掻いた。


 「これってカブトムシ?」


 「そうだよ」


 「森とか林とかに居るんだとばっかり思ってた」


 そう言って十二天は興味深そうにカブトムシを見つめた。


 「ひょっとして実物見るのは初めてか?」


 「うん。向こうには居なかったし」


 産まれてこの方ずっと田舎で暮らしている身としてはカブトムシを見たことが無いと言うのは信じがたいことだった。


 「この辺りだと夜になると灯りに飛んでくるぞ」


 街灯に飛んでくることは良くあるし、家の網戸に飛んできたという者さえいる。カブトムシやクワガタムシは有り触れた夏の風物詩だった。


 「なんか良いね。こういうの」


 「十二天は虫とか大丈夫な方なのか?」


 「あんまり触れて来なかったけど少なくともこの子は格好いいなと思うよ」


 余程珍しいのだろうか、十二天は相変わらずカブトムシをまじまじと見つめている。


 「持ってみるか?」


 そう問いかけると軽く頷いたので、カブトムシをそっと地面に放してやる。


 「小さい方の角を持てばまず大丈夫だ。脚先の爪は鋭いし力も強いから触れないようにな」


 十二天の白く細い指がカブトムシを優しく摘まみ上げた。


 「おおー、硬いね」


 「まぁ甲虫って言うくらいだからな。ちょっとそのまま持っててくれるか」


 そう言って俺はナップサックから虫籠を取り出した。


 「それどうするの?」


 「あー、持って帰ろうかなって思ってさ」


 中学三年にもなってカブトムシを捕まえて帰るのは流石に引かれるだろうかと不安になる。


 「虫籠まで持ってきて準備良いね」


 「十二天を送った後に捕まえて帰ろうと思ってさ。なんで遅くなったか親に言い訳するのに丁度良いなって」


 こんな時間まで一人で虫取りに行くわけが無いと親は当然思うだろうが、虫取りであれば男友達と一緒と何も言わずとも思って貰えるだろうと言う思惑もある。


 「連れて帰るなら名前付けてあげないとね。そうだね……、かぶくんにしよう」


 どうやら十二天の中ではカブトムシを飼うことは許容範囲らしい。しかしカブトムシにかぶくんとは考えた間は一体何だったのだろう。犬にとりあえずポチと名付けるくらいの安直さだった。


 「じゃあかぶくんにするよ」


 「大切にしてあげてね」


 正直カブトムシに名前を付けた記憶など無いのだが、ここは黙って従っておこう。


 「じゃあそろそろいこっか」


 そうだなと合わせながらナップサックと虫籠を自転車の籠へ入れサドルに跨ると、荷台へ十二天が当たり前の様に腰を掛ける。


 車体に乗った女の子一人分の重量や身体に回された細い腕。彼女の存在を鮮明に感じると同時に、この橋で止まるまではいかに自分に余裕が無かったかを思い知らされた。


 十二天の感触を堪能しながら自転車を漕いでいるとあっという間に彼女の住む家へ着いてしまった。


 「今日もありがとね」


 「こっちこそありがとう。楽しかったよ」


 「借りた本ちゃんと読むからね」


 「おう」


 「じゃあまた来週ね。おやすみなさい」


 そう言って彼女は勝手口から家の中へと消えていった。


 戸が閉まるのを見届けてから自転車を漕ぎ出した。


 走りながら思ってたよりも寂しくない事に気付いた。あのまま何もなく帰っていたらきっと今よりは寂しかっただろう。


 こいつには上等な部屋を用意してやらないとな等と考えながらペダルを漕ぎ続けた。




続く

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