ももたろう ~旅立ち編~
あるところに、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。
ある日のこと、おじいさんは山へ狩りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
川へ行ったおばあさんが、鼻歌交じりに洗濯をしながらふと川の上流を見てみると、川の上流から若い女性が流されてくるのを見つけました。
おばあさんはその女性を川から助け出すことには成功しましたが、女性はお腹が大きく赤ちゃんが宿っているのが分かりました。しかし、深い傷を負っておりほどなく息を引き取りました。
女性が息を引き取ったことで、お腹の赤ちゃんも絶望的と思われましたが……。
母は命を落としても、お腹の赤ちゃんはまだ手遅れではないようです。
息絶えた女性を急いで家に連れ帰り、おじいさんと力を合わせて帝王切開に臨みます。
母体から取り出され産声をあげる赤ちゃんに、二人は ももたろう と名付けて大事に大事に育てます。
ももたろう が12歳になった頃、各地で鬼が悪さをしている話を聞きます。
ももたろう は、悪さをする鬼たちを退治することを決意し行動を開始します。
そんな ももたろう に、おじいさんとおばあさんは餞別を渡します。
おじいさんは、立派な刀と羽織と、不思議な袋を。
おばあさんは、丹精込めたお弁当ときびだんごを。
笑顔で送り出してくれたおじいさんとおばあさんの元に、きっと元気で帰ってくると約束し、歩き出す ももたろう。
これは、心優しい少年の旅立ちから帰還までのお話。
……その、旅立ち編。
「ではな、必ず帰ってくるのだぞ。不動明王のご加護を」
おじいさんは狩りの際に愛用している使い込まれた弓矢と猪の毛皮を持ってきます。
「あ、いけね」
かと思えば、大慌てでひっこんで、立派な拵えの刀と羽織を持ってきて、 ももたろう に着せてあげます。
「ありがとう、おじいさん」
普段着る粗末な着物ではなく、立派な羽織を着て腰に刀を差した ももたろう は、お侍さんのように立派な姿になりました。
「お弁当と、おやつをもってお行き。落ちているものを食べてはいけませんよ。摩利支天のご加護を」
おばあさんは ももたろう が大好きなごちそうをたくさん詰めた重箱と自慢のきびだんごを包んだ笹の葉包みと竹の水筒を差し出してくれます。
「ありがとう、おばあさん」
重箱から香るいい匂いは、お腹が鳴ってしまいそうです。
けれど、朝ごはんをたくさん食べた ももたろう はお腹がいっぱいです。
込み上げるよだれを飲み込んで、おじいさんが差し出してくれた袋の中にお弁当ときびだんごをしまいます。
「困ったときは、その袋に手を入れて、どうしたいかを具体的に考えなさい」
おじいさんが、ちょっとよく分からないことを言いますが、袋の口を金色の留め具で閉じて背負い、草鞋のひもをしっかり結べば準備万端です。
「それでは、行ってまいります」
おじいさんとおばあさんに別れを告げ、 ももたろう は鬼退治の旅に出ました。
歩きだし住み慣れた家から離れていく ももたろう は、事前に考えていたことを一つ一つ思い出し、これからどうするかを確認します。
まず、鬼とはなにか、どんな姿をしているのか、どこにいるのか、どれほどの数がいるのか、どう退治すればいいのか。
次に、それらは ももたろう 一人で成せることなのか、どれほどの時間がかかることなのか。
すでに答えは出ています。
「仲間が、必要だ」
おじいさんとおばあさんから、都には腕自慢のお侍さんがたくさんいると聞いていますが、お侍さんたちでも鬼退治はできないようです。
大人のお侍さんたちでも敵わない鬼に、まだ子どもの ももたろう ではやはり敵わないことでしょう。
ならば、と考えた答えが、仲間を探すこと。
それも、人知を超えた力を持つ人あらざる魔性の妖どもでなければいけません。
はて? そんなものはどこにいるのでしょう?
おじいさんとおばあさんは、
「人や獣に紛れて、割りとそこら辺にいる」
と教えてくれました。
なので、まずは人より強い力を持つ仲魔探しです。
歩き出して一時 (2時間)ほど、道ばたにそびえ立つ大きな木が木陰を作っていました。
ももたろう は、さっそく木の根もとに腰かけ、おじいさんの袋から竹の水筒とおばあさん自慢のきびだんごを取り出します。
井戸から汲み上げた冷たい水で喉を潤し、きびだんごをひとつつまんで、あーん、と口を開けたそのとき、道の先からやせこけた犬がふらふらと歩いてくるのが見えました。
そのただならぬ様子に、きびだんごを食べるのをやめて犬を見ていると、ふいに、鼻をひくひくさせた犬が顔を上げ、 ももたろう の方を見ます。
『そこのぼうや、その手に持つおだんごを、ひとつ我にくれまいか?』
「うん、どうぞ」
犬がしゃべった!? と叫びたいところをグッと我慢して、やせた犬におばあさん自慢のきびだんごを差し出します。
ももたろう の手のひらに乗せられたきびだんごの匂いをかいだしゃべる犬は、きびだんごを食べようと口を開けて、……食べるのをやめて、一歩離れます。
どうしたのだろうと ももたろう が首をかしげていると、犬は首に巻かれていた布を取り外し、布できびだんごを包んで首に巻き直します。
たまらず、どうしたの? と ももたろう が問えば、
『……村に……この先の、村に……、腹をすかせている村人たちが、たくさんいるのだ……。貧しいにも関わらず、流れ者の野良だった我に、食事とねぐらを与えてくれた……。その恩を忘れ、我ばかりが糧を得るわけには参らぬ……』
お腹がすいて、今にも倒れてしまいそうなやせた犬は、かつて受けた恩に想いを馳せ、たった1個のきびだんごを持ち帰ろうとしています。
その姿に感銘を受けた ももたろう は、ひとつ大事な提案をします。
「たくさんあるから、遠慮なくお食べ。その後は、村に案内してくれないかな? 食べ物を分けてあげるから。……でも、条件があるんだ」
『……なんなりと。受けた恩を返せるのなら、この身を裂いても構いませぬ……』
「その条件はね、……こしょこしょ……」
しゃべる犬に身を寄せて、耳元で小声で条件を言う ももたろう は、なんだか楽しそうです。
『……そのようなことであれば、村に食料を分けてもらえた後であるのならば、いかようにも』
「うん、いいよ。じゃあ、村に案内してもらえるかな? ……その前に、おばあさん自慢のきびだんご、遠慮なくお食べ」
かたじけない。と涙を流しながらゆっくりときびだんごを食べる犬を優しい表情で見守る ももたろう は、たんとお食べ。と両手のひらに山のように盛り上がったきびだんごを犬に差し出しました。
きびだんごを食べて人心地ついた犬は、さっそく ももたろう を村に案内します。
そこで、 ももたろう が見た光景は……。
「……これは……ひどい……」
村の畑がめちゃくちゃに荒らされているだけでなく、家が壊され、住む家も食べ物も失ったやせこけた村人たちが、みな気力を失ってしまい、打ち捨てられた屍のようになにするでもなくただ横になり、死を待っているようでした。
『我が狩りから帰ったときにはもう、こうなっていた。獲ってきた獲物はすでに食べ尽くし、もう、3日。誰も、なにも食べていない。みな鬼どもに奪われ、壊され、焼かれた』
犬の言葉に、 ももたろう は気づきます。この状況は、食べ物を分けただけではダメだと。村の皆に、希望を、未来をあげなくてはいけないと。
「……ぼうや、こんなところにいてはいけない。また鬼が来たなら、ひどい目に遭わされてしまう。家に、帰りなさい……」
倒れたままの村人は、自分のことより ももたろう のことを心配しています。
だからこそ、 ももたろう の意思はさらに固いものになりました。
「おじいさん、さっそく力を借ります」
金の留め具を外して、袋に手を入れて強く願います。
今必要なもの、それは……。
鍋、お椀、まな板、包丁、お玉、ざる。
小麦粉、水、塩、味噌、たくさんの野菜、鹿肉。
小麦粉に水を加えて、よくこねます。
野菜の皮をむいて刻んでざるに移します。
鹿肉と野菜を鍋で煮て、丁寧にアクを取ります。
味噌で味付けし、味見をしてから、塩で味を整えます。
こねた小麦粉を一口大にちぎって鍋へ投入し、ひと煮立ちしたら完成です。
気がつけば、 ももたろう の前にはお椀を持った村人たちが並んでいました。
誰も彼もがやせこけていながら、誰ひとり列を乱さず静かに完成の時を待っていました。
おばあさんからもらったお重の一番下は、おむすびがたくさん詰められています。
ももたろう は、そのおむすびも村人たちに分け与えます。
「たくさんあるので、たんとお食べ~」
皆、おいしいおいしいと涙を流し感謝の言葉を口にしながら食べています。
中には、味噌の分量や味付け、野菜の切り方や鹿肉にいちゃもんつけるグルメ気取りもいましたが、奥さんらしき女性に耳を引っ張られていました。
みんなでおかわりをしてお腹いっぱいになった頃、村長を名乗るおじいさんが近づいてきます。
「ぼうや、ありがとう。おかげでこの村の皆は命拾いした。なにか礼をしたいのじゃが、あいにく、この村は鬼どもによってみーんな壊され奪われてしまった。なので、礼のひとつもできぬのじゃ……」
うなだれる村長に、 ももたろう は、大丈夫! と元気に言って、またおじいさんの袋に手を入れて願います。
「おじいさん、力を貸してください」
袋から手を出した ももたろう の手に握られていたのは、灰でした。
光に当たるとキラキラときらめく灰は、なんだか幻想的です。
その灰を見た ももたろう は、その灰にどんな力があるかをなぜか理解します。
そして、荒らされた畑や壊された家に灰を振りかけていきます。
すると、なんということでしょう。
荒らされた畑には、たくさんの作物が実り、
壊された家は、元どおりの姿を取り戻しました。
お腹いっぱいで元気を取り戻した村人たちは、大喜び。
さっそく手分けして米や野菜や麦や豆など農作物を収穫し、 ももたろう にもおすそわけしてくれました。
「たいしたお礼もできないが、ほんに、こんなものでよいのかえ?」
野菜や豆をもらって大喜びの無欲な ももたろう に、村長は申し訳なさそうにしながらも、これから村人たちが生きていくためにこれ以上作物をあげることができない。とはっきりと告げてきました。
けれど、 ももたろう は、少しのおすそわけでも満足です。
なぜなら、元気になった村人たちが畑の作物を収穫している間に、村長たちからこの村を襲って奪って壊していった鬼どもの情報を聞かせてもらったからです。
そして、周りの村の状況も教えてもらった ももたろう の、次の行き先も決まりました。
次の目的地へ向かいつつ、背中にかけられた感謝の言葉に元気に手をふって笑顔でお別れする ももたろう に、しゃべる犬が寄り添います。
「いいの?」
と ももたろう が問えば、
『あの村への恩は、もう十分に返した。次は、そなたから受けた恩を返す。……我が名は マカミ 。火伏せの加護を持つ狼。この牙は主のために』
「……おおげさだなあ」
しゃべる犬改め狼の、お侍さんみたいな誓いを立てる様子を笑って受け止める ももたろう は、たしかな仲魔を得たのでした。
今回は、これまで。
×犬
○狼(神格化)