死んで! 礼楽!!
久々の投稿なのであたたかい目で見てください。
私は今日、親友を殺す。
そうしなければ、嫉妬で頭がおかしくなってしまうのではないかと思える程私はいっぱいいっぱいだった。
ことの発端は4月の初旬、幼馴染みのひと言だった。
『俺さ、灰島のことが好きなんだ だから真美、灰島の好きなものとか教えてくれないか?』
彼の名前は河合守 今をときめくアイドルで歌って踊れて顔も良くて、声も○野真守みたいで変顔もできる私の王子様。
そんな彼が私の親友に恋をしてしまった。
こちとら10年以上もアピールしていたのに全く気づきもしないで……
だがそれも仕方のないことだと今までは思っていた。
なぜなら親友の灰島礼楽は超絶美人なのだから。
こんな言い方では伝わらないと思うのでつけ足すと、美人でスタイルも頭も性格も運動神経も運もよくて欠点などない最高の女なのだ。
モテないわけがないし、きっと前世は神かなにかだったのだろう。
そんな子が私の親友で、それがとても誇らしかった。
そう、今までは……
話を戻すと私は礼楽を人気のない放課後の教室に呼び出した。
私の手にはカッターナイフ。
これでズブリ、短絡的と言われようが構いやしない。
礼楽が死んでくれればもうそれでいいのだ。
「真美ちゃん? 用事ってなに?」
夕暮れの教室に物憂げな表情の礼楽が現れる。
夕日が反射するかのように艶やかな金髪がキラキラと光る。
今までの私だったら『私の親友マジ美人』とか宣うところだが、今の私の思考は『来たっ! 獲物だ!』である。
女とは本当に怖い生き物である。
来世は男になりたい。
「うん、あのね……礼楽」
「どうしたの?」
近づいてくる礼楽。
私は気づかれないように後ろ手でカッターの刃をゆっくりと伸ばす。
まだ、もっと近くに来てから……
「真美ちゃん?」
私の目の前で止まる礼楽。
殺るなら、今!
「死んで! 礼楽!!」
カッターを両手で持ち、まっすぐに突き出す。
礼楽はまだなにも反応できていない。
確実に殺れる!!
そう思った時だった。
地面が大きく揺れ、なぜか目の前に教室の床が迫ってきてそのあと……
なにかが体の中に侵入してくる感覚と頭とお腹に強い痛みを感じ意識を持っていかれた。
* * * * * *
目覚めるとそこは病院のベッドの上だった。
なぜわかるのかと聞かれれば『親友の手伝いでよく来るから』である。
ここは灰島総合病院、礼楽の父親が院長を勤めている。
部屋を見るとここは個室で、お見舞いの千羽鶴が置いてあることから数日は経っていることがわかった。
でも今はそれよりも、早くここから抜け出さないと私は捕まるに違いない。
礼楽にハッキリと死んでと言い、カッターを持っていたのだ。
警察が動いていたら殺人未遂で捕まる。
まだ捕まるわけにはいかない、礼楽を殺すまでは……
しかし体を起こそうとしたが妙な倦怠感とお腹の痛みで起き上がることもできそうにない。
どうしようか考えているとドアがゆっくりとスライドし、そこから花瓶を持った礼楽の姿を確認する。
私と目が合うと驚いた顔をして花瓶が手から落ちていく。
「真美……ちゃん……」
こぼれ落ちた花瓶など気にもせず礼楽が近づいてくる。
あぁ、ここまでか……
私が内心諦めていると礼楽が私の手を優しく掬いあげ、顔の前まで持っていく。
「よかっ、た……」
そんな呟きと共に礼楽は涙をポロポロとこぼし始める。
「な゛、んで……」
今の状況が理解できず礼楽に問いかける。
目覚めてからはじめて声を出すが思いのほか掠れた声が出て驚く。
「! 無理に話さないで、真美ちゃん3週間も意識が戻らなかったんだよ?」
3週間!? せいぜい3日4日ぐらいだと思っていたけど、そんなに寝ていたとは
「あの時、真美ちゃんと話そうとした時に地震が起きてね 真美ちゃんに偶然落ちてたカッターが真美ちゃんのお腹に刺さったの」
「お腹には刺さったけど、カッターを両手で持っていたおかげでそんなに深く刺さらなかったみたい」
「地震の中で咄嗟にそんな判断ができるなんて、流石真美ちゃんだね すごいよ」
お気づきの人もいるだろうがこの女、とても運がいい。
当たりつきのアイスを買えばもう一本食べたいと思った時だけ当たったり、コンビニのクジのやつをやれば的確に欲しい賞を手にいれたりしている。
……例えが庶民的で申し訳ないが私が目撃しているのがそういったのだから許して欲しい。
私が知らないだけでもっとすごいことがおきているかもしれないが、礼楽は特にそんな話はしてこないので知りようがない。
きっと宝くじを買って当たれと願えば、それも実現してしまうのではないかと私は思う。
そういった凄味が礼楽にはあるのだ。
だから不確定要素を省くために人のいない教室に呼び出したのに、これである。
でも、この様子だと礼楽は私のしようとしたことに気づいていない。
それなら、まだチャンスはあるということだ。
私のために泣いてくれている姿を見て、なんていい子なんだと思うがそれはそれである。
私の決意に揺るぎなどない。
「暫くは入院だと思うけど毎日来るからね」
泣き笑いする礼楽に、どう殺すか考えながら適当に相づちをうつのだった。
* * * * * *
それから、入院生活を終えた私は礼楽殺人計画を色々試してみたがその悉くが失敗に終わり、そのたびに灰島総合病院に入院することとなった。
ある時は海水浴場で水難事故を装い溺死させるはずが、ナンパしてきたパリピに阻まれ失敗。
その際パリピに弾かれ転んだ先にあった流木に後ろから脇腹を貫かれ入院。
ある時は雪山で遭難させようとしたが共に遭難し数日を小屋で過ごし栄養失調で入院。
ある時は秘湯巡りで毒ガスを吸わせようとしたが風向きが変わり、こちらに流れ込んだものを吸い意識混濁で無事入院。
小さいものを挙げればもっとあるが、その全てが始まる前から終わっていたりと話にならない。
一番成果があったのが栄養失調だが、2日でけろっとしていた。
私は5日も苦しんだのに……
そうして計画失敗による入院で月日は流れ、2月15日土曜日。
今日は礼楽の誕生日である。
それと同時に私の退院日でもある。
「……まいどお世話になりました」
「真美ちゃん……年頃の子にこんなこと言いたくないけど、遊びに出掛けない方がいいんじゃない?」
いつも私のお世話をしてくれる看護師のお姉さんが言いづらそうに言う。
わかっている、けど私も好きで入院しているわけではないのでそこは理解して欲しい。
「あはは……善処します」
「もう……それじゃあ、今度は病院の外で会いましょうね」
そう手をふってくれるお姉さんに会釈をして寒空の中家路につく。
いつもなら退院のたびに礼楽も見送ってくれるのだが、流石に誕生日は忙しいようで今日は一回も見ていない。
今回は惜しい所までいったのだが、まさかあそこで礼楽がバク宙を決めてくるとは……礼楽の身体能力を上方修正しなければ……
でも次こそは必ず私が礼楽を殺してみせる。
そんな決意を固めている時だった。
後方から爆発音が鳴り響く。
振り返って見てみると黒塗りの車が病院の入り口に複数突っ込んでいて、煙をあげている。
入り口付近には覆面を被った怪しい人達が大勢いて、銃のようなものを掲げている。
もしかしてこれって、テロ!?
え? 今時の日本で、しかも病院になんのようが!?正気か?
……でも、でもこれってチャンスなのでは?
多分こんなテロの中でも、礼楽は生き残る。
でも私がいい感じに背中を押せば……いける!
礼楽が死んでも尊い犠牲として扱われて、私は疑われない!
どこのどなたかは存じ上げませんが、千載一遇のチャンスをありがとうございます!
そうと決まれば早く病院の中に入らなければ……
殺してやるから待ってろよ、礼楽!
* * * * * *
無事病院内に入ることができた私は4階から下の様子を伺っている。
テロリストもまさか、木をよじ登って屋上から侵入してくる奴がいるとは思うまい。
さて、それよりも早く礼楽を見つけなければ……
下はエントランスで既に沢山の人が集められており、その周りにはテロリストが取り囲むようにしている。
今のところ人死には出ていないようで安心する。
礼楽は殺したいけど、それ以外の人には死んでほしくないから。
入り口を見てみればシャッターが降りていてもう逃げることは叶わないだろう。
よしよし、お誂え向きの展開になってきた。
後は礼楽を見つけ、て……今更だけど、礼楽って今病院にいるのかな?
……しまったぁぁぁ!! 急展開に高揚して確認を怠ったぁ!!
あの子、運はいいから巻き込まれない方にシフトしてたら私巻き込まれ損じゃん!!
私のバカぁぁぁ
1人悶々として項垂れていると、いきなり後ろから口を押さえつけられる。
終わったな、私の人生 こんなことなら守にちゃんと告白しておけばよかった……
私が諦めていると、綺麗な声で囁かれる。
「落ち着いて、真美ちゃん 私だよ」
「れ、いらぁ」
後ろにいたのは礼楽だった。
私はテロリストでないことがわかり、安堵からか涙が流れる。
「ごめんね、恐かったよね 大丈夫、大丈夫だよ」
子供をあやすように私は礼楽に宥められた。
少し恥ずかしいが今だけは……
「落ち着いた?」
「……うん」
「よかった じゃあ真美ちゃん、一緒に逃げよう」
「え?」
礼楽の言葉に私は固まる。
おかしい、礼楽は困ってる人がいたら迷わず手をさしのべるようなお人好しだ。
そんな礼楽が下の人達を放って私と逃げようなんて、言うはずない。
私は疑惑の目を礼楽に向ける。
「……あっ、ちっ違うの 今のは」
「居たぞ! こっちだ!」
「「!!」」
考える間もなく、テロリストがこちらに近づいてくる。
困惑している私に対し、礼楽は私の手をとると素早く動き出した。
「真美ちゃんこっち!」
「あっ」
「対象が逃げる! 追え!」
礼楽に引かれるがまま、私は走り出した。
自分の命が懸かっているこの状況で私は……
『礼楽も、自分の命の方が大切なんだ……』
そんな見当違いで失望めいたことを考えていた。
* * * * * *
「ここにいれば、大丈夫、だよ」
「……」
なんとかテロリストを撒くことができた私達は適当な個室に逃げ込んでいた。
幸い患者のいない個室だったので礼楽も私も、息を殺しながら整える。
だが、私はさっきのことをいまだに引きずっていた。
『一緒に逃げよう』
普通なら、とても嬉しいし頼りになるひと言だと思う。
でも、ここは礼楽の親の病院で礼楽も毎日来ている。
知り合いも沢山いるはずなのに、礼楽はそう言ったのだ。
私が言ったのならともかく、礼楽が……
「真美ちゃん、あのね」
『ア、アー テステス聞こえてるかー?』
礼楽の言葉を遮るかのように院内放送が流れ始める。
『聞こえてる? なら、灰島礼楽 今すぐ1階エントランスにこい』
やる気を感じない若い男の声が院内中に響く。
『こない場合、10分ごとに人質を5人殺す』
「「!!」」
『じゃあ、現れることを祈っているよ』
そうして放送は切られる。
私達の間に重たい空気が流れ、自然と俯いていく。
人質を殺すと言うテロリストが、礼楽になにを求めているのかはわからない。
でもきっと、ろくなことではないはずだ。
身代金か、それとも……
下手をしたら礼楽の命が危ないかもしれない。
でも、それは私がこの1年間ずっと望んでいたことのはず、なのに……
なぜだかすごいモヤモヤする。
本当は死んでほしくない?……そんなことはない。
礼楽には今でも死んでほしいと思っている。
それは変わらない。
だったら私は……
そこまで考えて礼楽の方を盗み見る。
だが、礼楽は微動だせず目をつぶっているだけだった。
まさか礼楽……
「……行かないつもり、なの?」
「私はまだ、死ねない」
「お父さんの病院なんだよ?」
「関係ない」
「知り合いだっているはずだよ?」
「それでも、行けない」
「そこまでして生きたいの!?」
「……死ねない」
これ以上の問答は意味がないと思い、立ち上がる。
「真美ちゃん?」
礼楽に近づき頬をバチンと叩く。
驚く礼楽に構わずそのまま礼楽の胸ぐらを掴む。
「私の! 私の知ってる礼楽は、人を見殺しにするような薄情者なんかじゃない」
「そんなに死にたくないなら、ここにずっと隠れていればいい 私が代わりに行く」
「! 駄目だよ!! それだけは駄目!!」
部屋を出て行こうとする私に礼楽は手を掴んで止めてくる。
その表情は今まで見たことのない必死な顔で一瞬たじろぐ。
でも次に続く礼楽の言葉に急激に心が冷めていった。
「それに! 後20分もしないうちに警察が突入してくるはずだよ それまで隠れていれば!」
「……それじゃあ、捕まってる人達がなん人も死んじゃうじゃん 私はそんなの嫌」
自然と目付きも鋭くなり、強引に礼楽の手を振りほどく。
「お願い、待って、真美ちゃん 私はもう――――――」
礼楽の声は閉ざされたドアに遮られ、外にいる私は聞ききることはなかった。
* * * * * *
エントランスに繋がるエスカレーターを使い、私はゆっくりと下りていた。
奇跡的に私達を追っていたテロリストに搗ち合うこともなく、1人でここまで来られた。
でもそれも、もうすぐ終わる。
視界の先には銃をこちらに向けるテロリストとそれを見ている人質の人達がいた。
その中には看護師のお姉さんの姿もあり、小学生ぐらいの子達を抱き寄せて宥めていた。
カッコいい、私も大きくなったらあんな大人になりたいものだ。
そう思いながらエスカレーターを下りる。
下りきる前に両手を頭の後ろで組み、抵抗するつもりがないことを示す。
「1人で下りて来るとはいい度胸だな だが、お前誰だ?」
「……」
テロリストの1人が近づいてくる。
他のテロリストに比べ、一回り大きく筋肉質な体が服の上からでもわかる。
「なにか言ったらどうだ? あ?」
「……小さい男」
「なんだと?」
「銃をちらつかせておいて、なにか言ったらどうだなんて 見た目より小さい男だって言ったの」
「この、アマ!!」
テロリスト(小)は私の言葉が気にくわなかったようで銃を私の額に突きつける。
けど私も、礼楽と喧嘩別れをしてイラついている。
ゆずる気はない。
そんな意味を込めてテロリスト(小)を睨み付ける。
「本当にいい度胸だな その度胸に免じて一発で楽にしてやる」
「おーい、ウィリー 殺すのはまだ待った方がいいんじゃない?」
テロリスト(小)が引き金に指をかけたタイミングで、男の後方から軽い感じの声で話しかけるテロリスト。
仮に(軽)としておこう。
「黙ってろ、テンフ 虚仮にされてそのままなんてのは俺のプライドが許さねぇ 後名前で呼ぶな」
「そーお? まぁどうなっても知らないけどね 失礼」
「そうだな、例えば後で折檻とかいいかもな」
「!! ボス」
(小)と(軽)が言い合いをしている間に、私の背後から男の声が聞こえてくる。
この声は、放送で聞こえてきた声だ。
「それで?誰を殺す殺さないって?」
「いえ、それは……」
「……」
「君は……歩跳真美だな?」
私の前に回り込んで顔を覗きこんでくるボスと呼ばれる男。
一目見て気になったのは大きく曲がった猫背。
そして放送でも聞いた、やる気を感じない気だるげな声だ。
でもそれよりも……
「……私のこと知ってるんだ?」
「まぁ、それなりに」
礼楽の交友関係も調べているとなると、かなり計画的な犯行だということがわかる。
でもそのわりに部下の躾がなってない辺り、即席のチームなのかもしれない。
「それよりも、ジャック」
「はい!!」
ボスに呼ばれたテロリスト(小)改めジャックは背筋を伸ばし直立する。
その際額に向けられていた銃も下ろされる。
「よく殺さず我慢した、偉いぞ 彼女は重要なファクターだからな ご褒美に折檻はなしだ」
「あ、ありがとうございます!」
ボスはジャックの腕をポンポンと叩きながら褒める。
それに対しジャックは冷や汗を流しながら答える。
いや、こいつ私のこと殺そうとしてましたけど?
プライドはどうした、プライドは。
「さて、じゃあ一応挨拶ぐらいしておくかな」
「初めまして、歩跳真美さん 俺は……そうだな、リーパーとでも名乗っておこうか この組織DGのボスをやらせてもらっている 以後お見知り置きを」
リーパーと名乗る男は猫背のまま恭しく挨拶をする。
それに対し私は……
「素顔も見せないでお見知り置きもなにもないと思うし、それになにその名前? 武器がハサミとかナイフなの?」
喧嘩腰でいく。
「てめぇ! ボスになめた態度とりやがって! ぶっ殺すぞ!」
「駄目だよウィリー 殺したらボスの折檻フルコースだよ?」
「だから、てめぇは名前で呼ぶんじゃねぇ!!」
「失礼失礼」
ジャックは私の言葉にすぐに反応してくってかかり、テロリスト(軽)改めテンフがそれを遠くから指摘している。
こいつ本当に短気だな、一体どんな食生活したらこうなるのだろう。
それに対して当の本人は……
「くっくっ」
堪えるように笑っていた。
「失敬、その通りだと思ってな だが申し訳ないが顔は見せられない まだ知られるわけにはいかないものでね」
「それと……くっくっ、1つアドバイスをしておくと、学校にはちゃんと行った方がいい 後で恥をかかなくてすむ」
こ、こいつ!私の気にしていることを言いやがった!!
礼楽の交友関係だけでなく、私の近況まで調べているとは……
DG、なんて恐ろしい組織だ……
私が顔を赤くしているのを見て、ボスはまた笑いだす。
少しの間笑っていたボスだったが、すぐに息を整えだす。
「ふぅ……さて、おしゃべりもここまでにしておくか テンフ、後1分以内に灰島礼楽が出て来なければ適当に5人殺せ」
「了解だよ、ボス」
「!! まっ待って! 礼楽はもうここにはいないの! 今頃病院の外にいるはずだから、人質を殺しても意味は――――――」
「意味ならある」
静かな声であったがボスの声はエントランスによく響いた。
「意味ならあると言ったんだ 俺達が殺した分だけ灰島礼楽の業が深くなる 深くなった分だけあいつを殺しやすくなるからな」
「それに、勘違いしてもらっちゃ困るが10分ごとの誓約を無視したのは、君との会話が楽しくて忘れていたからじゃない、1人で出てきた君の勇気に対する敬意と笑わせてもらったお礼だよ 歩跳真美」
く、狂ってる……業が深くなるから殺す?
礼楽を殺しやすくなるから?
なにを言っているのかさっぱりわからない、新手の宗教団体かこいつら……
それに人の命をなんだと思って……そのくせ冷静で真面目とか意味わかんない。
「だっ、だったら 私が礼楽を呼び戻す、から 10分だけ待って、くだ、さい」
礼楽の言っていた警察が来るまでだいたい後8分。
それを信じるなら私がなんとかこの場を持たせれば……
「いい提案だが、殺すのは後40秒後だ 変えるつもりはない」
「そん、な……」
どうする、どうする、どうしよう。
その時、ついチラッとお姉さんの方を見た。
いや、見てしまった。
私のその挙動に気づいたボスは無情にも言い放つ。
「テンフ、予定変更だ 適当ではなく、そこにいる子供達と看護師を殺せ」
「!! お願いします! 待ってください!! 殺すなら私に―――――」
「君は重要なファクターだと言ったはずだ、殺せないよ ジャック、丁重に押さえておけ」
「はい、ボス!」
後ろから羽交締めにされ持ち上げられる。
抵抗してみるが状況は変わらず、最悪の未来に向かっていた。
残り20秒
私のせいで、お姉さんと子供達が……ごめんなさい、ごめんなさい。
涙を流しながらお姉さんの方を向く。
お姉さんは子供達を強く抱きしめながら私を見て、小さく笑ってみせた。
残り10秒
「嫌……嫌、嫌! お姉さん!!」
「暴れるな! チッ、少し大人しくしてろ!!」
情けない声をあげながら精一杯抵抗する。
お姉さんに手をのばすが、どうすることもできない。
お姉さんは立ち上がるとテロリストたちの前に行き両手を広げる。
子供達の盾になるように。
そしてそれが、私の見るお姉さんの最後の雄姿だった。
* * * * * *
「……うっ」
「! 真美ちゃん!」
「……れい、ら?」
「よかったぁ……」
目覚めると私は礼楽に背負われていた。
どうして?
確か、私は……
「!! お姉さんは!? テロリスト達はどうなったの!?」
「落ち着いて、真美ちゃん 暴れたら危ないよ」
「落ち着いてなんかいられっ……痛っ」
後頭部に鈍痛が走り私は暴れるのをやめる。
「あぁ、無理しちゃ駄目だよ 真美ちゃん後頭部を殴?打されてるんだから、安静にしてないと」
礼楽の言葉に軽く頭を触ってみる。
確認するとこぶがあり、腫れているみたいだ。
痛い、どうして?
痛みに耐えながらあの時のことを思い出そうとする。
確か、私はお姉さんが銃で撃たれるのが嫌で、暴れてそれで……
『少し大人しくしてろ!!』
その言葉の後の記憶がないから、その時に殴られた?
でもあの男は私を羽交締めにしていたから……まさか頭突きで?
後頭部に頭突きするとか正気?
いや、そんなことよりも。
「……わかった、安静にする だから教えて、本当にどうなったの?」
今はあれからどうなったのか、それが知りたい。
「うん、簡単に説明するね」
「その言い方だと私の理解力がないみたいに聞こえるからやめて?」
ボスに言われたことなど全く、まっーたく気にしていないが、これからは少し勉強に力をいれていこうと思う。
まあ?私達ももうすぐ3年生だし?受験のことを考えないとね?
「ふふっ、ごめんね まず捕まっていた人達だけど、みんな無事 カウンセリングを受けてる人もいるけど問題ないはずだよ」
礼楽の言葉を聞いて一安心する。
それならお姉さん達も大丈夫ってことだよね?
よかったぁ……
「それから、テロリストの人達は警察がどうにかしてくれてね ほとんど捕まったよ」
あの状況からどうやって巻き返したのだろう……
礼楽も生きていて、人質も全員無事 おまけにテロリストはほとんどお縄。
読み切りの少年漫画かなにかってぐらいのハッピーエンドだ。
「捕まってないのって、もしかしてボス?」
「ボス? どうだろう、みんな覆面してたからそこまでは……」
「そっか……ところで礼楽は何処に向かってるの?」
目覚めた時から気になっていたことを聞く。
少し周りを見てみると白で統一された清潔感のある壁、天井に等間隔で設置されたグルグル回るファンと時折点滅する蛍光灯。
それと一本道であること以外情報がない。
私を背負っていることからそう遠くない所だとは思うけど、病院内の割には見覚えのない通路だ。
マジでここ何処?
「そういえば真美ちゃんはまだ使ったことなかったっけ? ここは私の家と病院とを行き来できる廊下で今は私の家に向かってる途中だよ いつもは鍵をかけているから知らなくても仕方ないかも」
「……町医者ならともかく、それって職権乱用じゃない? このブルジョワめ」
「えぇー? 考えたこともなかったよ、今度お父さんに聞いてみるね」
「待った、それはやめて」
まさかの回答に軽く引きながらも、茶化して話す。
対する礼楽は困り顔だがどこか嬉しそうに見える。
後この話はここまでにしておこう、やぶ蛇だったら私が消される。
「……ところで、どうして家なの? 安静にしてた方がいいなら病院でよくない?」
「それは……警察の人が実況見分するって言っていたから、静かな家に行こうと思って逃げ、避難しようとね」
「今逃げるって言った? ねぇ?」
おい、院長の娘でしょあんた?
こいつ、仮にも怪我人である私をだしに煩わしいのから逃げたな?
「……はぁ、まぁ今日は礼楽の本性もわかったしそれで許してあげる」
わざとらしくため息をつきながら話を続ける。
「え!? ちっ違うよ真美ちゃん! あれは……」
「今更ごまかすのは無理でしょ……まあ? 私も自分の命は大切だし? まだ死にたくないけど? でもあそこまで頑なだとねぇ?」
「…うぅ……」
「……私さ、礼楽は自分の命を擲ってでも人を助ける聖人みたいな奴だと思ってたんだ」
「でも、礼楽も私と同じで、死にたくない普通の奴なんだってわかって、少し安心した」
きっと私は、欠点なんかない完璧な礼楽に守を盗られたと思い嫉妬して、殺すことは仕方がないことなんだと自分に暗示をかけて正当化しようとしてたんだ。
でも今日の礼楽を見て私の中のイメージも崩れた。
だからなのか、あれほど殺したいと思っていたのに今ではそんな気持ちこれっぽっちもない。
我ながら勝手だと思うが好きな人を掻っ攫われたのだ、許してほしい。
いや、別につき合っていたわけでもないし2人がくっついたわけでもないのだが……
「真美ちゃん……違うよ、私と真美ちゃんは全然違う」
「あの時の私は、真美ちゃんのことだけを考えてた どうやって真美ちゃんと生きて逃げるかしか考えてなかったの」
「でも真美ちゃんは捕まってる人達のことを考えてた そうでしょ?」
私が1人頭の中でいいわけをこねくりまわしていると礼楽が恥ずかしいことをいい始める。
私だけって……
この娘もしかして私のこと大好きか?
「う、嬉しいこと言ってくれるじゃないの~ 流石私の親友」
冗談めかして言うものの顔が熱い。
こんなことを言われたら男などイチコロだろう。
現に心の中の男の私が顔を出しているが、まだ女でいたいのでそっと押し込む。
勘弁してください、私は守が好きなので……
「……礼楽」
「なに? 真美ちゃん?」
冗談で切り抜けられそうもないので真面目な話をすることにした。
「私はもう大丈夫だから降ろして」
「でも……わかったよ」
私の雰囲気を感じとったのか、礼楽は素直に私を解放してくれた。
そしてその場に立ち止まり向かい合う。
「まず、さっきは引っ叩いてごめん」
「いいよ もともと怒ってないから気にしないで」
「そっか、ありがとう でも腫れたりしたら寝覚めが悪いから後で湿布貼ってあげる」
「ふふっ、その時はよろしくね」
「うん 後その、あの あのね……礼楽」
「……うん」
私はここで、礼楽を殺そうとしてきたことを言う。
今言わないと、きっと私は一生言えないまま、なあなあで済ませて、礼楽に負い目を感じて愛想笑いをしながら過ごすことになると思う。
そんなのはごめんだ。
ここ1年は殺そうとしていたので今更親友ぶるのもどうかと思うが、その前の高校入学の頃の、純粋に親友だと思っていたあの頃みたいに戻りたい。
親友とは心から笑いあいたいから……
だから、言わなきゃいけない。
例え拒絶されたり訴えられたり、もしかしたら逆に殺しにくるかもしれない。
それでも受け入れる覚悟は……まだ少し恐いがある。
私の欲しい未来はその先にしかないのだから。
だから……言うぞ、私!
「私、礼楽に言わなきゃいけないことが」
けれど、そこから先を言うことは叶わなかった。
なぜなら、背中から胸にかけて突き抜けるような衝撃の後、ものすごい吐き気を覚えたからだ。
「……え?」
視線を下に移してみると胸元が赤く染まりはじめ、次にゴプッという嫌な音を出しながら、口から赤い液体を垂れ流す。
そして足に力が入らなくなった私は受け身もとれず前のめりに倒れる。
「っ真美ちゃん!!!」
でもギリギリのところで礼楽が私を受けとめてくれた。
この感じ覚えがある。
私が礼楽を殺そうとして失敗するたびに痛い目を見るのだが、毎回駆け寄ってきてくれるんだよね……
だがまずい、このままだと『目覚めたらまた病院でした』ってオチになってしまう。
それだけは避けたい。
病院のベッドの上でなど話したくない。
私は今ここで話したいのだ。
「れ…ら」
けれど、言葉が思うように出てくれない。
それになんだか呼吸もしづらいし瞼も重い。
今までそれなりの大怪我をいくつか経験してきたが、やはり意識を保つのは無理そうだ。
なら、短くても伝わる言葉を言おう。
『ごめんね』……今言ったらなんかフラグっぽいな。
『許して』『ありがとう』『親友』全部フラグにしか聞こえない。
どうしよう、頭回んないうえにだんだん寒くなってきた。
……寒いと言えば、まだ言ってなかったっけ?
「たん…じょび……お…でう れ…ら」
こんな姿と掠れた声で申し訳ないが、一応伝えておかないとね。
なんてったって、親友の17歳の誕生日なのだから。
礼楽が耳もとで何度も名前を呼んでくるが返事をする体力は残されていない。
しょうがない、本当は持ち込みたくなかったが続きは病院のベッドの上でゆっくり話そう、礼楽。
* * * * * *
近くからピピピッという電子音が連続して聞こえてくる。
その音を不愉快だと思いながらも発生源を手を動かし探る。
するとすぐに音の発生源である携帯を探り当てた私はそれを布団の中に引きずりこみ画面を確認する。
微睡む意識でそこに表示された数字の意味を理解するのは難しかったが、じょじょに覚醒していくにつれ顔から変な汗が吹き出す。
「ヤバッ!! 遅刻する!!」
ベッドから飛び起きるとすぐさま準備にとりかかる。
まずいまずいまずい! 入学式に遅刻とかシャレにならないよ!
私はそのまま部屋を飛び出す。
部屋にあるカレンダーは、とある日付から約2年遡っていることにも気づけないまま……
# # # # # #
不幸少女が準備に奔走しているなか、とある少女もまた目を覚ましていた。
少女はゆっくり上半身を起こすと、垂れた前髪から覗く目からポロポロポロポロと涙を流し始め頭を抱える。
「真美ちゃん……真美ちゃん うっ……うぅ」
ひとしきり泣いたあと落ち着いたのか、少女は涙を拭う。
「……泣いてちゃ、駄目 まずは整理しないと」
「今まで私の命を狙ってくる人は真美ちゃん以外いなかった 真美ちゃんの可愛い嫉妬と違って、あの人の目的は多分私を殺すこと」
「それにあの人、死ぬ間際に『次だ』って言ってた ならあの人も私と一緒で、高校の入学式から真美ちゃんが死んじゃうまでの間をループしているのかもしれない」
「……沢山繰り返してきたけど、私以外に記憶を持ち越してる人に会ったのは初めてだなぁ 私にたどり着くまで色々調べたのか真美ちゃんが死ぬことも把握してるし」
「真美ちゃんが事故や自殺以外で死んじゃうのはあれが初めてだからどんな影響があるかわからない これからも真美ちゃんを陰ながら守らないと……」
「……あぁ、真美ちゃんごめんね あそこで私が油断しなかったら、きっと真美ちゃんは生きていて私達は固い絆で結ばれていた 目撃者も含めて全員始末したのに きっとあの人がループするために真美ちゃんを殺す人を残してたんだ、許せない」
「許せないけど、病院テロと完璧でない私を見られた時の真美ちゃんの反応が知れたのはある意味収穫かな」
「あの時はテロなんて初めてだったから動揺しちゃって、口をすべらせたけど悪くない手かな? でも、やっぱり好きな人には完璧な自分を見せ続けたいからあまりやりたくないかなぁ」
「……うん、まず今回やることは通路の網膜スキャンに指紋認証を加えてもらうことと記憶を持ち越してる人のあぶり出し、それと真美ちゃんを匿えるシェルターを作ってもらうこと」
「最後に……真美ちゃんを殺した人を今回必ず殺すこと どうやって鍵を開けたのかも聞きださないと」
「あとはいつも通り河合君をその気にさせて真美ちゃんの嫉妬心を煽って、真美ちゃんとの愛を育むことも忘れない様にして……あっ真美ちゃんとの運命の出会いを演出しないと、準備準備」
少女は部屋の時計を確認するとベッドから下り、部屋にある姿見の前へと赴く。
暫く姿見で身だしなみを整えていたが、不意に動きを止め自身の左頬を触る。
「真美ちゃん……ごめんね せっかく真美ちゃんに刻んでもらった頬の痛みも消えちゃった……でも私忘れないから あなたを背負っていた時のぬくもりも、口を塞いだ時の柔らかさも、繋いだ手の感触も、冷たくなっていく体も、誕生日を祝ってくれたことも」
「それにあの、蔑んだ目で見られたことも、今までの全部全部、忘れてないよ……あぁ、まだ時間もあるから少しぐらいいいよね?」
少女は目を虚にしながらも頬は赤く染めあげ、自身の体を抱き身悶える。
次いで下腹部を愛おしそうに撫でながら最初のことを思い出していた。
『真美ちゃん、どうして自殺なんて……私は、真美ちゃんさえ居てくれたらそれだけでよかったのに』
『神様、どうかお願いします 悪い夢なら覚まさせてください あの頃の楽しかった日に戻してください……』
これは、とある少女の願いによって在りかたを歪められた不幸な少女とその願いに巻き込まれた者達が抗う物語である。
「真美ちゃん、今度こそ2人で幸せになろうね」