ドランカー・アンド・ドランクカー
いつの時代にも、はみ出し者ってのはいるもんだが、ジュリアス・キーンって野郎は、はみ出しながらはみ出さずにいる天才だった。ヤツはどれほど酒を飲んでいても、車を道からはみ出さずに運転できちまうんだ。
ラスベガスの砂漠の上だろうが、アラスカの凍土の上だろうが、蛇が通ったみてぇなタイヤ跡をつけたらパトカーがすっ飛んでくるようなこのご時世で、ジュリアスは毎晩のように自分の趣味――つまり、ドライブと飲酒――をカクテルするのを止めなかった。当然、何度か警察の厄介になっているんだが、検問でアルコール検知器のビープ音を鳴らす以外は事故歴が無く、罰金は払ってもクサい飯を食ったことはなかった。
俺を含めた地元の住民たちは、ジュリアスにイカれた飲酒運転者という渾名をつけて、動物園の猛獣のようにヤツを観察していた。
そんなジュリアスだったが、度重なる不徳には神様も腹に据えかねたようで、ついにキツい戒めがヤツに与えられることとなった。都会からやってきたセレブのキャンピングカーと事故を起こし、助手席に座っていた妹さんに大怪我を負わせちまったんだ。
ドライブレコーダーの記録ではセレブの信号無視も一因だったみたいだが、当のジュリアスは相当に責任を感じていたらしく、警察署の中で『神に誓って、もう二度と飲酒はしません』という宣誓書まで認めたって話だ。
俺たちはヤツの決意を本気だと思っていなかった。あいつが酒をやめられるワケねえよ、今月中にビールの一杯ぐらいは飲るだろうぜ、半年ぐらいは洗口液で耐え忍ぶんじゃねえか、などといったくだらない下馬評が、しばらくの間バーを賑わせていた。
しかし、ジュリアスはそれから半年以上もの間、禁酒の誓いを守り通した。完治した妹さんによれば自宅でもまったく飲んでおらず、栓を抜いていない酒瓶がキッチンのインテリア代わりになって並んでいるとのことだ。
俺たちの予想はいい意味で裏切られた。正直、俺もジュリアスを見直した。雑貨店のジェームスはすごく感心していて、俺だって禁酒禁煙やってやるぞ、と、バーで飲みながらフカしだす始末だった。
ところが、そんな聖人ジュリアスに関するニュースは良いものばかりじゃなかった。
酒は百薬の長――たしか、中国か日本のことわざだったと思う――というのを聞いたことがあるが、ジュリアスにとって酒ってのは、ヤツが順調な人生を歩む中で欠かせねえモノだったのかもしれない。ヤツは禁酒をはじめてからというもの、勤務先でたびたびミスを犯しているのだそうだ。さらに、その影響はヤツの十八番であるドライブにまで及んでいた。酒を飲んでいた時は一度も事故を起こしていなかったのに、半年の間に接触事故が2件あったそうだ。まったく、どういう塩梅なんだろうな?
さすがに見かねた俺たちはジュリアスに会うたびに、お前の努力は認めるからそろそろ家ン中でぐらい飲ってもいいじゃないか、と肘で小突いてみるんだが、ヤツもなかなか聞かん坊な一面があって、俺は飲まない、と言って口を結んだきりだった。
それから月日は流れ、前大統領がまた言い訳がましい演説をした、沿岸部で悲惨な災害が発生した、物価の上昇が止まらなくなってきた、ジュリアスが勤め先をクビになった、だの何だの、胸クソ悪くなるようなニュースが現れては消えていく中で、俺たちはいつかジュリアスに我慢の限界がきて、派手な事故をやらかすんじゃないかと心配していた。
そして、とうとうその時が来た。
よりにもよって、禁酒の誓いからちょうど1年が経ったときに、ジュリアスは街の交差点で車を派手に炎上させる事件を起こしちまった。
俺も偶然その場に居合わせて、ジュリアスの救助も手伝ったんだが、まあひどいもんだった。車はケツの方から地獄みてぇな煙炎をあげ、ジュリアス本人は体に火がついたままアスファルトに倒れこんでいた。そして、これが一番マズいニュースなんだが、消火された車の後部座席から、空になった酒瓶がゴロゴロ出てきやがったんだ。
応急処置のため顔や腕に包帯を巻かれ、救急車に乗せられたジュリアスを見送ったあと、思わず溜息が出た。応援していた地元のボクサーがボコボコに叩きのめされ、病院送りにされちまったのを見たような、そんな気分だ。
「事故の原因が何だか知らねえが……やっぱ飲んじまったんだな」
静けさを取り戻してきた交差点の脇で、ぼそりと呟いた。
「いいえ、兄さんは飲んでないわ。それに事故じゃなくて、車の故障よ」
現場に駆けつけていたジュリアスの妹さんに聞こえちまったようだ。
「……飲んでないっ言ってもさあ、妹さんよ、後ろから空になった酒瓶が山ほど出てきたんだぜ、あれはいったい何だっていうんだい?」
「違うのよ、兄さんが飲んだんじゃない。兄さんは失業してからガソリンを買うお金も無くなってしまって、車に酒を飲ませてしまったのよ」
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