9 魔王竜と追憶
「ん、どうしたんだ、シオン?」
「いや、この竜、本当はもっと……」
つぶやいた俺に、魔王竜が視線を向け。
「ゆ、勇者!? 魔王様だけでなく、勇者まで俺を討伐に……っ!?」
魔王竜はさらに青ざめていた。
巨体をガタガタと震わせている。
「許してください許してください命ばかりはお助けを……」
「いや、別に俺は討伐するつもりはないから」
俺は慌ててフォローした。
さすがにかわいそうになってくる。
まあ、暴れたことは反省してほしいが、幸いにも魔族に被害はないらしいし。
それよりも――、
「なあ、ヴィラ。こいつ……本当は強いんじゃないか?」
「えっ」
驚いたような顔をするヴィラ。
それからスッと目を閉じ、何かを感知する。
「――いや、魔力は並だし、動きも大したことはなさそうだ。魔王竜としては平均程度の戦闘能力しかないはず」
「うーん……現状はそうかもしれないけど」
俺は魔王竜をもう一度見つめた。
「なんかこいつ……『化け』そうな気がする。いや、俺のカンだけどさ」
「……ふむ。人間は生命力や魔力などは我ら魔族に及ばんが、唯一――『成長性』においては、我々をはるかに凌駕する。人間であるお前には、もしかしたらこいつの『成長性』が見えているのかもしれないな」
と、ヴィラ。
「そうだな、成長の予感はするよ……人間にも、似たような奴がいた」
それは、かつての仲間だった。
とある王国の姫で、騎士。
素直で、まっすぐで、ひたむきで――俺にとって可愛い妹のような存在だった。
「そのような者がいたのか。今は立派に成長したのかな」
「――いや」
俺は首を左右に振った。
胸の奥に、暗い気分が澱む。
「もういないんだ。そいつは……戦争で死んだ」
魔王軍に、殺された――。
「……そうか。悪いことを聞いた」
「いや、いいんだ……」
あのときは、魔族を憎んだ。
それを率いる魔王を、憎んだ。
彼女を奪った者すべてを――憎んだ。
けれど、こうして魔王のヴィラと一緒にいて、その憎しみを誰に向ければいいのか分からなくなっていた。
「話が逸れたな。この魔王竜がもっと成長しそうな気がする、って話だ」
俺は彼女のことをいったん頭の中から追い出し、話題を戻した。
「成長か……」
魔王竜がつぶやく。
「いや、やっぱり信じられない。俺にそんな力があるなんて――」
言いかけて、魔王竜は口を閉じた。
「ん、どうした?」
「どうも竜の姿のままだと話しにくいな。【人化】するよ」
ぽんっ。
煙を上げて、魔王竜は人に変じた。
外見は十歳くらいだろうか。
黒髪に金色の瞳をした美しい少年だ。
体つきは華奢で、今にも折れそうなくらい繊細な印象を受ける。
とても魔王竜が変じた姿とは思えないほどだ。
「それがお前の人間体か……?」
俺は驚いて彼を見つめた。
竜のときのイメージと全然違うな……。
「全然強そうじゃないから、普段は使わないんだ。けど、あんたにならバレてもいいかな、って」
苦笑する魔王竜。
「……そうだ、魔王竜って種族名だよな? お前、個体名はないのか?」
そちらの方が呼びやすい。
「個体名? ああ、俺の名前はグ・ルオ・バッシュレイガだ」
「そちらの方が呼びやすいな」
と、ヴィラ。
「では、お前のことはグ・ルオ・バッシュレイガと呼ぼう」
「いや、フルネームはさすがに呼びづらいだろ」
ツッコむ俺。
「そうだな……名前の一部を略してバッシュでどうだ?」
「愛称か。いいな! それで頼む!」
魔王竜ことバッシュは嬉しそうな顔をした。
「お前の得意戦法やスキルの内訳なんかを教えてくれ」
俺はバッシュにたずねた。
なんだか流れで『どうやったら彼が強くなるか』について相談する雰囲気に変わっていた。
「得意戦法か……やっぱりドラゴンブレスかな」
「お、いかにもドラゴンって感じじゃないか」
「へへ、かっこいいだろ」
ドヤ顔するバッシュ。
「ちょっと見せてくれよ。威力を確認したい」
「おっけー! じゃあ、いったん竜形態に戻るぞ」
言ってバッシュは跳び上がった。
空中で巨大な魔王竜の姿に戻る。
それから、
「おおおおおおっ、ドラゴンブレスッ!」
上空に向かって閃光を吐き出す。
「おおっ!」
思わず叫んだ俺は、
「………………おお?」
すぐに首をかしげた。
バッシュが吐き出した閃光のブレス――。
それは数メートルくらい直進したところで、ぷしゅうぅぅっ、と音を立てて消滅したのだ。
「え、えっと……」
「これが俺のドラゴンブレスだ! どや!」
バッシュはますますドヤ顔である。
「……真面目にやってくれないか、ん?」
ヴィラがジト目でにらんだ。
「ひ、ひいっ、もう一回!」
バッシュがふたたび閃光のブレスを放ったが、やはりさっきと同じく数メートルで『ぷしゅうっ』である。
「もしかして……ひょっとして……それが本気のブレス……か?」
いやいや、まさか魔王竜ともあろうものが、こんなショボいブレスしか吐けないなんてことは……。
「ううう……どうせ俺なんて俺なんて俺なんて……」
「ああっ、バッシュがいじけている!?」
「わ、悪かった! 私がきつく言いすぎた! だから落ち込むな! な? な?」
俺とヴィラは慌てて彼を慰めたのだった。