6 コーヒーブレイク
夜――。
「さっきは悪かったな、シオン」
俺に与えられた私室に、ヴィラが訪ねてきた。
「気分が悪くなったのは私のせいだろう?」
そう、彼女と王都を歩いている最中、俺は気分が悪くなって先に帰ったのだ。
だが――その理由は、ヴィラではない。
本当の、理由は――。
「いや、俺の方こそ悪かった。せっかく王都を案内してもらっていたのに」
「私は、お前の気分を害するようなことをしてしまったか? 公務の間中、ずっと気になっていて……」
「違うんだ!」
俺は慌てて言った。
つい、叫んでしまった。
「俺は――」
言いかけて、言葉に詰まる。
どう言えばいいんだろう?
そもそも、俺は魔族をたくさん殺してきた。
人間側から見れば勇者でも、魔王たちから見れば憎むべき敵のはず。
その俺を――ヴィラはどう思っているんだろう?
「俺は……」
駄目だ、うまく伝えられない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……罪悪感、か?」
ヴィラがつぶやいた。
「その顔を見れば、おおよその見当はつくよ。今までの戦いのことを考えているんだろう? 王都で暮らす民を見て、自分が今まで戦ってきた相手のことを――」
「……俺は多くの魔族を殺した」
ヴィラを見つめる俺。
「殺すことで、世界に平和が近づくんだと思っていた。大切な人たちを守れるんだと信じてきた。それだけを考えて、剣を振るい続けてきた――」
「お前が魔族を殺したのは戦場で、兵士が相手だろう。非戦闘要員を殺したことはないはずだ。少なくとも私が知る限りは」
ヴィラが言った。
「……お前以外の者の中には、そういった兵士以外の者を殺したものもいるが」
「えっ」
「いや、話が逸れたな。つまりお前が多くの魔族を殺したといっても、それは戦場での理ということさ。それを言うなら、私だって多くの人間を殺している」
と、ヴィラ。
「お前と一緒さ。人間たちを殺すことで、魔王国に平和が訪れると思っていた。大切な者たちを守れると信じ、殺戮を続けた――」
お互いに、大切なものを守るために、戦い続けたんだ。
そして、殺し合った。
本当は、どちらも平和に生きたいはずなのに……。
「どうして、俺たちは戦うんだろう……?」
「私には答えが分からない。たぶん、誰にも分からないんじゃないかな。だからこそ、私たちはみんな――答えをこれからも探し続けるんだと思う」
「ヴィラ……」
「はは、こんな答えじゃ解決にはならないか」
「いや、安易な解答なんてないってことだ。俺だって……本当は分かっている」
俺は彼女にうなずいた。
「ただ、それを誰かに言ってもらえることで……気持ちが軽くなる気がする。ほんの少し、癒される気がするんだ」
勇者が、魔王に癒されるとは、な。
「よし、では気分転換だ。さらにお前の気持ちを癒してやるぞ」
ヴィラが立ち上がった。
「えっ」
「私の部屋に来てくれ、シオン」
俺は魔王用の私室に入れてもらった。
執務の休憩に利用する部屋の一つだそうだ。
そこでヴィラがコーヒーを煎れてくれた。
「お、美味いな」
人間界のコーヒーよりも、かなり香り高くてコクがある。
もしかしたら魔族が独自で栽培する珈琲豆でも使ってるんだろうか。
「だろう? 私のお気に入りなんだ」
ヴィラがにっこりと笑う。
棚一面にずらりと珈琲豆が並んでいた。
「すごい数だな」
「ふふふ、瓶ごとに種類が違うんだぞ」
「……何百個もあるんだけど」
「総数で666だ」
「不吉な数字だな」
思わずジト目になる俺。
「それぞれに味わいがあるんだ。その日の気分だったり、気候だったりに合わせて違うものを飲んでいる」
ヴィラが嬉しそうに言った。
「魔王が珈琲マニアだったとは……」
「ん、意外か?」
「いや、妙に人間くさいというか」
俺は苦笑いした。
「こうして過ごす前は、魔王って恐怖の象徴みたいなイメージしかなかったからさ」
「ふん、私だって一個の生命体だ。能力はともかく、精神性は人間と大差ないかもしれないな」
と、ヴィラ。
「確かに……こうして君や魔族たちと過ごしていると、俺も考えが変わってきたよ」
俺たちは――魔族と戦う必要なんてないんじゃないか?
その考えは、俺の中で少しずつ、確実に膨らんでいく――。