1.七月七日(火)
1.七月七日(火)
「初めまして、十二天光じゅうにてんひかりです。出身は神奈川県、趣味はUFOを探すことです。皆さんよろしくお願いします」
七月七日、七夕の日に転校してきた彼女は自己紹介の挨拶でいきなり爆弾を投下した。近々転入生が来ることは噂されていたし、どうやら女子らしいと言うのが分かった時には大体の男子が浮ついていた。可愛い子だと良いななんて皆期待していたし、事実彼女自身の容姿は想像、いや妄想の上を行った。さらさらと長く美しい艶のある黒髪ロングに透き通る様な白い肌、すらりと脚の長く華奢な体躯、首から上もさながらアイドルの整った顔立ちにぱちりと開いた目、それでいて派手で下品な不良連中とは一線を画す品のある立ち姿なのだからもう完璧というより他なかった。
彼女が教室の戸を開けてから教壇の前に立った時まで、このクラスの男子全員が唾を飲み込んだに違いない。だがそれも口を開くまでの間までしか持たなかった。明らかに普通と違う、頭のおかしい彼女の発言を受け、我ら男子の心の中で膨らんだ何かはあっという間に萎れてしまっただろう。
「と言うわけで本日からクラスの一員となる十二天さんだ。皆仲良くするように」
普段から仏頂面で不機嫌そうな担任の板貝も、言葉の上では取り繕っているが明らかに引いているのがわかる。板貝の引きつった顔がツボに入ってしまい、笑いを必死に堪えていたのだが不意に板貝に名を呼ばれ現実へ引き戻された。
「十二天の席は一番後ろ、天神岡の隣だ。面倒見てやれよ」
前回の席替えで運よく最後列、それも窓側から二番目の列と言う好位置を引いたのが仇になった。うちのクラスは奇数人だったため、一番窓側の席は空席だった。実質一番窓側の最後尾と言う非常に贅沢な環境を享受していたのだが、そこにこんな見た目だけ良くて見える地雷をぶら下げた女が越して来てしまった。とんだ誤算だった。
「天神岡君?よろしくね」
窓側最後尾と言うベストポジションをあっさり手に入れた十二天は此方を向いてにこりと微笑んだ。
先程の自己紹介で十二天の奇人っぷりは充分伝わってきた。中三にもなってUFOを探すのが趣味なんて平然と初対面の大人数の前で言ってのける女が普通な訳が無い。
それでも、彼女の微笑みは反則だった。彼女の内面にはおそらく幾つもの欠点が隠れているはずだ。それでもそんな疑念を全て包み込んで見えなくしてしまう、目が眩むような微笑みだった。
転校生の彼女は当然教科書など持ち合わせておらず、今日一日机を合わせて教科書を見せてやることになった。既に彼女の魅力に当てられている俺としては平静を装いつつも心臓が高なって血管の一つや二つ破れるんじゃないかと心配になる程だった。我ながら単純な男である。
普通の転校生であれば休み時間等にはクラスメイトが集まってきて俺の席周りなぞ五月蠅くて居られないくらいになる筈なのだが凡そそんな気配はない。男子からも女子からも怪訝な視線を感じる。男子はまだ下心を理性で抑え込んでいる様な状態で済んでいるが、女子の中にはこのクラスに新たに紛れ込んだ異物をどう処理してやろうかと言う敵愾心丸出しの視線を向けてくる者も居る。
これだけの容姿にあのような悪目立ちの仕方ではそれも詮無いことかもしれない。そして彼女が悪目立ちしたおかげで彼女に今のところ誰も寄り付かないと言うのは俺からしてみれば僥倖なのかもしれないとさえ思った。
当人だけを置いてけぼりにして様々な思惑が交錯し鬩ぎ合い、結果的に何事もなく今日の課程は終了した。
担任の板貝から帰りのホームルームの際、十二天に校舎を案内してやってくれと既に今更なんじゃないかと言う依頼の使命を受けた。一部の男子から羨望の眼差し、大多数のクラスメイトからは同情とも憐みとも呼べる視線、そして過激な一部女子からは余計な事をするなと言う恫喝に近い睨まれ方をした。
「それじゃ十二天、校舎を案内するよ」
このままここに長居すれば悪口大会の開催が遅れ、一部の女子から一層顰蹙を買いそうなので早々に退散しようと思い早速声をかける。
十二天は何も気にしていないであろう自然体でお願いねと言い、俺の後ろをついてくる。
足早に教室を退散し校舎内の案内を開始する。俺達の通う学校は学級棟と特別棟に別れている。両方とも三階建てで、学級棟は一階から一年教室、階数が上がると二年、三年と学年が上がっていく至ってあり触れた造りだ。教室は全部で四つあるが、一学年三クラスのため一番手前の教室は使われていない。
学級棟の一番玄関寄りには給食室があり、それぞれの階の受け取り口へ給食専用のエレベーターを用いして昇降する仕組みになっている。一階に降り、生徒玄関を過ぎると教務室と校長室その奥に職員用玄関がある。一階だけは玄関がある都合上広く作られているが、二階三階はただの渡り廊下だ。
職員用玄関を過ぎて角を折れれば特別棟である。一階の特別棟の突き当りに体育館の入り口があり、こちらは学級棟の一番奥側の廊下から歩いてこれる。特別棟には理科室、家庭科室、美術室、音楽室、PC室、図書室、木工室などの特別教室が存在している。トイレに関しては学級棟と特別棟の各階に男女各一つずつ備えられている。
歩きながら説明を聞く十二天は至って真面目で、それでいて親しみやすかった。説明すれば相槌や返事で意思疎通がきちんと図れるし、突拍子もないことも言い出さなかった。特別棟の三階まで説明を終えるところまでの話だったが。
「天神岡くん、この学校に屋上は無いのかな」
普通の転入生が口にするならなんて事の無い興味本位の質問だと思っただろう。ただ十二天が言うとまたあのUFO発言絡まりのことなのかなと勘ぐってしまう。UFOを探すと言えば広く開けた土地か、高所に昇るものと相場は決まっているだろうからだ。
「残念ながら、この学校に屋上は無いよ」
少なくとも俺の知る限り、この学校に屋上と呼べるものは無かった。外から見ればわかるがこの学校は全面がなだらかな屋根で覆われていて、良くある屋上で叫ぶとか、昼食を取るとか、そんなスペースは物理的に存在しないのであった。
十二天は腑に落ちては居ない表情だったが、わからないことを考え続けていても仕方ないと諦めたのかそっかと軽く返事をした。
これで彼女の案内と言う役得も終わりかと思うと名残惜しかった。最後の発言を除けば彼女の行動や言動は美少女の者として完璧とさえ言えた。最後の発言が無ければ今朝の自己紹介はウケ狙いのジョークを皆が真に受けて滑ってしまっただけだったんじゃないかとさえ思っただろう。
「ねぇ、天神岡君。この後時間あったら少し付き合ってくれないかな」
名残惜しいと思っていたら十二天の方から延長の申し出だった。部活は六月の地区大会で予選敗退しとっくに引退していたし、特に何か予定が入っているわけでもない俺は二つ返事で応じた。
「教科書を買いに行かないといけないんだけど、学校指定の本屋の場所がわからなくて、連れて行って欲しいんだ」
思いの外真面目な用事だった。教科書を見せるぐらい俺が毎日見せたっていいとさえ思うのだが流石にそれが許されるわけがない。
若干肩透かしを食らった気分だが、まぁ考えようによってはこんなに可愛い子と帰り道を歩くと言うだけで、今まで彼女が出来たことない俺としてはテンションの上がるものだった。
「わかった。ここから十五分くらい歩くけど大丈夫かな」
「大丈夫だよ、じゃあよろしくお願いします」
本屋に向かって歩く途中に話していて気づいたことがある。うちの学校は夏服は白のワイシャツに男子は指定ズボン、女子は指定スカートとなっている。
十二天は転入に当たり教科書を揃える暇もなかった筈だ。普通であれば制服が仕上がるまでは前の学校時代の制服を着てきたりするものではないだろうか。
それなのに彼女はしっかりとうちの学校の指定スカートを履いていた。それも明らかに新品ではない。みすぼらしいとまでは言わないがそれなりに使い込まれている。
出身は神奈川と言っていたが、此方に親類でもいるのだろうか等と思いつつ、流石に初対面で家族構成まで踏み込むのはデリカシーが無いと思い訊くことはしなかった。
本屋に着くと既に学校側と話しが付いていたのか、店主のおじさんが教科書と資料集一式を纏めてくれていた。紙袋二袋分、値段も良い値段だった。
てっきり教科書だけ買いに来たのかと思ったが、十二天は会計をする前に他の本も見させて欲しいとおじさんに言った。店主のおじさんは勿論どうぞどうぞと言いレジの中の椅子に腰を下ろす。
正直この本屋は本当に商品が回転しているのか怪しいくらいに人が来る印象が無い。この本屋に果たして買う価値のある本があるのか甚だ疑問だった。
十二天は案の定オカルト関係や超常科学といった分野の本を探しているようだった。中には何年前から陳列されているのか分からない背表紙が日焼けした本も散見される。
彼女は真剣に吟味した後、宇宙人関連とUFO関連の本を一冊ずつレジへ持っていき教科書と纏めて会計した。
会計を終えて店を出たところで、紙袋を持とうかと声をかける。教科書類一式となるとそこそこ重い。
「そうだね、一つお願いしても良いかな。と言うか私ここから自分の家までの帰り道がわからないんだけど……、帰り道も案内お願い出来ないかな」
学校から本屋までの道がわからないのだから帰り道がわからないのも当然と言えば当然だった。案内する分には一向に構わないので十二天の住んでいる集落の名前を聞いた。ここから歩いて三十分程かかるところだったが、幸い俺の家と方面は同じだった。
「そう言えば十二天はスマホは持ってないのか」
今時スマートフォンさえあれば大抵の場所はわかる筈なのだが。この田舎でさえ中三女子のスマホ普及率は九割に迫るくらいだ。まして神奈川の様な都会に住んでいた年頃の女子がスマホを持たずにいることが想像できなかった。
勿論、ここで持っていると十二天が言えば連絡先を交換したいとの下心もあった。
「スマホは無くしちゃってね。週末に新しいのを買いに行くことになってるんだ」
残念ながら今は持っていないらしかった。
「そういえばさ、さっきもUFOの本とか買っていたけれど、自己紹介の時のあれってどのくらいガチなの?」
おそらく九分九厘彼女は本気なのだと思うが、一応聞いてみることにした。
「え?UFO探しのこと?ガチだよ。と言っても最近始めたばっかりなんだけどね」
どうやら最近始めたばかりらしい。もっと昔から頭の螺子が飛んでいるのだとばかり思っていたので正直意外だった。
「あと、どうしてUFO探そうなんて思ったんだ?」
「それは流石に言いたくないなぁ。そうだ、天神岡くんも手伝ってくれるならその内教えてあげるよ」
UFO探しのお誘いを受けた。まぁ本気で探すかは兎も角として、この誘いに乗っておけばこれからも継続的に彼女と接点を持つことが可能だろう。
部活を引退してすぐに受験勉強に切り替えられるようなタイプでも無いし、どうせ遊んでしまうのなら可愛い女の子と遊ぶ方がいくらか有意義だ。
「いいよ、俺に何が出来るかはわかんないけど」
十二天は少しだけ驚いたような表情を見せた。まさか自分から誘っておいて乗ってくると思ってなかったんじゃないだろうな。
「ありがとう。じゃあまず明日の放課後に図書室に付き合ってもらおうかな」
すぐに表情を元に戻し、十二天が言った。今日も本屋でそっち系の本を探していたし、その続きと言うことだろうか。それくらいなら俺にも出来そうだ。
了解と答え、何を話せばいいのか分からなくなったので無言のまま歩く。おそらく彼女には何かがあり、そしてその地雷は踏まぬが吉だ。下手を打つくらいなら多少の気まずさは我慢して美少女と二人で歩いている現実を心の中で堪能しようではないか。
十分くらいだろうか、ほぼ無言で歩いていた。勿論不自然でない程度に浅い話を振ってみたりはしたし、彼女の方もそれに対してきちんと反応はあった。ただ先程の様な踏み込んだ話は一切しなかった。
十二天の言った集落に着いたので、ここから先は道はわかるかと聞いたところ首肯した。じゃあ家まで送るよ、荷物もあるしさと押しつけがましくならない程度にここで帰ったりしないと意思表示してみる。
十二天はそれに対して特に何も思うところが無かったのかありがとうと言って集落の中を進み始めた。
「ここが私の家」
そう言って立ち止まったのは立派な日本家屋の家だった。この集落の中でも一番大きいのではないだろうか。
「じゃあ、また明日ね。今日一日沢山面倒かけちゃったね、ありがとう」
どういたしましてと言って彼女に預かっていた紙袋を渡すと、彼女は勝手口から家に入っていった。
続く