8 魔王と急接近
翌日――。
「魔王竜が暴れているそうだ。ちょっと制圧に行ってくる」
ヴィラが俺に言った。
「魔王竜……?」
「七体の魔王竜のうちの一体だが、奴らはときどき暴走期に入るんだ」
と、説明するヴィラ。
「シオンは適当にくつろいでいてくれ。城の中を見学したければ、それでもいい。ただ立ち入り禁止になっているところは、いちおう遠慮してもらえるとありがたいな」
「……俺も行こうか?」
半ば反射的に立候補していた。
「ん、いいのか?」
「魔王でも手こずるレベルなんだろ? 俺は君たちに命を救われた恩がある」
「命を救われたのはお互い様さ」
笑うヴィラ。
「だが手伝ってくれるのは非常に助かる。頼んでもいいか?」
「ああ」
俺たちはそろって城の外に出た。
「【召喚】――『デーモンズキャリアー』」
ヴィラが呪言を唱えると、全長5メートルくらいの筐体が出現した。
「これは……?」
「私専用の移動用魔道具だ。他人を乗せるのは初めてだよ」
外見は、大型の神輿のような感じだ。
「後ろに乗ってくれ。振り落とされないように、しっかり捕まるんだぞ」
「あ、ああ」
言われた通り、俺は彼女の腰に手を回した。
「ひ、ひぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ど、どうした、ヴィラ!」
心配になって声をかける。
「ば、ば、ばかものぉぉ……捕まるというのは、そこの取っ手だ……ひあぁぁぁ……」
「えっ? あ、ああ……」
しまった、早とちりしてしまった。
「その、ごめん……」
「もう……男に触られるなんて初めてだから、びっくりしたじゃない。あたし、そういうの……慣れてないんだからねっ」
ヴィラが拗ねている。
頬を赤く染め、唇を尖らせ――うっ、なんかめちゃくちゃ可愛いぞ。
「あ……」
言ってから、ヴィラも恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にした。
「素が出てしまったではないか、まったく……」
「ヴィラって普段はそんなしゃべり方なのか」
「ち、違うよっ! びっくりしただけだよっ」
「また素が出てないか?」
「あ……ううう」
ますます可愛い。
魔王ヴィラの知られざる一面に、不覚にもときめいてしまった……。
俺たちは神輿型の移動用魔道具で空を飛んでいた。
「けっこう揺れるな」
「ちゃんと捕まっておけよ」
と、ヴィラ。
すでに元の口調に戻っている。
「……いや魔王の口調の方が作ってるのか」
「うう、その話題はもうよせ……本当に恥ずかしいんだ」
「あ、ごめん」
俺は苦笑した。
「可愛いのに……」
「か、か、か、可愛いって言うな! 私は魔王だぞっ」
「いいじゃないか。魔王が可愛らしくても」
叫ぶヴィラに俺は反論する。
「そっちの方が親しみやすいんじゃないか」
「いや、ほら、魔王としての威厳とかあるし……」
「なるほど、確かに」
「それにやっぱり恥ずかしいぃぃぃ……」
照れて、モジモジするヴィラ。
うおお、やっぱり可愛いぞ。
正直、彼女のこんな一面を見ることになるとは、夢にも思っていなかった。
と、前方に巨大なシルエットが見えてきた。
「あれが魔王竜か……」
俺は気持ちを引き締めた。
巨大な黒い竜。
いかにも強そうな感じだが……。
「実はあんまり強くないんだ」
ヴィラがぼそっと言った。
「見た目は強そうだけどな」
「えっ、見掛け倒しってこと?」
俺は驚いた。
「まあ……な。ヴィジュアルがいかにも魔王の竜って感じだから魔王竜と名付けられたらしい」
「けっこう適当なネーミングなんだな……」
「うむ」
うなずくヴィラ。
「じゃあ、あいつが暴れてるっていっても、簡単に抑えられるんじゃないか?」
「うむ……ただ魔王軍もかなり戦力が減っていてな……その、人間軍との戦いで……」
「あ……」
俺は思わず言葉を失った。
そうか、俺たち勇者パーティや人間軍の精鋭たちによって、多くの幹部魔族を殺してしまったんだ。
「魔王竜程度でも、周囲の被害を押さえて制圧できる人材があまりいない……」
ヴィラがため息をついた。
「だからお前が直接出張ったのか?」
「うむ。いくら弱いと言っても、それは『ドラゴンとしては、それほど強くない』という意味だ。ドラゴン自体は強力な種族だし、周囲への被害はやっぱり出る。だから迅速に制圧するために、私が来たんだ」
「俺も協力するよ」
「よし、移動魔道具の速度を上げるぞ。奴の後方から仕掛ける――振り落とされるなよ」
「了解だ」
言いながら、俺は勇者の聖剣を呼び出した。
これでいつでも攻撃できる。
俺たちが乗っている魔道具がグングン加速し、魔王竜の背後に迫った。
「くらえっ……!」
死角からの一撃――。
聖剣による斬撃が魔王竜の背中を直撃した。
奴は悲鳴を上げながら落下していく。
俺たちはそれを追って降下した。
地面に落下した魔王竜の前に降り立つ俺たち。
すると、
「ひ、ひえええええええっ!? 魔王様、お許しをぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
魔王竜は一瞬で降参した。
「……なんだ。まったく、こんなに簡単に降参するなら、最初から暴れるんじゃない」
ヴィラが両手を腰に当てて、憤然と言った。
「ううう、ヘタレですみません」
「まったくだぞ」
「ヘタレ、か……」
俺は竜を見つめた。
何か、違和感がある――。