星の瞳①
お嬢様、と呼ばれた気がした。
久しく聞かない言葉だ。けれど私はそれを、フレイの声だと、ごく自然に思った。あの広い屋敷の中であっても、私に話しかけることが許されているのは片手に収まる数しかいなくて、「お嬢様」なんて呼ぶ人に至っては、侍女頭で本当の姉のように育ってきたフレイしかいない。
お嬢様。その声を聞かなくなって久しかったとしても、私の中でその呼び方はフレイだけのものだった。
「お嬢様!お目覚めください、朝ですよ」
シャッ!と小気味よい音と共に、視界が明るくなる。カーテンを開けたのだ、と反射的に理解する。眩しい。まだ全然寝足りない。疲れているのに、と内心で愚痴をこぼして、私はうっすらと目を開ける。
「眩しい、フレイ…………」
「いい朝ですよ、お嬢様。お披露目会にはピッタリですね!」
かぶろうとしたふかふかの羽毛布団はあっけなくフレイに奪われる。私はうめき声をあげ、のろのろと起き上がった。
そして、ようやく気付く。
「………………、待って、お披露目会?」
「はい。楽しみですね。さ、お嬢様、準備もございます。まずはお顔を洗いましょう?」
にこにこと笑うフレイの顔は記憶とまるで変わらなくて、私は激しく困惑する。
お披露目会?それは確か五歳の時で、フレイは確かに生きていて、でも、五歳なんてずっと前のことだ。十二年も……………。
「フレイ、…………私は今、五歳であってる?」
「はい!本日五歳を迎えられました。おめでとうございます、お嬢様。今後もお嬢様の人生にたくさんに幸せがあることを、フレイは願っておりますよ!」
「五、歳………………」
おかしい。私は確かに十七歳だった。
息を吸う。頭がおかしくなりそうだ。一旦整理しよう。
五歳を迎えたとき、お披露目会があった。これは確かだ。星の生死を刻んだような黄金の瞳は、まさしく妖精王の瞳で、私は数百年ぶりに生まれた瞳の適合者、すなわち花嫁の器。生まれた瞬間から妖精王の伴侶として生涯添い遂げ、それと同時に聖女として、帝国を守護する役目を背負っている。至上の栄誉、そう教えられてきた。
七歳になれば、学校に行けるはずだった。けれど妖精王が渋って、私はそのまま神殿に入ることになった。これもよく覚えている。せっかく魔法や学問に触れられると思ったのに、妖精王のご機嫌伺いのために私の入学はなかったことになった。神学校にすら行かせてもらえなかった。王は花嫁の器の誕生を心待ちにしていて、片時もそばから放したくなかったかららしい。
そして十三歳になって、あの惨劇が起こった。理由は本当にくだらない。自分より楽しそうに会話しているのが気に食わなかったから、王は私の身近な人をすべて殺した。父様、母様、大神官様、フレイも、お姉様でさえも、みんなみんな、無残に殺した。
だから私は、復讐を誓った。
………そうだ、私は妖精王を憎んでいた。私から学問を奪ったばかりか、大切な人も、その人たちの未来も夢も奪ったあの化け物を、心から憎んでいた。
ああ、思い出した。
だから私は、十七の誕生日、王に向かって言ったのだ。賭けをしないか、と。
十八を迎えれば晴れて成人と認められる。そうすれば、私の未来は確定してしまう。人の皮を被ったあの傲慢で醜悪な化け物のそばで、在りもしない愛を語る仕事。そんなのは絶対に嫌だった。あの誕生日会では花嫁の衣装合わせもあり、王はたいそう機嫌がよかった。今しかない、そう思った。
夜明けまで私が逃げられたら勝ち。その前に王に捕まったら負け。負けた方は、勝った方の願いをなんでも一つ叶える―――
王は快諾した。いいだろう、と。戯れだと思ったのだろうし、王には勝つ自信があったから。
いくら花嫁の器とはいえ、私は人間。神に列するあの化け物に敵うはずもなく、それは初めから勝敗の見えた賭けだった。だから王は乗ったのだ。私とて、勝つつもりは最初からなかった。ただ、負けるつもりもなかっただけで。
ただ、そこからの記憶が曖昧だ。私はどこで、どうやって逃げていたのだろう。さっぱり思い出せない。勝敗はどうなったのだろう。私は勝ったのか、負けたのか。負けたとしたら王は私に首輪でも付けただろう。雑草を踏みつぶすような気軽さで、自由を求める鳥から羽を奪う。神とはそういうものだ。
ともかく、確実に何かが起こって、時が戻った。フレイが生きている。王の溜息ひとつでぐちゃぐちゃになってしまったフレイが、生きている。笑っている。動いている。「お嬢様」と、そう呼びかけてくれる。五歳、私は五歳だ。まだ自由が手元に残っていた。残り僅かだとしても、これを失うわけにはいかない。
でも、一体どうすればいいのだろう。お披露目会は今日だ。記憶が正しければ、私はこの日、王と対面する。神を名乗るのに相応しい黄金の髪を持つ美しい化け物に魅入られ、執着めいた寵愛を受ける。考えただけで吐き気がする。見つかったら最後だ。確信があった。絶対に、お披露目会での接触を避けなければいけない。
「お嬢様?」
考え込んだ私を、心配そうにフレイが覗き込んだ。「あぁ、」と言葉にならない声で反応しようとして、フレイと目が合う。こげ茶の髪に、わずかに青みがかった瞳。見慣れたフレイの顔に、驚愕としか言いようがない表情が浮かんで、おじょうさま、とその唇が動いた。
「目が、………………」
「目?」
私は首を傾げる。鏡はどこにあったか。視線だけで探すと、できる侍女頭のフレイは、口をぱくぱくさせながら鏡を持ってきてくれる。
我ながら不健康なまでに白い肌。コーヒー色とミルク色が混ざり合った不思議な色合いの髪。自分でいうのもなんだが、顔はかわいい。幼少期からそれしか褒めるところがないのかとひねくれるほどに褒められた顔だ、成長しても美しいことは請け合いである。天使のようだ、とか、カプチーノのような髪ね、とか、陶器のような肌、とか、まあとにかくいろんな表現でほめられてきたが、その中でも誰もが溜息を吐いて見惚れるパーツがある。瞳だ。「妖精王の瞳」の名に違わぬ、暗闇でもくすむことのない黄金の輝き。その上にはいくつもの色と光が重なり、時にぶつかり、時に分かれ、時に消え、時に生まれ、絶えず変化する。まるで星のようだ、と言ったのは誰だったか。この黄金こそ、私の価値であり、私の証明。
それが今はどうだろう。
変わらずに光瞬く星の海のような輝きだが、かつての黄金は失われ、平凡な茶色だけが残っている。まじまじと見なければ判別ができないが、光の奥の茶色には、傷があるようだった。
どういうことだ?
内心で首を傾げる。
黄金が失われた。それはすなわち、この瞳が神の瞳であるという証拠がなくなったということ。ただ火花のような光が飛び散る強い魔力を内包しただけの瞳であり、神の寵愛の残滓すらない。これでは、優秀な魔導士となる素質は秘めていても、誰も私を妖精王の花嫁とは認めないだろう。何せ黄金は神の色なのだから。
………………チャンスかもしれない。
密かに、鏡を持つ手に力を込めた。
これでお披露目会が取り潰しになるのであれば上々だ。花嫁の器ではないと見做されれば、私の運命は大きく変わる。フレイや、両親、大神官様、お姉様を巻き込むこともない。平穏に生きることができるかもしれない。
「目が、どうかしたの?」
何も知らない無邪気な子供の顔で、私はフレイを見つめた。フレイは息を呑み、言葉に詰まる。
「いつも通りじゃない!おかしなフレイ、それよりお披露目会ってどういうこと?」
「そ、れ、は、」
フレイは優秀だ。まだ十五という年でも、事の重大さをきちんと悟る。まだ世間知らずな五歳児に現実を伝えず、迅速に父様に事態を伝えるだろう。お披露目会は取りやめになるだろうか。冷静に考えれば、まず難しい。妖精王に日取りは伝えてあるだろうし、帝国中の帰属に召集がかけられているはずだ。皇帝も足を運ぶ。今更なかったことにはできない。
でも、黄金の瞳を持たぬ私を「花嫁」として紹介することもできない。
聡明な父様ならきっとこうする。「花嫁」ではなく、「聖女」候補であったとして押し通すのだ。かつては黄金だったと言い張ろうにも、今黄金でないのであれば意味がない。神の寵愛を失ったか、しかしそれでは聞こえが悪いので限りなく黄金に近い茶色だったことにするか、それとも星の海を内包する花火のような瞳を持つ子どもとして紹介されるか。
どちらにせよ、私が花嫁になる可能性は限りなく低い。
「お嬢様のお誕生日会ということです。さ、お嬢様、支度を進めましょう。私は当主様に用事がございますので、一旦退出させていただきますね。あ、二度寝は駄目ですよ。すぐに戻ってきますから」
案の定、フレイは取り直した笑顔で明るくそういう。さすがだ。私は頷く。
「早く戻ってきてね~」
「はい、かしこまりました」
軽い身のこなしで退出するフレイを見送り、さてどうしたものかと考える。
記憶が曖昧だが、確かに世界は巻き戻り、私の瞳から黄金が消えた。神の寵愛が消えたのだろうか。………………どうだろう。一概に肯定はできない。あれほど花嫁に執着していた王が、そう簡単に寵愛を捨てるだろうか。考えられるとしたら、十七歳のあの日の賭けで、私が何かをしたのだ。それが成功したのか失敗したのかすらわからない。記憶が抜けているのはその反動か、それとも別の要因か。わからないことが多すぎる。今この状況で、不用意に王に謁見していいのかどうかすら不明だ。黄金は失ったとはいえ、光飛び散るこの瞳は唯一無二。王が勘づいたとしてもおかしくはない。
「………………、でも」
生きている。少なくともフレイと、フレイの口ぶりから「当主様」―――すなわち父様も生きている。死ぬ前に戻れたのだ。また同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
私は花嫁などという運命にはもう二度と縛られない。今度こそ、自分のやりたかったことをする。大切な人を守る。あんな化け物に、簡単に踏み躙らせてたまるものか。
「マリア!」
どたどたと全く風流ではない音と共に、父様が部屋に駆け込む。娘とはいえレディの部屋に入るのにノックの一つもないなんて困ったお人だ。その後ろから優雅にやってきた母様も、けれど今回ばかりはそれを嗜めない。二人は揃ってベッドに近寄り、私の顔を覗き込む。
「どうしたんだ、その目は。何があった?」
「お父様、お母様、どうなさったの」
小さい頃の口調を思い出しながら、私は笑って見せる。
「フレイも、朝からみんな変よ。私の目がどうしたの?いつもと変わらないじゃない」
「………………、変わらない」
母様が小声で繰り返す。
論理型の父様とは違い、直感型の母様には何か引っかかるところがあるのかもしれない。
「マリア、それは本当なの?あなたの目には、変わらないように見えるのね?」
「変わらないようにも何も、いつも通りよ。お母様たちこそ、私の目の何が変なの?」
「………………、時間がないわよ、あなた」
母様が父様の背中を小突いた。「わかっている」と小声で返す。やはりお披露目会の中止は難しいようだ。だとすれば、彼らが取れる行動は限られている。
「ねえ、お父様、お母様。フレイが言っていたわ、今日はお披露目会なんでしょう?準備をしなくちゃ!」
「あぁ、そうだね。僕の愛しいマリア。今日はとびっきりおめかししなきゃね」
軽々と持ち上げられる自分の体は少し不思議だった。顔に触れる父様の髪はふわふわで、遺伝を感じる。私は確かにこの人たちの子だったのだ。愛されていた。歪んだ執着ではなくて、ただ、私を、「花嫁」ではない私を愛してくれる人たちがいた。思い出して、泣きたくなった。それを隠すように父様の肩に顔を埋める。
「大丈夫、僕が何とかするさ」
頼もしい一言に、ありがとう、と心の中で呟く。
茶色は昔からブランディアの色だ。
三大公爵家の一角として、帝国と共にあり続けた私の生家の歴史は千年に届く。花嫁になると同時に捨てた家名ではあるけれど、これからはブランディアとして生きていかなければならない。
ワイタール、フォーン、そしてブランディア。
初代皇帝エリアスを助けたとされる「三人の忠実な家臣」を祖に持つという伝説がある。曰く、ワイタールは魔法を、フォーンは武力を、ブランディアは知略を以て皇帝の支えになったのだとか。
故に古くから、ブランディアは文門に特化している。西方との交易路に強いパイプを持ち、外交や政治に強い。当代は宰相の地位に就いているし、現皇后陛下もかつては宰相だった。
この家系において、私のように極めて強い魔力を持つ者は珍しい。というか、これまで生まれなかった。どうしても政界に影響力を持つブランディアは、パワーバランスを考慮しこれ以上権力が強まらないよう魔力の強い血が混ざることを避けたというのもあるし、千年前の呪いもある。妖精王の瞳ではなくとも、星の輝きを閉じ込めたこの瞳は、ブランディアの切り札であり、財産であり、脅威にもなる。
茶色の、けれど決して地味な印象は与えない落ち着いたドレスに身を包み、櫛を何度も通した髪に花冠をつけて、私は神殿に到着する。本神殿は悔恨の森に位置するが、瘴気の強いあの地には並みの人間では立ち入ることもできないから、お披露目会は帝都神殿で開催された。妖精王にもわざわざ足をお運びいただいている。下手な真似はできない。くれぐれも失礼のないようにね、と母様に再三言い含められた。
帝都神殿の奥へ続く階段を上がる。明らかに段数が多い不親切設計だ。五歳の私には少し疲れる。軽々と登る母様より十も年上の父様は、息を切らしながら上がってきた。
ここから先は、招かれた者しか立ち入ることができない。
見上げた神殿の天井は記憶よりずっとずっと高くて、今更気後れしてしまう。立ちすくんでいると、母様が手を握ってくれた。「大丈夫よ」と、そういう顔は優しくて、少しだけ安心する。
恐怖が、怒りが、憎悪が、燻っていた。
これを飼い慣らせるかはわからない。王を目にした瞬間、理性が吹き飛んでしまったらどうしよう。それとも、動けなくなるのだろうか。大切な人たちを殺されたあの時みたいに。何でもないことのように、飛び散った血すら被らず、私の頬にかかった血を拭った。あの時も、私は動けなかった。言葉すら出なかった。
どうか、どうか、変わっていますように。
願って、息を吐いて、吸って、歩き出す。震えは見なかったことにする。
本殿の扉が開かれる。溢れた光に一瞬目が眩んで、咄嗟に目を細めた先で、確かに見た。
黄金の髪の、溜息が出るほど美しい化け物。
―――のすぐ横で、首を垂れたままの、銀色のあの人を。
「ぉ、ねぇ、さま」
金は神性、銀は聖性を示す。
太古の生き物の祝福を一身に受けた、黄金の輝きのそばでも霞むことのない涼やかな銀色。月の光を束ねたような髪は、伏せられた顔をさらに隠すけれど、私は知っている。銀細工のように繊細な顔の中で輝く双眸の、その色。薄菫の花びらを散らしたような、儚くも美しいその瞳のこと。
記憶よりも幾分か背が低い。私の十七年の人生で出会った中で最も気高く美しく、誰よりも敬愛していたお人。レティシアお姉様。
ワイタールの長女として生まれ、幼くして神童と名高い方だった。魔力を司るワイタールの名に相応しい実力を持ちながら、溢れる才能に驕らず、誰よりも努力する。銀の魔力は癒しの魔力。聖女として、貴族としての自覚と責務を決して忘れず、民草の救済に尽力した素晴らしい人なのだ。
ただ花嫁の器というだけで聖女に祀り上げられた私などとは比べようもない。王から逃れることばかり考え、聖女としての責務をおろそかにした私を、影ながら支えてきてくれた。私がいなければ聖女になっていたのはお姉様だったはずなのだ。聖女になるためだけに学問を諦め、修行に邁進してきたというのに、その努力の痕をひた隠しにして、優しいお姉様でいてくれた。尊敬してやまない大好きな人。
けれど王は、そんな人でさえも容易く殺した。
魔力も素質も十分だった。十二分すぎるほどだった。聖女になるためだけではない。帝国に貢献するために、絶えず努力してきたお姉様の命を、あっさりと奪った。私と仲が良くて腹が立ったからという愚にもつかない理由で、誰よりも無残に、殺したのだ。
その瞬間、私は悟った。
守護神などと呼ばれてはいても、所詮は神であり、化け物なのだと。帝国の未来など蟻ほども興味はないのだと。ただ花嫁さえいれば、帝国がどうなろうと構わないのだ。でなければ誰よりも民草に尽くしてきた人を、あんなに簡単に殺せるはずがない。
そのお姉様が、生きている。
「ぁ、………………」
こぼれそうになった嗚咽を、必死にかみ殺す。王の御前だ。不敬は許されない。私は今日ここで、王の花嫁の器であったことを悟らせないよう振る舞う必要がある。息を大きく吸って涙を呑み込むと、首を垂れて平服する。王には、皇帝すらも許可なく頭を上げることは許されない。
「マリア=イーズ=ブランディアでございます」
その名を聞くのも、十三年ぶりだ。
王の花嫁であると披露したその時から、私の名前を王以外が口にすることは許されなくなった。家名を捨てた私はただのマリアだ。残った名前さえ王のものなら、私が私のものだと言える部分はどこにあるというのだろう。
今度は、奪わせない。
私という人間も、私の大切な人たちも。
「面を上げよ」
極上の甘露を思わせる声が響く。私は言われた通り、顔を上げる。視界に映る銀色に目を奪われないよう細心の注意を払う。王は視線に敏感だった。私がよそ見をしているとすぐに気が付いたし、機嫌が悪くなった。
「善い目だな」
「………………、お誉めに預かり、光栄に存じます」
「星の瞳だ。星が生まれ続ける限り絶えぬ魔力を持つだろう」
妖精王の瞳でなければ、星の瞳と呼ぶらしい。黄金がないだけで名前も扱いも違う。
「しかし、花嫁の瞳ではないな」
欠片も興味がなさそうな王の声に、ほっと胸をなでおろした。花嫁の瞳ではない。王が認めるのであれば、私の未来から「神の花嫁」という選択は消える。なぜ黄金が失われたのかはわからないが、王は次の花嫁を待つだろう。
「だが………………、」
音もなく、金色が視界を過った。
花の香がふわりと漂う。目を見開いた。反射的に体が硬直する。眼前に王の顔がある。鼻先が触れそうな距離で、失った黄金の代わりに夜の色をはめ込んだ瞳が、私を覗き込んだ。
「気配がある。わずかだが、運命の残り香だ」
「―――、」
声が出ない。
手首をつかむ王の手は、振りほどけそうにもない。
「マリア、と言ったな」
耳元で紡がれる声に、ぞわり、と背筋が粟立った。
「お前は、何者だ?」
マリアちゃん人生ハードモード